第4話 戦士と勇者

 それから時が経ち、変わらぬ空模様からは判断のしようがないが、4人は夜も更けただろうと判断し2人交代で見張りを立てることになった。


 「異常は無し、か。」


 今の見張りはグランとイリスである。


 グランは言わずもがな先にやると立候補した。

 イリスはというと、グランにおぶって貰ったという負い目から真っ先に手を挙げた。


 焚き火とその近くで休息しているサルウィとアウラを中心に、互い互いに目視のできる距離で離れている。

 

 休息中の見張りを一人で請け負う事をグランはしなかった。

 過去にそれをした事があり、その時に運悪く敵に不意を突かれてイリスに庇われしまった。そして彼女の背中に深い傷を負わせた事がある。

 

 急いで町へ行き診てもらう事で、なんとか後遺症も残らずに済んだ。


 それ以来サルウィは2人交代を提案し、以降はそういう形となった。仮にサルウィの提案が無くとも、彼は見張りに関しては決して一人ではやらないと考えている。


 グランはイリスとその周囲を何度も見回しており、一通りの目線の運びが終わる毎に安堵の息を吐き出している。


 それを彼女に気が付かれジェスチャーで、


 「グランはグランの周囲を見張ってて。」


 と言われ一度自身の周囲を見回す。が、周囲に敵の気配が無いことを確認すると再びイリスへ視線を戻した。


 「グラン、そろそろ交代しましょう。」


 サルウィがグランの方へと近づいてくる。


 イリスの方にはアウラが向かい、2、3回言葉を交わすとイリスはアウラに見送られて焚き火の傍へ行き腰を下ろした。


 「あぁ、分かった。」


 それを見たグランはサルウィに肯定の返事をし、焚き火へ向かおうと踵を返す。


 「少し、話をしませんか?」


 後ろから、僅かに重たい口調で声を掛けられ、グランは振り向く。


 「話?今か?」


 サルウィの面持ちを見るに、世間話などではないということを彼は察した。


 何か重要な事があるのか、それとも何か深刻な問題が発生したのか、はたまた魔王と戦闘になった場合の戦術の相談か・・・・・・。


 いずれにしても胃が火傷しているのかと思うくらいに彼の胸をじくじくとさせる。

 

 「今でこそ訊いておきたい事です。」


 サルウィが深く息を吸い込む。


 「私は両親を殺め、ただ一人残った妹を目の前で攫った魔族を許さない。そして、各地でそんな悪行を働く魔族も許さない。」


 サルウィは自身の右手を握り、自らの顔の前へ持ってゆく。


 「奴らを統率する魔王を倒し、魔族を一匹残らずこの世界から消し去る。それが私の旅の目的です。」


 彼の目が煌々と光った、ようにグランには見えた。


 長く旅を共にしてきて勇者である彼が魔族を憎む理由は知っていたつもりだった。だが、「一匹残らず」といった言葉を彼の口が語る程に憎んでいる事をグランは知らなかった。


 「でも、あなたとイリスは違う。」


 彼は湧き出る激情を収めるように深呼吸をし、握りこぶしを下す。


 「2人はそれまでは各地の景色なんかを目的に旅をしていたのですよね?私とはまるで違う。あの時、2人を誘ったときにそれを聞いた私は・・・・・・なんて下らない理由なんだ、と思いました。」


 申し訳ない、とでも言いたげに眉間をしかめる。


 「過去の事をとやかく言ったって仕方が無いだろ?今、こうして一緒に旅をしてるじゃないか。」


 「そう・・・・・・ですが、今の旅に後悔はしていないのですか?魔王を倒して魔族を消し去る、というこの旅に。」


 彼はグランの行動に幾分かの違和感を持っていた。


 グランが信用に足る人物ということは今まで長く共に旅をしてきたという事から揺るぎようもないが、根本の考え方に違いがあると常々思っていた。


 「貴方は、魔物と出くわしてもソイツが私たちに気が付いて無い様子だったら、いつも身を隠してやり過ごす事を提案してきましたよね。」


 彼には理解できなかった。


 普通であれば、不意を突いて攻撃のできる絶好の機会だというのに、それをグランはしようとしなかった。

 

 それが切っ掛けで激しい言い争いに発展した事が何度もある。

 

 「何故、いつも魔物相手に隠れるなんて事をするのですか?」


 近くにあった村や町に被害を出している魔物かもしれない。その場はやり過ごせても、後でそいつが自分たちに気が付いて後ろから攻撃してくるかもしれない。何よりも、目にした魔物は倒すべき、それが勇者の主張だった。

 

 言い争いの時とは違い、感情に任せた罵倒や非難を抜きただの疑問をグランへ投げかける。

 

 「そのような行動を見ているとこんな事を思う時があります。もし、魔王と対峙するその時が来たら、魔王の事もそうするのでは・・・・・・と。」


 魔王。強大な力と統率力で魔物を統べるもの。


 討伐に向かったものは誰一人と帰ってきていない。ゆえに、ありとあらゆる事が不明の存在。


 噂では、魔王と対峙し負けた者は、悉く魔王の居城にある柱と一体化させられ二度と人に戻れなくなるだとか、記憶を食われて帰りの道やそもそも人間であった事を忘れるという話を彼は聞いていた。


 時には気まぐれで、魔物に転生させるか死を選ばせるというおぞましい選択を迫る、などという話もあった。


 そしてなにより、旅の最終目的である倒すべき敵。


 サルウィは自身では冷静でいるつもりだったが、僅かに眉間にシワが寄っており、奥歯を噛み締めていた。

 

 普段の丁寧口調ではあるが、彼の顔を見て感情の高ぶりをグランは感じ取る。


 グランはゆっくりと口を開いた。


 「サルウィ、俺はこの旅に加わった事を後悔はしていない。」


 「ならば何故・・・・・・。」


 後悔はしていない。


 ならばここまでの彼の道中の行動には納得がいかない。

 なぜ彼は倒すべき魔王、その眷属である魔物を避けてのうのうと生き永らえさせるのか。

 

 「俺は・・・・・・臆病なんだよ。」


 「え?」


 今まで勇敢で逞しい背中で、戦前で盾を構えていた彼が口にしたのは意外な言葉だった。

 

 「自分が弱いって分かるんだ。だから、ダンジョンや森の中で見かける初めてのモンスターは対処法が分からなければ、そのモンスターの体力やなにが脅威かも分からない。そんな未知のヤツと戦うのは・・・・・・正直、物凄く怖い。」


 彼がそういえばと思い返してみれば、グランが今まで戦闘を避けようと提案する時、特に頑固にその意見を曲げずに言い争うのは、新たな場所へと冒険の歩みを進めたばかりの頃が多かった。


 「見たことがない魔物と戦うときには、そういった魔物を倒したことがある人に訊いてからじゃないと、俺は怖くて戦えない。」


 勇者である彼と違ってただの戦士の彼には、ズバ抜けた戦闘の能力も無ければ魔法も一切使えない。精霊の加護も無い。

 それが彼の主張であった。


 「・・・・・・。」


 彼の心情が吐露される度、サルウィの内で沸々と湧き上がっていた感情が泡の様に弾けて消えてゆく。


 「確かに、出くわした魔物が近くの村や町に被害を出しているかもしれない。後ろから攻撃されるかもしれない。だとしても、倒すのはその時じゃない・・・・・・と思うんだ。」


 「倒し方を考えている時に、そいつのせいで誰かが死んでもですか?私たちの内の誰かが死ぬかもしれないのにですか?」


 「それは・・・・・・っ。」


 意地の悪い返しをしてしまった、とサルウィは後悔する。案の定、彼はその光景を思い浮かべたらしく唇を噛む。


 「ごめんなさい。今、こうして4人が無事なのに変な事を言ってしまって。」


 現にこうして4人が無事なのは、彼の臆病さが幸いした行動を無くして成し得なかった時もあった。


 サルウィ達は、過去に遺跡の周辺を徘徊していた奇妙な魔物に遭遇したことがある。倒したことがある今までの魔物より一回り小さく、彼の目から見て倒すことは容易に思えた。


 だが、グランはそれを制止してやりすごす事を提案し、それから近くの町で情報を集めた。


 すると、その魔物は自身とその周りを霧のようなモノで覆っており、それに触れたものは瞬く間に体が腐り、運が悪いと骨が見え、腕や足が腐り落ちるらしく運が良くても、顔は原型をとどめないほどに肉が垂れ下がる、との事だった。

 

 対策として聞いた話は、強い光を浴びせれば塵と化す、との事だった。 


 今までに倒してきた力だけの魔物や剣を深くに突き刺せば息絶える魔物らと違い、この時ばかりはサルウィの背中にツーっと冷や汗が伝った。

 

 「あなたのお陰で何度も命を救われているんだと思います。でも、これから戦う魔王は初めて戦う存在です。情報もほぼ皆無です。どうするのですか?」


 また様子見か、隠れてやり過ごすのか。

 激情に任せたそれらの言葉を寸でのところで喉元で飲み込む。

 

 「魔王を倒せばすべてを終えることができます。人里近くでうろつき人を攫うヤツや、人に化けて人を惑わしては魔物への転生を誘うヤツも、全てを消し去ることができます。」

  

 サルウィの脳裏に魔物に殺された両親の冷たい顔が張り付き、耳の中にはサルウィの名を何度も叫びながら助けを求める、年端もいかない少女の声がこだまする。


 魔物に奪われるのはこれでもう最後にする。もう何も奪わせはしない。


 そしてサルウィは、


 「魔王を倒せますか?」

 

 真っ直ぐに彼を見据えてそう言い切る。

 

 グランは魔物に対して人に害を為すものは倒すべきだ、とは思っている。

 そして、平和に暮らせるのならば、魔物が存在していても正直良いとさえ思っている。


 事実、魔物の中には森の奥深くでひっそりと暮らしているのも見かけた事がある。


 だが、もしも魔王が人の事を襲うように手下に指示したのであれば。そうして、自分らの明日が魔物によって脅かされるのならば・・・・・・。


 「ああ、倒そうサルウィ。一刻も早く魔王に会わないとな。」


 何故そのような事をするのか問いたださないと気が済まなかった。


 「はい・・・・・・はい!倒して、そして無事に帰りましょう!」


 彼が初めて自らの意見を聞き入れ、魔王討伐という目的を実感として初めて一緒にできたという歓喜が、サルウィの普段の生真面目な表情を、年相応の無邪気な笑顔に戻した。

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