第93話 龍虎手を取る

「おはようございます。3学期に入り3年生は自由登校に入ります。受験で大変な時期ではありますが残り少ない学校生活を楽しんでください。」


新学期が始まり、受験シーズンが本格化しだした。綾姉のようにすでに推薦で決まった人は少数派で大半の先輩達はどこか余裕のない表情をしている。


全校集会を終え、教室に戻る途中に久しぶりの人物に遭遇した。


「久しぶりね聖川さん。」


「冴子先輩、お久しぶりです。」


綾姉の親友でもありそうちゃんを唆していたそそのか冴子先輩だ。

先輩もやはり受験勉強に疲れているのか表情が冴えない。


「先輩は推薦組じゃないんですか?」


「あなたと違って平々凡々の私は一般入試で頑張るしかないのよ。」


肩を竦め自嘲気味に笑った表情にも疲れが伺える。


「大学でもサッカー部に入るんですか?」


「どうかな?今はまだそんなところまで考えられないよ。まずは大学に入れないと話にならないしね。」


「まあ、確かにそうですけどね。」


「ふふふ。あなたは受験で困りそうにないからうらやましいわ。」


「それはどうですかね?」


「そうそう。あなたも綾音の結婚式に呼ばれてるのよね?さすがに早すぎて焦る気持ちもないんだけどさ、うらやましいなって思うわよね。」


「そういえば先輩の浮いた話って聞いたことないんですけど、彼氏っていないんですか?」


思い返してみれば、中学時代から人気だった冴子先輩に彼氏がいるって話は聞いたことがない。何回も告白はされてるだろうけど全部断ってるのかな?


「今は受験生だし。元々興味ないからいないよ。まあ、あなたみたいにモテモテのくせに失恋続きの人とは違うのよ。」


「な、何ですって〜!」


「失恋街道まっしぐら。高校まで追いかけてきた矢先友達にかっさらわれちゃうってね。ソウくんとの付き合いなら誰よりも長いのにね。」


カチン


「喧嘩売ってるんですよね?私もそんなに短気ではないと思ってますけど、悪意ある中傷に大人しくしてるつもりはないですよ?ああ、受験勉強がうまくいかずにストレス溜まってるんですね。しかたないですよ、今までちゃんと勉強してこなかった先輩が悪いんです。頭が悪い先輩が悪いんじゃないですよ?努力してこなかった先輩が悪いんですよ?」


渡り廊下で睨み合っているのですれ違う生徒は何事かとジロジロ見てくる。


「冴。」


突然背後から抱きしめられたので振り返ると、私の肩越しに冴子先輩に話しかける綾姉がいた。


「綾音、あんたいつからいたのよ?」


「そうね。あんたが香澄に喧嘩売り始めた頃にはいたわよ。」


綾姉が耳元で話すのでくすぐったい。


「ああ、悪意はないのよ。聖川さんを見るとつい意地悪したくなっちゃうのよ。」


「十分悪意ありましたよね?」


シレッと誤魔化す先輩に恨みを込めて詰め寄ろうとすると、綾姉が耳元に息を吹きかけてきた。


「ひゃん。ちょ、ちょっと綾姉!こんなところで何するのよ!」


「まあまあ、落ち着きなさい香澄。冴もやり過ぎよ。」


「はいはい。ごめんなさいね。」


どうみても反省をしていない冴子先輩に綾姉はため息を吐きながら、私を後ろから抱きしめてきた。


「香澄、お願いがあるんだけど。」


「お願いって、ひゃん、ちょっと耳噛まないでよ変態!」


セクハラ紛いの綾姉の腕を振り解いて距離を取った。


「香澄?誰が変態だって?お姉ちゃんに対して失礼だと思わないの?」


「思いません!学校で何するのよ!先生に言いつけてやるからね!」


変態の調教は倉重先生のお仕事。

早く人間にしてください。


「小学生みたいな言い方ね。まあ、それでもこの変態が治るとは思わないけどね。」


「ちょっと冴?あなたにはこんなことしないでしょ?知ってる香澄?冴に彼氏がいない理由。」


「いや、知らないけど。」


なんだろ?特別な理由でもあるの?

ニヤニヤしている綾姉を見る冴子先輩の顔がひきつる。


「ちょっと綾音さん、何を言うつもりですかね?」


先輩は額に青筋を立てながら綾姉に迫るが、そんなことはお構いなしに話し続ける


「この子はねぇ、超がつくほどのブラコンなのよ。お兄ちゃん大好きなの!サッカー部命なのもそのせいよ。」


「へっ?」


ブラコンとサッカー部にどんな繋がりがあるのよ?


「ん?その顔は知らなかったな?サッカー部の監督の名前は?」


「えっと、確か2年A組の城山先生だよね?」


「はい正解。さすが生徒会長ね。じゃあ目の前にいるあんたの先輩のフルネームは?」


「冴子先輩?たしか城山冴子……って、え〜!城山先生と冴子先輩って兄妹だったんですか?」


右手を額につけてため息をついた冴子先輩が諦めたように呟いた。


「そうよ、悪い?」


「機嫌悪!」


「あんたが余計なこと言うからでしょ!全く!ブラコンはお互い様でしょ!」


いつもはかわいい女を演じている冴子先輩の地が出ている。さすがは綾姉、鉄でできた美少女の仮面をあっさりと剥ぎ取ってしまった。


「あんたとはブラコンのレベルが違うわよ。と言うか、とりあえずさっさと本題にいきなさい。あなた達目立つんだから注目集めてるわよ?」


それ、綾姉のせいでもあるからね?

たぶん3人で1番有名人だからね?


「ま、そうね。聖川さん、そこの性悪女な結婚式の二次会の幹事を手伝ってくれない?一応私が代表で何人かで進めてはいるんだけど、受験で忙しくなったせいで中々話し合いができなくてね。そしたら綾音が聖川さんを使えって言いだしてね。あなたなら綾音とも付き合い長いし、能力的にも問題ないと思うから。まあ、不本意ではあるけど今回ばかりは仕方ない。手伝ってもらえないかな?」


冴子先輩のこんな優しい表情は初めて見るかも。やはり先輩にとっても綾姉は特別なんだろう。


「そういうことでしたら仕方ないですね。不本意ですが手伝いますよ。」


綾姉も私達を見ながら優しく微笑んでいる。


「ありがとう。それじゃあ下僕さん、これからキリキリ働いてもらうからね。」


「はい?すみません先輩、日本語知ってますか?あ、そうか!のことで頭がいっぱいで言葉忘れちゃったんですね。仕方ないですね。私が教えてあげますよ。」


「は?万年失恋のあなたに教えてもらうことなんてないわよ!」


「ふん!ブラコン妄想女に言われたくないですね!」


小学生以下の醜い言い合いを見ていた綾姉が一言。


「あんた達、仲良しねぇ。」


「「どこが!」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る