後編

 人々が無理な願い事をするから絶望が生まれるのだと、私は気が付いた。ミサイルを止めて欲しいなどがまさにその最たる例だ。

 絶望が生み出される連鎖解消のためには無理な願いをしないことが必要不可欠だが、ミコトはこの世界の人々の無茶な願いを叶えるための理として成ってしまった。よって、彼女の副作用を止めるということは、全ての力を止めるということであり、それは彼女を亡き者にするということを意味した。

 しかし、私はふと思った。ミコトが叶えられるのはの願いだけなのだろうかと。願いという括りであれば神であるミコトの願いも願いの一つだ。その可能性に思い当たった私はようやく解決の糸口を掴んだ。

 つまり、彼女の力の施行による負の連鎖を断つ方法は2つ。彼女を殺すか彼女自身が彼女の願いを叶えるかだ。前者を行うつもりは毛頭なかったため、唯一残ったのは後者の彼女自身が願うという方法だった。ミコト自身がどうしたいかを願い、それを叶えることでミサイルの件を中和すればいい。そうすれば万事解決なはずだ。私は早速開いていた図書を閉じると、図書館を飛び出して家へと帰った。


 ***


「と、いうわけよ。ミコト、やってみない?」


 家に帰った私は水を飲んでいたミコトを見るなり肩をガシッと掴み先ほど思いついた案を説明した。彼女は若干溢れた水をチラリと見遣りながら「その考えは私にはありませんでした。是非やりましょう」と了承した。


「善は急げというから、さあ、やろう!!」


 私は早速そう言ってミコトの腕をとった。彼女は「え、ええ……」と少々困惑気味に頷いた。


「で、願いを叶えるってどうやってるの?」


 私の問いにミコトは呆れた顔を隠しもせずに言った。


「そんなことだろうと思いました。……別段、変わったこともないですよ。胸の内で強く願うと私に声が届くようになっているのです。そして、私はそれを受理して望み通りのことを実施するだけ」

「それだけ?」

「ええ、それだけです」

「もっと大層なことをしているのかと思ってた」

「神様って意外と地味なんですよ」


 ミコトはふふふと笑いながらも、すぐに真顔になった。


「それじゃあ、私、願ってみます」

「うん」


 彼女が息を吸い、目を閉じた。静寂が部屋の中に宿る。私は側で固唾を吞んでその様子を見守っていた。永遠に感じられた数秒が経ち、彼女がゆっくりと瞼を開けた。


「信じられない……今、私の声が、聞こえました。ちゃんと私の願いは願いとして私に届いたみたいです……!!」


 ミコトのその言葉に私は歓喜で飛び上がった。思わず彼女に抱きついたが、ミコトも満更でもなさそうだった。


「それでそれで!?願いは叶えられそう?」

「というか、もう叶えました!!」

「本当に?どうやったら叶ったってわかる?」

「インターネットで中米危機について調べてください。私の願いが叶っていれば恐らく出てこないはずです」


 私は急いでスマホを取り出し、検索画面に「中米危機」と打ち込んだ。すると、「 中米危機に一致する情報は見つかりませんでした。」と表示され、私は満面の笑みで隣に立つミコトの方を振り返った。しかし、そこで私の表情から笑みが消え去った。彼女の姿が透けていたからだ。「どうして?」と問うとミコトは微笑みながら答えた。


「私の願いはミサイルの事件をなかったことにしてほしいというものでした。これを叶えるということは私の存在も失くすということ。仕方がないことなのです」

「なぜ、負の連鎖を断ち切ってほしいって願わなかったの!!」

「だって!!」


 ミコトが大きな声を張り上げたのは初めてだったので、私はハッとして彼女を見た。


「だって……そうするしかなかったんです。例え私が負の連鎖を断ち切ってほしいと願っても世界は何かでバランスを取ろうとする。無意味な願いになってしまう。だったら、そもそも世界の正負の均衡を崩してしまった私の存在自体を抹消するしかなかったんです。だから、そう願いました」


 私は俯いて下唇を噛み締めた。そんな私の頬をミコトが両手で包み込んだ。


「まさか、私自身が願っていいとは思いもよりませんでした。きっと、他の神々だって驚くはずです。私はなんてラッキーだったんでしょう。レイ、あなたに会えて本当に良かった。どうか私のことを忘れてしまっても絶望しないで……」

「ミコト……」


 彼女はそう言い終えるや否や徐々に体が薄れていき、やがて完全に消えた。私はさめざめと泣いていたが、暫くしてすぐに涙の訳を忘れてしまった。


「あれ?私、なんで泣いてるんだろう……」


 涙の筋を指でなぞりながら首を傾げ、ハンカチで拭った。


 ***


 結局、その後もあの日自分が泣いていた理由を思い出せずにいる。

 今日も退勤後、いつも通り駅の改札口を出て、公園を横切り、スーパーへ行くために交差点で信号を待っていた。これらの場所を通る時にふと懐かしさを感じる。そして、どこからか「はーい」という少女の明るい声が聞こえる気がするのだ。そんな時は決まって涙がひとりでに溢れてくる。何の涙かはわからない。

 しかし、大切な者を想って泣いているということだけはなんとなく感じていた。

大切な人を忘れてしまった罪悪感を抱えながらも私は今日を生きている。その大切な人がどこかで幸せに生きていることを祈りながら。


fin.


 

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ミコトの理 紫乃 @user5102

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