魔王城へ

第1話 魔王城へ

 「ついにここまで来たな。」


 鎧を身に纏った男、グランがそう呟く。厚みのある鋼で作られており、その鎧は長年の戦いにより所々にひっかき傷のような跡や、焦げて黒くくすんだところもある。至る所の留め具も汗による劣化で黄ばみが見える。


 背中には彼の身長程ある盾が装備されており、装飾の無い武骨な盾であるが重厚感があり、中央に向けてなだらかに盛り上がっている。

 その腰には手に収まるほどの小さな短剣が数本程、ベルトに装備されている。


 「はい・・・・・・ここまで来るのに2年かかりましたね。」


 先ほどよりも軽そうな鎧を装備した男、サルウィが言う。

 その鎧は精霊から賜った鎧であり、胸部には印象的な紋章が描かれている。硬度なのか精霊の加護なのか、目立つ傷は見当たらない。


 剣はグランの物よりも一回り小さく、盾に至っては取り回しと扱いやすさが追求された小さなサイズだが、身に着けているもの全てから特殊な力を放っていた。


 「2年・・・・・・長いのか短いのか分からないわね。」


 胸部が開いた黒ローブに黒の帽子を被った女、アウラが言う。明かりの無い夜のように真っ黒な布地で作られており、一般的なゆとりのあるローブとは違い、腰や下半身のくびれが程よく見える加工がされている。

 

 履物は長距離の歩きによって乾いた土やら草がこびり付いている。


 その手に自分の身長ほどもある杖を持ち、その先端には大きな風をモチーフにしたオブジェが彫られている。そして淡い緑の光を時折放っている。


 「で、ここからどのくらいの距離なの魔王城って?今日で着くのかしら?」


 彼女が空を仰ぎながら尋ねる。


 確かまだ夜でもないはずなのだが空は暗く、太陽が見えなければ月も見えない。

 雲も確認ができず、ただ目に映るのは大きな鳥らしきものが遥か上空で横切るのみ。それらはせわしなく飛び回っており、その大きさは爪先から頭までで人の大きさをゆうに超えると予想される。


 それを見た黒ローブの女はフフッ、と口元を歪めた。


 「いや・・・・・・恐らく難しいな。」


 グランが震える喉から声を絞り出す。


魔王城らしい建物はまだ目視できず、今までに彼らが通ってきた遺跡や洞窟なんかとは明らかに異なり、ここは直に本拠地へ通じている。故に未知の敵がいつ、どのくらい待ち構えているのかが不明である。

 彼の考えでは3、4日は掛かる計算であった。


 長く暗い洞くつを抜けようやくたどり着いた目的地、そこは異形の植物と生物が支配する未知の世界だった。


 太陽も月も確認できない空を見るたびに今が昼なのか夜なのか分からず、不安に押しつぶされそうになるのを彼は抑える。

 できることなら、この場から踵を返し故郷の村へ帰りたい。


 「ふぅん、そうなのね。」


 彼の話を聞いた女は、長距離の歩きによってはだけた布を緩慢な手つきで直し、胸周りの布を摘み、恐々とした様子で息を浅く吐く彼を流し目で見た。

 

 そんな手つきを彼は敵の気配がするのか、それとも歩きによる疲労のものか、などと思案しつつ注視いたために不意を突かれ反射的に目を背ける。


 「ふふ。なぁに?」


 それを見た女は再び小さく笑った。


 自身を面白いオモチャかのように弄ぶ視線の運びから動き、更には思考に至るまでまるで操られてるかのような仕草や言動に戸惑いと狼狽えを覚える。


 だが、今はそんな日常的なやり取りが心地良よく感じた。


 「あ、あの!傷薬や聖水なんかは私の回復魔法で代わりにできますので、なにか異変を感じたらすぐに言ってくださいね!」


 おどおどとした口調で白いローブの女、イリスが言う。

 木の枝程に細く短い杖だが、所々に天使の装飾が施されている。ゆったりとした白いローブには美しい天使の刺繍が施されている。


 「それにしても、こんなところに本当に魔王が・・・・・・?」


 長く暗い洞くつを3日掛けて抜けたこの地は、奇妙な空と異形の草木が眼前に映る世界だった。4人が今まで見てきた木の緑、空の青というものが存在せず、嗅いだことの無い空気の臭いが鼻に触る。


 「ここまで無事にこれたのはあなたのおかげですよ。その時になったら頼りにさせてもらいますよイリス。」


 「はい、ありがとう勇者様。」


 そう言い、彼女はサルウィにお辞儀をした。


 「勇者様はもうやめてくださいよ・・・・・・私の事は呼び捨てでサルウィでいいですよ。」


 「サルウィ、お前が敬語だから変に気を遣ってるってのもあると思うぞ。」


 グランはからかうような口調で言う。


 「いや、でもこれは私の癖みたいなものですし・・・・・・。」


 首を傾げてサルウィは誤魔化すようにハハ、と小さく笑う。


 普段は勇者もこの調子であるが、しかしたちまち戦闘となれば、彼は勇者を語るに相応しい姿を見せる。

 困窮した状況に何度も陥ったが、他を引っ張り常に危機を脱してきた。


 出会いこそ、グランもサルウィもお互いに頼りの無い者同士だった。


 だが、流石に勇者は勇者の素質というものがあるものなのか。魔王の領域へ入って既に数日が経過し、鎧の男は「死ぬかもしれない」「村に帰れないかもしれない」といった不安が胸に渦巻いているが、そんな勇者の普段と変わりない様子を見るたびにそれらの不安が無くなる・・・・・・とはいかずとも、小さくなっていくのを感じた。

 

 「さて・・・・・・。」


 男が口を開く。


 「日が隠れて分からないが、そろそろ夕方になる。」

 

 空を見上げると相変わらず暗く、大きな怪鳥が忙しなく飛び回っている。

 

 周辺を見ると暗いが、夜に街灯の無い道を歩いたり洞窟の中を歩いた時ほど真っ暗闇ではなく、風景や道がかろうじで確認できる。

 

 「いつもならば野営を行う場所を見つけて休むところだけど、足元は確認できて安全だし・・・・・・どうするサルウィ、まだ少し進むか?」

 

 サルウィは唸り、顎に手を当てながら黒いローブの女に尋ねる。

 

 「アウラさん、干し肉と芋、水の貯蔵はどのくらいありますか?」

 

 アウラは杖をサルウィに持たせた後にローブの下から水筒を1つ、帽子を取り2つの袋を取り出し、中身を見て時折くぐもった声を交えつつ指差しで数えてゆく。そして溜息をついた。

 

 「干し肉が6枚、芋が3つ、そして水はおよそ2人分くらいよ。でも干し肉の2枚は腐ってしまっているわ。」


 サルウィはそれを聞き、首を縦に振る。


 「皆さんすみません、もう少し進みましょう。疲れたらすぐに言ってくださいね。」


 「了解だ、勇者様。」


 進むと決まるなり、グランが何度目かの周囲の確認をする。


 異変は確認できないが、やはり不気味の一言に尽きる風景である。


 木はまるで干からびているかのように細く黒い幹と枝に、黒か茶色の葉がついている。


 見慣れている生きた木というのはあんなにも水水しかったのか、とそんな事を彼に思わせる。

 

 それから、彼は他の3人へ目を配る。


 サルウィは先頭へ立ち、他の3人を引っ張るかのように相変わらず一歩一歩が力強い。時折後ろを振り返り、男を含む3人の様子に目配せする余裕が見える。


 アウラはというと、若干の呼吸の乱れが見える。汗を掻いており、腕や背中が肌に張り付き肌透けて見えそうになる。また杖を時折地面と接触させ歩みを進めており「杖は魔を嗜むものなら自らの半身のように扱うのよ。」と彼女自身が言っていたのを彼は思い出し、見た目に反して相当の疲れが溜まっている事が理解できた。


 再びアウラと目が合いそうになり、男はブンッと視線をずらす。


 イリスはというと、呼吸が荒く足元がふら付いている。先ほどの勇者の問いかけの時は空元気だったらしく、汗もかなりの量を掻いており、衣服に留まらず肩まである長髪がぐっしょりと濡れている。


 「おい、大丈夫か?イリス」


 「グラン・・・ちょっと・・・ううん、まだ大丈夫。」


 イリスは消え入りそうな声でそう言い笑みを作るが、疲れのせいかぎこちない表情となった。

 

 「イリスさん、大丈夫ですか!?」


 グランの声を聞き、サルウィはイリスへ駆け寄ろうとする。

 

 それをグランが手で制し、


 「俺がイリスを背負っていくよ。サルフィはそのまま前を歩いていてくれるか?」


 「分かりました・・・・・・ですが無理はしないでください。余裕が無いといえど、体調の悪いときに魔物に出くわしたら大変な事になりますから。」


 サルフィは再び前を向き先頭を歩き始めた。


 「ほら、イリス。」


 背中に背負った盾を左手に持ち替え、イリスの前でしゃがむ。


 「ん、ありがとうグラン。」


 イリスはグランの背中へと身を任せる。汗でひやりとした肌が背中に当たり、彼の体が一瞬身震いする。

 

 グランはイリスの足を手で抱え立ち上がり、イリスはグランの首に手を回す。


 先ほどより幾分か整った吐息と長髪が掠め、彼の首元に鳥肌を立たせる。


 彼が改めて周りを見渡す。

 

 地面は明かりのせいもあるが暗い。そして、至る所に骨や生き物の残骸が放置されている。現地調達で肉を入手できるかもしれないという期待と、放置されているそれらから見るに人の手は勿論、動物の往来が少ないという事を示しており不安を煽る。


 (本当に俺たち4人だけなんだな・・・・・・。)


 グランのその体が身震いする。

 

 そんな恐怖を煽るように、周りから聞こえてくる人の叫び声の様だったり、金属の擦れ合う様な音が不規則に、時として一際大きく響く。左手の盾を放り投げて手で耳を覆いたくなる衝動に駆られる。

 

 そのような不安が増大していく中、ふと規則的な呼吸音が聞こえてくる。

 首を動かして後ろを向くと、イリスが寝息を立てていた。

 そんなイリスの安心しきった寝顔を見て、つい笑みが零れる。


 (今までだって大丈夫だったんだ。これからも大丈夫だ・・・・・・。)


 深呼吸をし、自らに語り掛ける。震える手を抑え、道の先を見据える。

 

 「きっと、もうすぐだ。」


 彼らは魔王城へ近づいていく。

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