第98話 愛妻?弁当
元々ダブルデートに乗り気ではなかった総士の様子を見ながら動物園をまわってきたが、私に意識を集中しているらしく、普通のデートとして楽しんでいます。
そのおかげでいつも通り遠慮のない総士に、身内と同行している私は羞恥に苛まれています。せめて公佳がいなければ恥ずかしくないんですけどね。
「なあソウ。お前らのデートはいつもこんな感じなのか?」
葛城くんが私達を見て呆れ顔で呟きました。
「こんなって?別にお前たちがいても関係ないだろ?若干、史華がいつもより固いのが気になるけど、そこはまあ仕方ないと割り切ってる。どうやら俺は普通の人と感覚が違うらしいからな。」
「ん〜、私はうらやましいと思うけどね。周りに迷惑かけてるわけでもないし、史華を大事にしてるのが伝わってくるよ。」
ため息混じりで答えた総士を公佳が擁護しました。私だって嫌ってわけではありません。
ただみんなに見られるのが恥ずかしいだけなんです。だから、たまには私だって総士を擁護します。
「うらやましいでしょ公佳。総士は私だけ見てくれるのよ?」
言ってる自分が恥ずかしくなってきました。きっと私の顔は夕日のように真っ赤に染まってるんだと思います。
「お〜!中学までの史華からは想像できないくらいの惚気だな。随分とソウに染められたな。」
「なんだよカズマ。俺が毒したみたいな言い方だな。史華だって嫌なことは嫌って言うぞ。……たぶん。」
総士が目を逸らしながら葛城くんに反論しています。ほんとに嫌なことはされてないんですよね。逆に私が恥ずかしがってることで総士に嫌な思いをさせてるんじゃないかって思ってるくらいですし。
私は総士の袖を引っ張り意思を伝えます。
「たまに(甘やかしが)激しいこともあるけど、嫌じゃないからね?総士は私が嫌がることするわけないから遠慮しなくていいからね。」
「きゃ〜!史華昼間っから大胆なこと言うわね。さすがにそっちの情報は今いらないよ?」
「そっちって何よ?」
公佳の物言いに違和感を覚えていると、総士が苦笑いしながら私に耳打ちをしてきました。
「言葉足らず。俺が激しいなんて言うから変な解釈したんだろうな。」
「えっ?私、おかしな言い方した?」
「捉えようにしてはな。恋愛脳の公佳にはヒットしたみたいだな。」
「ちょっと総くん?誤解を生み言い方じゃない?」
すかさず公佳から抗議の声が上がりましたが間違った指摘ではなかったので、総士もスルーすることにしたようです。
「まあ、いいじゃないか。そろそろ昼時だしメシにしようぜ。」
「おう、早くしないと混んでくるしな。どこで食う?」
葛城くんがレストランの方に歩いていこうとするので、すかさず公佳が手を掴んで引き留めた。
「カズくん、お弁当作ってきてるから。東屋で食べようよ。」
「えっ?弁当作ってくれたのか?」
「早起きして史華と作ったの。」
公佳は総士の肩にかけられたトートバッグを指差すと、葛城くんも納得したようです。
「だからソウは大荷物だったのか。納得したわ。」
「いま気づいたのか。ほれ、早く場所取りしようぜ。」
♢♢♢♢♢
「はいカズくん。」
紙皿に取り分けたお弁当を渡すと小さく「おおっ」と感嘆の声を漏らした。
そう言えば付き合いだしてから1年以上経つけれど、カズくんに料理食べてもらうのって初めてかも。史華と総くんは慣れたものでお互いに相手のお皿におかずを盛り付けている。
「なんかもう夫婦だよね。ぎこちなさとか違和感とかが皆無なんだもん。普通見てるこっちが恥ずかしくなったりするもんだけど、そこまで堂々とされると自然と受け入れちゃうね。」
「そ、そうかな?よくわからないけど普通のことしかしてないよね総士?」
「だな。お!この玉子焼きは史華じゃないな。いつものよりちょっと甘い。唐揚げは史華だろ?俺好みの味付けになってる。」
「わかるのか?」
「ん?結構お弁当作ってくれてるからな。史華も俺の好み覚えてくれたから、どっちが作ったかくらいはわかると思うぞ。」
さすがは総くん。
私の味はわからなくても史華の味はわかるのね。かくいう私の味はまだ未熟でブレブレだろうからカズくんにも覚えてもらえないだろうな。
「とりあえずお前もいただけよ。どっちが作ったのもうまいから。」
総くんの隣で史華が不満そうにしてるけど、総くんはおかまいなし。
「まあ、俺には史華のが1番だけどな。」
シレッと後から付け加えて史華を赤面させているのを見て、こういうところかと納得させられる。下げずに上げる。私のこともちゃんと褒めつつ、史華をさらに褒める。
なるほど、心のメモ帳にこっそりと書き加えておこう。
「うん、確かに玉子焼きは甘めだな。で、唐揚げは……ん、うまい!衣薄めだけど味がしっかりついてる。」
少しイラッとしてしまった私はカズくんの脇腹をつねった。
「イテッ!何すんだよ。」
「ふん!自分の胸に聞いてみたら?」
大袈裟に痛がるカズくんから顔を背けて、私も唐揚げをパクリ。うん、さすが史華。いい仕事してるね。
「今のは葛城くんが悪いと思うわよ。」
「だな、配慮が足らん。」
史華と総くんも私の味方をしてくれる。
カズくんは訳がわからず思案顔。
こういうところはしっかりと教育させていただきます。
これからのためにね。
「おにぎりは形でわかっちゃうな。」
「総士はね。葛城くんは初めてだからわからないと思うよ。」
史華が握った三角おにぎりと私が握った俵型おにぎり。
総くんのリクエストで三角に握るようになったと言ってたので、私はあえて俵型にした。
「なんだかクイズみたいになってきたな。まあ、両方いただきます。」
おにぎりに関してはちゃんとカズくん用に握ってある。
「んっ!俵型はぎっしり米が詰め込まれた感じで食べ応えがあるな。」
「ん〜、たしかに。でもちょっと固め過ぎじゃない公佳?」
「これくらい握らないとね〜ほらっ、カズくんおっちょこちょいだから。すぐこぼしちゃうのよ。」
たまに練習のときにコンビニのおにぎりを持ってくるんだけど、半分くらい食べ終わるとご飯をポロポロこぼしだしちゃうのよね。
だから今もカズくんにはお皿2枚渡してあるのよね。
「でかい身体なのにな。」
「小学生みたいね。」
さっきから総くんと史華の息のあったツッコミが容赦なくカズくんに突き刺さる。
「おまえら容赦ねぇな。」
カズくんも気にしてたらしく、並んで仲良く食べている姉カップルを睨んでいる。
「そもそもお前らイチャイチャしすぎじゃないか?周りは幼気な子供がいる家族ばかりだぞ?自重しようとか考えないのか?」
確かに周りのベンチや東屋は家族連ればかりで楽しそうにお弁当を食べている。
それに対して私達の目の前では先程から頻繁に食べさせ合いが行われている。
しかも当たり前のように。
「これくらい普通だろ?」
「そうね。これくらいは常識の範囲内よ。」
『あなた色に染まります。』
花嫁さんが純白のウェディングドレスを着るのにはそんな意味もあるらしいけど、史華はすでに総くん色に染まり切っているみたい。
お弁当を食べ終わってからは小さな遊園地スペースに移動したけど、乗り物の大半が故障中でした。
「予定外に早く回れちゃったな。どうする?お母さん待たせるのも申し訳ないから早めに行くか?」
総くんの提案で私達は早めに帰ることにした。
♢♢♢♢♢
「ただいま〜。」
「あれ?もう帰ってきたの?」
予想外のことにお母さんもビックリしたみたいでエプロン姿で玄関まで出迎えにきてくれた。
「和真くん、お久しぶりね。やっと来てくれたわね。」
「こんにちは。なかなかこれなくてすみません。」
少し緊張気味のカズくんにお母さんは優しい笑顔で話しかけてくれた。
「総士くんもいらっしゃい。いつも玄関先でごめんなさいね。やっとお部屋に案内できるわ。」
「おじゃまします。今日は動物園よりも夕食を楽しみにしてました。」
屈託のない笑顔でお母さんに話しかける総くんは余裕が感じられる。
「うふふ。うれしいこと言ってくれるわね。あ、そうそう。お父さんももうすぐ帰っでくるらしいから一緒にご飯食べるって言ってたわよ。」
「「「えっ⁈」」」「よしっ!」
嫌そうな3つの声にうれしそうな声が一つ。
「総士?」
その声の主は小さくガッツポーズまでしている。
「やっとお父さんに挨拶できる。」
総くんがどんな挨拶をするのか。
一抹の不安が頭をよぎりました。
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