第100話 永遠の誓い

『チーン』


「お父さん、お母さん。18年間育ててもらいありがとうございました。」


結婚式当日。


姉貴は朝早くに起きて準備に追われていた。

引っ越しは明日からの新婚旅行後になるらしいので、結局もう少し一緒に暮らすらしい。


「うん。無事に今日を迎えられて……、」


人生は何があるかわからない。

父さんのように……


「翔子さん、まだ泣くのは早いよ。」


当たり前のように我が家にいる幼馴染。

涙でグシャグシャの顔になってるやつの言う台詞じゃないな。


「あははは、今日は許して。隆司さん、綾音の晴れ姿一緒に見ようね」


母さんは小さめの写真立てを胸に抱いて静かに泣いている。隣に座っている幼馴染みは号泣だ。


「香澄、お前うるさい。」


頭をコツンと小突いてみたが反応はなく、ひたすら泣いている。姉貴が引くレベルだ。


「総士、お母さんのことよろしくね。」


「わかってる。」


「あんたもさっさと史華ちゃんと一緒になっちゃえば、」


号泣していた幼馴染みがものすごい勢いで姉貴に詰め寄る。いいプレスだ。俺も見習わなければいけないな。


「綾姉!まだ、まだ結婚なんて早いから!そうちゃん高校生だから!おばちゃん寂しくなるから!」


「おばちゃん?」


さめざめと泣いていたはずの母さんの鋭い眼光が幼馴染みに突き刺さる。


「ひっ!しょ、翔子さんです。」


ガクガクと震えながら俺の背後に回り込んできた幼馴染みは自らの失態をしきりに反省していた。


『ピンポーン』


「あ、わたし出る!」


脱兎の如く逃げ出した幼馴染みはこの家の住民ではないはず。


「おはよう。いま開けるね。」


ないはずだ。


「おはようございます。お姉さん、本日はおめでとうございます。」


ドレスに身を包んだ俺の彼女はいつもと違いほんのりと化粧をしていた。


「史華ちゃん、綺麗。」


「ありがとう香澄ちゃん。香澄ちゃんは……とりあえず顔洗わないとね。」


涙でグシャグシャの幼馴染みの顔を見て苦笑いしている彼女は、俺の隣に座り上目遣いで見てきた。


「おはよう史華。いつも綺麗だけど今日はいつもにも増して綺麗だな。」


いつもならここでキスの流れだが、ルージュを引いているのでグッと堪えた。


「ありがとう。総士もスーツ姿すごく大人びて見えるね。やっぱりかっこいいな。」


はにかみながら褒めてくれた史華。


「あ〜、化粧ってこういう時困るな。」


「ふふふ。気を使ってくれてありがとうね。」


キスができないかわりに彼女をぐっと抱き寄せる。


「そうちゃん、私、口紅してないから大丈夫だよ。はいっ!」


グッと顔を近づけてきた幼馴染にはデコピンをプレゼントした。


「いひゃい!」


「お前もそろそろ準備してこいよ。てかその目元どうにかなるのか?」


散々泣いた幼馴染の目元は真っ赤でまぶたも腫れぼったくなっている。


「あらあら。香澄ちゃん、ちょっと冷やそうか。」


母さんに促されて幼馴染は洗面所へと向かって行った。


「総士。」


不意に姉貴に声をかけられた。


「何?」


「香澄が困っていたら助けてあげてね。彼氏じゃなくてもそれくらいしてくれるよね?」


いつもとは違う真剣な眼差し。


「できる範囲でな。心配しなくてもあいつは家族同然だから。」


助けるよ


「史華ちゃんも、総士と香澄のことよろしくね。」


「はい、頑張ります。」


その言葉を聞いた姉貴は満足そうに微笑んだ。


♢♢♢♢♢


「綺麗ね。」


チャペル内を見渡しながら史華、香澄、の三人娘は感嘆を漏らした。

平川家のお泊まり会の後、「私だけ名字呼びって疎外感があるわ。昔みたいに、な、名前で呼んでよ。」と言われた。

さすがにみやびちゃんと呼ぶのも恥ずかしいので雅と呼ぶことで納得してもらった。


「ここは料理も評判らしいぞ。よかったな雅。」


「な!あっ、そっか。」


そっかってなんだよ?


「私が食いしん坊みたいに言わないでくれる?総士くん?」


言った本人が照れてりゃ世話ないな。


「史華。俺の分の弁当は?」


「へっ?」


「ご馳走よりも史華の飯が食べたい。」


「ちょっとソウくん。こんなところで見せつけないでよ、隣の幼馴染さんが泣きそうな顔してるわよ?」


隣を見ると何も見てませんよと言いたげな幼馴染がそっぽ向いていた。


「冴子さん。さっきまで号泣してましたから、これ以上泣いたらやばいっすよ。」


「もう泣いたの?涙腺緩いわね。まだ二次会もあるんだから早々に戦力外にならないでよ?」


ため息混じりで呆れてる冴子さんの目元も潤んでいるのは黙っていましょう。


「ソウくん、人前式なんだよね?2人で一緒に入場してくるの?」


後ろの席から冴子さんが耳うちしてくる。


「そう聞いてますよ。まあ、そっちの方がねぇ。」


本当は父さんとヴァージンロードを歩きたかったと泣いていたのは内緒だ。


「みなさま大変長らくお待たせしました。それでは新郎・新婦の入場です。みなさまにはご起立の上、拍手でお迎えください。それでは入場です!」


席を立ち背後に視線を向けると、扉が左右に開き逆光の中、姉貴と義兄さんが一礼した。

義兄さんの腕に身体をあずけながらゆっくりと歩いてくる。


「お姉さん、綺麗。」


俺からすれば彼女の方が綺麗だと言いたいところだが、今日の主役は姉貴だ。


「だな。」


素直に頷いた。

今まで俺が見てきた中で今日の姉貴は1番輝いているだろう。ガラにもなく少し緊張し、喜びと悲しみの同居した表情は儚くも見える。


「あやねぇ〜。」


隣で号泣する幼馴染みをどうにかしてくれ。

後ろの聖川家を見るとおじさんとおばさんも号泣。清香はキラキラと瞳を輝かせて姉貴を見ている。あ、その隣でもう1人の幼馴染みも羨望の眼差しで姉貴を見つめている。


姉貴は俺たちの隣を通過するときにこちらに視線を向け、「仕方ないわね」と声に出しさずに言っていた。


祭壇に上りこちらに振り返った2人に盛大な拍手が送られた。

ハニカミながら見つめ合う姉貴たちは幸せそうだ。


列席者を前に誓いの言葉を宣誓し、指輪の交換が行われた後に見たくもない身内のキスシーン。


「あ〜、なんとなく公佳の気持ちがわかったわ。」


そう呟いた俺に「いまさら?」と呆れたような表情でツッコミを入れる彼女。


新婦・新婦がフラワーシャワーで送り出され結婚式は終わった。


披露宴会場はすぐ隣の建物。

2階のほとんどを吹き抜けにし、ガラス張りで眩い光の射し込む会場だった。


「で、なんでこんな席なんだ?」


丸いテーブルに6人掛けの席なんだが、身内の母さんに加えて父さんの席、もちろん俺と彼女の史華まではわかる。


「あやねぇ、きれいだったよ〜。」


「香澄ちゃん、わかったから少し泣き止もうよ?」


「なんでお前たちも同じテーブルなんだ?」


なぜか香澄と雅まで同じテーブルにいる。

他の聖川家の面々は隣のテーブルにいるぞ?


「あんたのお嫁さん候補じゃないの?」


呆れたように母さんが言うが、史華一択だぞ?ほら、香澄が反応して泣き止んだ。


「お嫁さん候補?私もそうちゃんのお嫁さん候補?」


「いや、母さんが勝手に言ってるだけだから気にするな。」


「あれっ?私まで嫁候補だったのね。」


雅まで悪ノリして顔を赤らめてるし。


「ちょっとお姉ちゃん、そう言うことなら席代わってよ!」


隣の席から清香まで身を乗り出してきた。


「もう、お前たち大人しくしててくれ。母さん行こうか。」


披露宴が始まるまでに姉貴がお世話になった人達へのお礼の挨拶回り。


「今から回れる?お酒注ぐときに一緒に回ればいいわよ」


「そんなもん?酔っ払い相手は勘弁だぞ。」


「大丈夫よ。酔いが回る前に手際良く回りましょう。」



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