中編

「そうです。私、神様なんです」

「……本当に?」

「今更嘘をついて何になるというんですか」


 くすくすとミコトは笑いながら言った。私は冷蔵庫の扉を閉め、机を挟んだ彼女の向かい側に腰を下ろした。


「詳しく話して」


 それから彼女が語ったのは以下のようなことだった。

 ミコトは切実かつ強い願いより生まれた神。彼女はその願いを叶える代償として願いの大きさに応じた絶望を生み出す。彼女が私の元に来た理由は私の中和能力が並外れて高かったからである。生まれたばかりの頃は自分の能力の特性や副作用などがわからず、絶望を中和できることも知らなかったが、人の中には希望と絶望を中和する能力を持つ者がいると知り、私の元に辿り着いたという。


「それじゃあ、あなたが生まれた理由って3年前の中米危機がきっかけなの?」

「そういうことになります。多くの人の願いが私をこの世に生み出した。『ミサイルを止めてほしい』という願いはあの時点で『世界を救ってほしい』と同義でした。よって、ミサイル消滅の代わりに全世界は経済の低迷を被ることになったのです」

「中米危機の急激な経済の停滞はそういうことだったんだ……」


 私は過去を思い出しながら頷く。


「それで、私の中和能力?とやらはどうやってわかったの?というか、どうやって私に辿り着いたの?」

「たまたまです」

「たまたま!?」


 思わず大きな声を出すと、ミコトは大真面目な顔をして頷いた。


「ミサイル消滅の代償は大きなものでした。力を行使した後、私はミサイル消滅地点からすぐ近くのこの日本国にやって参りました。フラフラとその辺りを彷徨っているだけで良からぬことが私の周りでは起きていました。小さな不幸が束になることで、先の奇跡の埋め合わせをしていたのです。そのことにはなんとなく気が付いていました。しかし、私はどうすればいいかわからず、『助けて』と聞こえる度にその願いが成就するように尽力しました。願いを叶えれば相殺できると思ったのです。ですが、力をどれだけ尽くしても『助けて』と聞こえる回数は一向に減りません。途方に暮れていた私は駅前の椅子で呆けていました。すると、あなたが改札口を抜けてきて、その瞬間だけ声が止んだんです。気のせいかと思ったのですが、確かめずにはいられず、何日もあなたが帰ってくる瞬間を待っては確かめてを繰り返しました。すると、やはり勘違いではないことに気がつき、私が背負ってしまっている負のを相殺する力があなたにはあると確信しました。そして、私はレイに声を掛けたのです」

「そういうことだったのね……この辺の地区でいじめが多くなったのも、公園でやたらと事故が発生していたのもそのせい?」

「ええ、恐らくは」


 悲しそうな顔をして睫毛を伏せるミコトに私は何とも言えない気持ちになった。


「でも、私といる限り、あなたがミサイル消滅時に背負った絶望を相殺し続けることができるのよね?」

「それはどうでしょう。世界は均衡を保つことで成り立っています。今、レイというイレギュラーな存在により、世界は『正』の気を帯びていると言えます。よって、そのうち『負』の気を取り戻すためにしわ寄せが来るはずです」

「そんな……」

「こんなことにあなたを巻き込んでしまって本当にごめんなさい。『助けて』という声が怖くなったばかりに、あなたに頼ってしまった。頼ればいつかその代償を支払うことになるのは私が1番よく知っているはずなのに」


 そこでミコトは言葉を区切ったかと思うと、一度大きく息を吸い込んで言った。


「私は行くべきですね。明日、ここを発ちます。神として世界のルールを歪めるわけには行きません」

「ダメよ!!」


 思いの外大きな声が出て私は吃驚したが、それ以上にミコトが驚いていた。


「ダメって……今の話、聞いていましたか?」


 彼女は怪訝そうに私を見た。


「ええ、聞いていたわ。聞いていたからこそよ。だって……だって、おかしいじゃない。願いを叶えるために生まれてきた神様が、なぜ願いを叶える度に苦しまなくちゃいけないの?」

「それが世界というものだからです」

「私はそんな世界なんて要らない」

「レイ……どうにかしてあなたの力の副作用を取り除けないか、探してみる。それまで私から離れちゃダメ。わかった?」


 私の勢いに気圧され、ミコトは「はい……」と呟くと不安そうにその瞳を揺らした。


「大丈夫よ。ミコトがいくら神様だからって、この世界の経験値は私の方が俄然上なんだから」


 安心させるように私はウィンクして見せた。

 それから、私は神話や占いなど、スピリチュアル関連の文献を漁るために図書館に通い詰める日々が続いた。そうしているうちに私はあることに気がついてしまった。それがどんな残酷なことであることにも気がつかずに。

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