第109話 雅な執事

 土曜の8時30分。


総士が家に迎えに来てくれました。


「おはよう史華」


 玄関でお母さんと話してた総士が私に気づき声をかけてきてくれました。


「おはよう総士。待たせてごめんね」


 階段を降りて靴を履いていると、お母さんが会話に入ってきました。


「それにしてもあなたたち。モーニングデートって何? そういうのは夫婦になってからするもんじゃない?」 


 お母さんは羨ましそうにジト目を向けてきます。


「そんなことないと思うよ? 前にもしたこてあるし。お母さんの頃とは時代が……、と、混むといけないから行こうか」


 お母さんの眉がピクンと動いたのを見逃さなくて良かったと思います。


 今日はバイトをはじめた香澄ちゃんと雅の表敬訪問に行きます。


「ねぇ、総士。本当に行っても大丈夫かな? 2人ともまだ新人なんだから邪魔しないようにしないと」


「もう2週間くらい経ってないか? あいつら手際いいから問題なく働いてるだろ」


 幼馴染への信頼が厚いとでもいいましょうか、総士は問題ないと言い切りました。

 まあ、私だってそう思っていますけど、それはそれでなんだかもやもやすると言いますか……、そんな私の心情を察してくれたかのように総士は右手をそっと握ってくれました。


「ふふっ」


「なに笑ってるんだよ?」


 突然笑い出した私に、総士は少し困惑。


「ううん。やっぱり、幼馴染よりも恋人だなって思ったの」


 2人を羨む必要はありません。


 だって、私は2人に羨ましがられてる立場なんですから。


♢♢♢♢♢


「ククッ」


「ふふっ」


 休日の朝のバイトはモーニング目当てのお客様も多く、まだまだ若葉マークの私たちだけでは上手にお店を回せない。

 そんな中にやってきたのが、いま私の目の前で笑いを堪え……きれていない総士くんと史華。


 何がそんなに面白いのかなぁ? 失礼なカップルね。


「では、ご注文を繰り返えさせていただきます。アイスコーヒーにモーニングは小倉がおひとつと、抹茶ラテにモーニングがラズベリージャムをおひとつですね。しばらくお待ち下さい」


 先輩の由季さんに教わった通りに頭を下げると、堪えきれなくなった総士くんが大爆笑。


「あはははは! も、もう無理! 似合いすぎだって雅! なんで執事なんだよ!」


「だ、ダメだよ総士。そんなに笑ったら雅に……、ふふっ、ふふふ。さすがね雅。かっこいいよ」


「アンタたちね〜」


 なぜここまで笑われているのか。まあ、わかりますよ? すぐそばで接客してる香澄ちゃんはクラシックなメイドさん。来る客来る客が見惚れてるのがわかる。

 いや、でもね? 私のこの格好もなかなかの評判よ? 


 目の前の良く知るお客様には大ウケ……。


♢♢♢♢♢


 今朝、いつもの制服に着替えようとロッカーを開けるとババーンという効果音が聞こえてきそうなくらいのアピールをした執事服が掛けられていた。


「あ、あの由季さん。これはいったい……」


 隣の香澄ちゃんは「きゃ〜!」とうれしそうな歓声を上げていた。


「みやびちゃん、執事さん! 絶対似合うよ!」


 そういう香澄ちゃんのロッカーにはロングスカートのクラシカルなメイド服。


「最近は若いお客様も増えてきたし、少しでも楽しんでもらおうと2人にはコスプレをしてもらいます。まあ、月一くらいのことだから協力してね」


 そんな風に言われてしまうと断ることなんてできなくなってしまう。


 香澄ちゃんにのっかる形ではじめたアルバイトだけれども、思った以上に楽しかった。


 カフェの雰囲気、優しい先輩たち、お客さんとの会話。これまでの生活では感じることが出来なかった感覚。もちろん、そこには責任が伴っているので、アルバイトとはいえいい加減な仕事は許されない。


 そんな中での今回のコスプレはお店の雰囲気を壊すこともなく、お客さんにはちょっとしたサプライズを提供できると由季さんが発案したものだ。

 もちろん、私も反対じゃない。むしろ話を聞いたときは期待に胸を膨らませたくらい。


 うん。


 タイミング悪いのよ。


 目の前のバカップルのね。


「なあ、雅。やっぱり写真撮るのはまずいよな?」


「当たり前でしょ。他のお客様同様です」


「香澄ちゃんと写真撮ってるか、後で撮るよね? 私にも送ってね」


「まあ、史華になら、ね」


 総士くんの手元に渡れば、しばらくは揶揄い材料になってしまう。


「おい、俺は?」


「へ、変なことに使われるといけないので、拒否」


「へ〜、変なことって?」


 うっ! やぶ蛇だった。


 したり顔でニヤニヤと私を見てくる総士くんと、苦笑いの史華。


「そうちゃん! これどう? かわいいでしょ? 帰りにみんなで写真撮ろうよ!」


 どう切り返すか困っていると、横から香澄ちゃんが声をかけてきた。


「はっ? 大丈夫なのか?」


「うん! 店長と由季さんにOKもらったよ。友達同士だし、他のお客様にはあまり見られないように注意だけしてねって言われたよ」


 テーブルの上で4人、顔を近づけてこしょこしょと内緒話。


 やっぱり香澄ちゃんのバイタリティは総士くんの存在なんだなってしみじみと感じちゃったよ。


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幼馴染は美少女だけど付き合いたくない! yuzuhiro @yuzuhiro

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