第2話 旅の理由
「焚き木、できましたよ。」
焚き木の火のゆらめきが異界の空間を灯す。
彼らにとっては聞き慣れた火花の弾ける音と、胸を満たす焼ける木の香りでグランは幾らか落ち着きを取り戻す。
「助かる。」
彼は籠手を外し、近くの異形の木を手で触っては時折指を丸め強い力で押すという行為を何度も繰り返した後に、変わらぬリズムで寝息を立てているイリスをそこに寄りかからせた。きめ細かな白髪を焚き木が照らし、一層増して絹の様な質感に見える。
「あれからどのくらい時間が経ったんだ?」
「わかりません。お腹は減っているからいつもの夕食時よりは後だと思いますが・・・・・・。」
イリスを背負ってからかなりの時間が経った。
正常な空の色であるならばとうに黒に染まり、白い星が輝いている頃であろう。
こういった状況に関わりなく彼は眠れない時が多いのだが、そんな時は空にある星を見ては何の形に見えるかを想像しつつ眠りに落ちる。
稀に同じように眠れないイリスと共に星空を見上げ、互いに何に見えるかや最も明るい星を探したりもした。
「そうしたいけども・・・・・・。」
空は依然として動きが無く、黒い靄が掛かっているのかのようである。日によって満ち欠けする月も、おびただしい数の星の光も、そもそも見慣れた暗い空も確認できない。
「少し休んだらまた歩きましょう。空の様子が変わってない様子ですので、恐らく休んだ後もこのままで歩いて行けると思います。」
サルウィにとって空の違和感は恐怖でなく、歩みを進める事ができる良い状況として捉えているようである。
グランは空を見上げて深呼吸をする。
目の前の彼は一切感じていないであろう恐怖心、それを息と共に体の外へと押し出そうとするがどうにも上手くいかない。
そこで僅かに震える手を焚き木にかざすことで、寒さから来る震えだと自らに言い聞かせる。
「アウラさん、近くに水源や生き物がいないか調べてください。」
サルウィの言葉を聞きアウラは、
「わかったわ」
と頷き、手に持った杖へと何やら2,3言呟く。
そしてアウラの赤髪が僅かな高音と共に風で浮き上がる。少しして髪がふわりふわりと元に戻り、アウラが口を開く。
「肉になりそうな生き物はいないわね。水の方は水源はないけれど、水溜まりの場所があるから僅かだけど足しにできるかもしれないわね。」
サルウィはそれを聞くと、腰にある鞘からするりと剣抜き出す。
刀身は光を纏っているかのようにじんわりと光っており、焚き木の炎が鏡のような刀身に反射しチカチカとまた別の光を発する。
「では、私とアウラさんで水のある場所まで行ってきますので、グランはここで待機していてください。」
そう言うと2人は今まで通ってきた道とは違い、歩みを阻む様に木々が乱立した道へと姿を消した。
静寂が空間を支配する。
グランの神経が普段以上に敏感になり、自らの呼吸音ですら耳の中で何度も反響して聞こえてくるような錯覚に陥る。
ここへ歩いている時にしていた奇怪な音はあの時よりは小さくなってはいたが、まだ僅かに遠くから響いてきており耳へ届いた。
彼は焚き木に焦点を合わせ、そこから発さられる音に耳が痛くなる程に傾聴する。
焚き木の破裂音を聴く度に手の震えが収まるような気が、彼にはした。
時折、ハッとイリスの方をギュンと振り向く。
「すぅすぅ・・・・・・。」
安らかな寝息を立てており、胸がその深い呼吸に合わせて上下している。
ここが見ず知らず、尚且つ得体のしれない場所であるにも関わらず、その寝息は町の宿屋で休息を摂るときと何ら変わらない。
「全く・・・・・・。」
図太いのか、それともとても眠たかったのか。
いずれにせよ、それを見た彼の顔が自然と綻ぶ。
彼女が変わらぬ様子でいることを確認し胸を撫で下ろす。
グランは小さな村の出身であり、イリスはそこで生まれ育った幼馴染である。
彼はイリスに好意を寄せており、今旅にでているのも「広い世界を見に行きたい」という彼女を心配といつまでとも分からない別れにによる不安より、彼も広い世界へと一緒に旅立った。
村を出て町へと着いた2人は、各地を転々とするのに適した傭兵へ就いた。
盗賊団の残党狩りや、国境付近の警備などを請負い、その謝礼を旅費へ充てていた。
息をのむ絶景を、残酷な景色を、見慣れた光景を、様々なものを見た。
そんな旅の中で、サルウィとアウラに出会う。
サルウィの旅に出た理由は、自分の両親を殺し妹を攫った魔物達と、そんな魔物達を統率する魔王を倒し、自分の様な被害者を自分で終わらせる、というものだ。
とある王国で正式な勇者の洗礼と祝福を受けた事により、精霊の加護を授かっており、それから一人で旅を始めた。
やがて仲間を探している道中に魔法使いのアウラと出会い、2人で各地にいる人間に害を成す魔物を殲滅し、次の町へいっては冒険者の集まる酒場で情報や勧誘を行った。
しかし成果は全く上げられず、仲間は一向に増えなかった。
何度目かの酒場での勧誘の際、怪力の戦士と白髪の癒し手の噂を聞く。
なんでも各地を放浪しては竜やら悪魔やらを倒しては未知の秘境を巡る2人組で、怪力の戦士は山の様な大男で自らの背丈以上の岩を持ち上げることができ、白髪の癒し手は齢200を超えているが外見は少女であり、その手からは瞬時に傷を回復させる癒しの光を出すことができるらしい、といった内容である。
そうして4人は出会った。
サルウィは言う。
今この世界は魔王による魔の手が迫っており、魔王を倒すために旅をしているのだと。そして怪力の戦士と白髪の癒し手の噂を聞いてその2人を今ようやく見つけ、一緒に魔王を倒さないかとも。
各地を巡っていた2人は、旅をする者が集えばその噂が出る程に有名になっていた。
サルウィからその噂を聞き、尾ひれの付いて誇大となった噂にグランとイリスは笑い合い、サルウィとアウラは目を丸くした。
この世界が魔王により脅かされつつある話をサルウィとアウラから聞き、その旅の目的に賛同した2人はサルウィと共に魔王の元へと向かうべく行動を以来一緒とした。
「む、火が・・・・・・。」
焚き木の炎が小さくなっている事に気が付き、グランは木材を探すべく周囲を見渡す。
が、枝や骨などしか見つからず焚き木にくべる物が見つからない。
ここから離れるのも危険だと感じた彼は、手近にある木を身に着けていた短剣で削ぎ落す。
削ぎ落した断面を見ると、表層と同じ様に真っ黒で彼は身震いした。
普通であれば木を剥げば白く有るはずだが、この空間ではそうではなくまるで芯まで焼け焦げたかのように真っ黒であった。
しかし見た目に反してくべるのには向いている材質らしく、5回程同じように削ぎ落し、焚き木へとくべた。
その時、イリスが目を覚ました。
「ふわぁ・・・・・・。」
彼女は瞼を擦り、首を回して周囲を見渡す。そしてグランと自身しか居ないという状況を確認する。
「あれ、2人は?」
「2人なら飲み水の確保にいったぞ。どこまで行ったかは分からないけど、もうそろそろ戻ってくると思う。」
そうなんだ、とイリスが言う。
それから彼女は髪を弄ったり服の裾や刺繍を手でなぞってみたり、グランと焚き木を交互に視線を移しながら口をもごもごさせている。
「食べ物ならアウラが持ってるぞ。もうちょいで戻るさ。」
口の動きを見て察し、グランはおどけた口調で言う。
「あはは、違うよっ。」
イリスが笑みを浮かべて反論する。
疲れはまだ幾分残っているかもしれないが大分マシになったか。そう思い、彼は安堵の息を吐いた。
彼女が咳払いをし、グランを目に据える。
「この戦いが終わったらさ・・・・・・グランはどうするの?」
いつになく真剣な態度を向けられ彼は赤面する。
「お、俺か?」
柔らかそうでほんのり赤みを帯びた頬とキュッと締まった潤いを帯びた口元、そしてこちらを見つめる澄んだ瞳。
そんな彼女の顔が直視できず、彼女の事がぼかして見えるように目を細めたり思い切り広げたりしてみた。
「元々は私のさ、広い世界が見たい、って理由で一緒に旅にでたよね?グラン自身はやりたい事があるのかなぁって。」
彼は自身で特に「こうしてみたい」といった理由はなく旅をしていた。
恐らく、彼女の「広い世界を見たい」という行動力が無ければ故郷の村で一生を過ごしていただろう。
そうしておけば良かった、とは彼自身そう思わない。むしろ旅に出たことにより楽しかった瞬間は数知れずあった。
「俺は・・・・・・そうだな。」
彼は今までに出会った人や景色を思い出し、そして、この胸に抱えた迸る思いを考えた。
「まずは故郷に帰りたい。そして・・・・・・。」
深呼吸し、意を決する。
「故郷に帰ってから・・・・・・イリス、お前に伝えたいことがある。」
なぜ今好きだと言えないのか、自身に腹が立った。
むしろそれで良かったと肯定する自身もいたり、まだ早かったと諫める自身、彼女は自分をどう思っているのかと考える自身がいたりと、普段の3倍ほどの思考が頭の中で駆け巡る。
そのせいか、彼の頭と顔と耳が熱くなり、無性に髪と胸を掻きむしりたくなる欲望を覚えるが、それをしては締まらないと自らを律した。
「それって・・・・・・今じゃダメなの?」
「あああ、ああ!今じゃだめだし故郷に帰ってからの方が落ち着いてできるしな!」
思考が3倍になっているのにも関わらず、たどたどしい口調となってしまう。
気温が特に暑いわけでもないのに彼の額から汗が吹き出す。目も焦点が合わなくなってきた。
「じゃあ故郷に帰らないとね、グランと一緒に。」
彼女は笑顔でそう言うと背伸びをした。
慣れない緊張感を纏った空気を吸い過ぎた為に、長めの深呼吸をする。
そんな彼女の動きが対面、しかも2人で居る為か彼は魅入ってしまう。
伸びをした事により見える衣服の上からの脇の輪郭や、振り上げられた手の細やかな動き、ローブの為に目立たない胸の柔らかな曲線へと魅入る。
村を出てから一層増して魅力的になる幼馴染に、彼は恋をしていた。
「どうしたの、私の後ろになにかあるの?」
彼女は後ろを振り向く、がそこには何もない事を知りそれから気まずそうに顔を俯かせた。
「いや、何でもない。」
そんな彼女の様子を見てグランはふーっ、と力強く息を吐きだし、背に背負った盾を顔に当てた。
火照った顔に鉄の冷たく硬い感触が心地よく伝わってゆく。
そして、
「ああ、生きて帰るんだ・・・・・・。」
自らにそう言い聞かせるかのように呟き、右手を力強く握りしめた。
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