第90話 小倉と生クリーム

目が覚めるとまだ室内は暗かったです。

見慣れない天井。

隣には愛しい恋人。

私は総士の腕枕で一晩を過ごしました。

いえ、正確には3時間ほどですね。

最後に時間を見たのは2時半でした。

隣で寝息を立てている総士を見つめました。


「ふふふ、まつ毛長いね。」


寝顔をこんなにじっくり見れるなんてね。

眠ったままの総士の胸板に顔を埋めました。


「んんん。」


寝ているはずの総士の右腕が私の身体を抱きしめました。


「あれっ?起きてるの?」


首を伸ばして顔を覗き込んでみると口元が少し綻んでいました。


「もしもし狸さん?起きてますよね?」


頬をくっつけてグリグリしてみると「ふふふ」と笑い声が聞こえてきました。


「おはよう史華。」


強めに抱きしめられてキスをしてくれました。


「んっ、おはよう総士。起こしちゃった?」


「いや、多分同じくらいに起きたんだと思うぞ。それより身体大丈夫か?」


下腹部に微かに残る痛みがありますが、不快感は全くなく、痛みを感じる度にニヤニヤしてしまいます。


「うん、大丈夫だよ。」


ニヤついている私の顔を隠しながら総士に答えました。


「人の胸元で笑うなよ。くすぐったいぞ。」


「あれっ?バレちゃった。うれしくてたまらないの。」


「そっか、俺もだ。」


ベッドの中で抱きしめ合いながら熱いキスを繰り返しました。


「ねぇ総士。」


「ん?」


「……あのね?」


「ん、わかった。」


勇気を出して話そうとした矢先、総士は一言私に返すと、私の首筋から順番にキスをしていきました。


結局チェックアウトしたのは時間ギリギリでした。


「お〜、時間やばかったな。」


「……ごめんね。」


焦らせてしまったことへの罪悪感から謝罪をするが総士は気にも止めてませんでした。


「もう、史華が激しかったからだぞ?」


私の顔を覗き込みながらニヤニヤしているので、私も思わず反論してしまいました。


「だって、総士に喜んでもらいたかったんだもん。」


他の人に聞かれようものならばどんなに恥ずかしいことかわかりませんが、総士に嘘は言いたくありません。でも自分がこれほどまでにエッチだったのかと思うと身悶えてしまいます。


「うれしいよ。どこかでモーニングしてから帰るか。」


「うん。」


総士の左手を握り指を絡めました。

ギュッと握り返されると心が満たされていきます。


♢♢♢♢♢


「うまっ!」


入った喫茶店で私は生クリームのセットを、総士は小倉のセットを頼みました。

トーストが2切れあったので1切れは生クリームだけで、もう1切れは総士の小倉を少しもらいその上から生クリームをかけて食べました。


「本当、小倉と合わせるとすごくおいしいよ。総士も食べてみて。」


総士の小倉トーストに生クリームを乗せてあげるとそのままパクリと食べました。


「やばっ!まじでうまいな、これはハマりそうだわ。」


そんな私達のやり取りを見ていた隣の大学生らしき女性が笑顔で話しかけてくれました。


「あなた達もそう思う?単体でも両方合わさると格別よね〜。」


「はい。はじめてきたお店なんですけど味も雰囲気もすごくいいですね。」


人懐っこい感じのお姉さんだったので、違和感なく会話ができました。


「あなた達も小倉と生クリームみたいね。」


総士と私を交互に見ながらお姉さんが微笑んでくれたので、思わず照れてしまいました。


「はぁ〜、かわいらしいな。ちょっとはるくん見てよ。この子達すっごく甘々な雰囲気なの。見た目とのギャップがいいね!」


お姉さんが少し興奮ぎみに彼氏さんに話しかけると、彼氏さんは苦笑いしながら私達に視線を移しました。


「うるさくしちゃってごめんね。寝不足でおかしなテンションになってるみたいだ。」


彼氏さんは肩を竦めながらも優しい眼差しで彼女さんを見つめていました。


「あっ!思い出した。」


そんな最中、それまで沈黙していた総士が突然声を出しました。


「えっ?総士どうしたの?」


「いや、どこかで見たことがある人だなって思ってずっと考えてたんだけど、お姉さん聖川清香の家庭教師の先生ですよね?」


「ふぇ?清香ちゃん?うん、そうだけど君は清香ちゃんの友達?」


お姉さんには総士に見覚えがないみたいで額を押さえて考え出しました。


「隣に住んでる幼馴染です。以前一度だけ紹介されたことがありますよ。」


「んんん〜?清香ちゃんに紹介され、た?あっ!お兄ちゃん?大好きなお兄ちゃんだ!」


お姉さんも思い出したらしく、身を乗り出して総士の顔を見つめていました。


「ちょっとなっちゃん。声大きいから一旦落ち着こうか。」


彼氏さんが興奮したお姉さんをなだめて席に座らせました。

そんな2人を見ていると関係性がわかりやすくて思わず笑ってしまいました。


「ふふっ。」


「あ、ちょっと、はるくんのせいで彼女ちゃんに笑われちゃったじゃない!」


「いやいや、完全に八つ当たりだよね?」


「だって寝不足が原因だって言うならはるくんのせい—」


お姉さんの口を彼氏さんが素早く塞ぎました。どうやら寝不足の原因は私達と同じようです。


「あ、俺たちと一緒ですね。」


「ちょっと総士?」


素で爆弾を投下した総士は涼しい顔、お姉さんはニヤニヤ、彼氏さんは赤い顔をしています。私も顔が熱っぽい感じがしています。


「うんうん。寝不足には甘いものがいいよね。ここはじめてなんだよね?私の友達がバイトしてるんだけど他にもおいしいものがあるからまたきてみてよ。」


その後、お姉さん達が私の志望校に通っていると知り、いろいろな話を聞くことができました。


「またね!」


時計を見ると1時間以上経過しており、総士と顔を見合わせて笑ってしまいました。


「さて、そろそろ行きますかね?」


「うん。ひょっとして家まで送ってくれるの?」


いつものように手を繋ぎ歩き出したのは私の家の方向でした。


「えっ?当たり前だろ?」


「でも、昼間だし朝帰りだよ?」


一応お母さんの許可を得ての外泊ではありますが、総士に気を使ってのものだったことも考えられます。万が一でも家族のトラブルに巻き込みたくはありません。


「だから?なおさら一緒に行くだろ。連帯責任じゃんか。」


不思議そうな顔で私を見つめている総士には、不安要素などはまるでないかのようでした。


「真っ直ぐだよね。」


「はっ?」


「ううん、ありがとうね。」


私はいつものように総士の横に寄り添って歩き出しました。


♢♢♢♢♢



『ガチャ』


「ただいま。」


午前10時を少し過ぎた頃に史華が帰ってきました。


「史華、今日は総士くんとお泊まりよ。」


昨晩お母さんから聞かされた衝撃的な事実。

まさか史華が堂々と外泊するなんて!

まさかお母さんが外泊を許可するなんて!

あ〜、私もカズくんとお泊まりして—


「公佳はだめよ。」


「なんでわかったの?」


「そんな顔してればわかるわよ。私もカズくんとお泊まりしてこればよかった〜って思ったんでしょ?」


「……うっ。」


さすがお母さん。

見事に私の思考を読んでいる。


「私が許可したのは総士くんを信頼してのことだからね?この子なら史華を絶対に幸せにしてくれるってね。まだ高校生なのにね。」


お母さんの総くんの信頼度はMAXに達していた。ある程度は信頼してるとは思っていたけど、史華をお嫁に出す決意までしてるみたい。


「実際に将来的にもらいますって宣言されてるしね。まあ、順番さえ守ってくれればいいかなってね。それに最近史華の様子がおかしかったからね。」


「そうだね。」


史華の様子がおかしかったのが総くん絡みなのはわかり切ったことだからね。



「だから公佳の外泊許可はできないからね?」


「……はい。」


カズくんはそこまで信頼してないよってことよね。総くんと比べてしまうと仕方ないけどね。なかなか家にきてくれないし。お母さんの前で手を繋ぐなんてことは絶対してくれないだろうな。


「お帰り史華。」


「おはようございます。」


「あら、総士くん。おはよう、送ってくれたのね。」


はぁ〜、やっぱり総くんはすごいね。

自分で外泊許可とるだけじゃなく、アフターフォローまで万全なんだもん。そりゃお母さんじゃなくたって信用するよ。


「昨晩は外泊許可してくれてありがとうございました。」


嫌味のない笑顔でお礼だもんね。


「お母さん、ありがとう。」


史華もすごくいい表情しちゃって。

不安がなくなって落ち着きを取り戻したみたいね。


「はい。クリスマスだから特別よ?あと総士くん。ちゃんと約束守ってね?」


約束?総くんお母さんとどんな約束したんだろう?


「もちろんですよ。」


総くんは迷いのない表情でお母さんに答えた。



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