第76話 甘い誘惑
『ゴンッ!』
フリーキックの練習はゴールの四隅ギリギリにコースを定める。今日はイマイチのりきれていないためポストに阻まれてばかりだ。
「くそ!」
居残り練習時間いっぱいになったところでソノさんに止められた。
「ソウ時間だぞ。今日はどれだけやっても無駄だろ?ちゃんと汗流してから帰れよ。」
「ウス。」
集中できてないことはバレバレか。
まあ話の流れでわかるか。
にしても結構キツイな。
自分が選ばれないのは薄々感じていたが、カズマが選ばれたのが堪えた。
男の嫉妬はみっともない。
間違いねぇな。
とりあえず今日中になんとか切り替えてないと時間がもったいない。
とりあえずシャワーを浴びてリフレッシュした。手早く服を着てロッカーを後にする。
扉を開けた途端にソノさんに肩を組まれた。
「まあ、カズマが選ばれてお前が選ばれなかったから焦る気持ちはわからんでもないけど、焦ってもしゃーないだろ?早く切り替えないとスランプに陥るぜ。」
最後に頭をクシャッとしてソノさんは帰って行った。
「わかってるんすけどねぇ。」
気持ちがついてこない。
ふとスマホが震えたので見てみるとオーナーからのメッセージ。
『時間調整のため今日は休みにしてくれ』
マジかよ。
突然休みになってしまったが史華もシフトに入っているため帰りは迎えに行かないと。
それまでの時間どうするかを悩んでいるとクラブハウスの入り口に史華たちがいた。
「あれ?史華迎えにきてくれたのか?」
公佳、飛鳥と話していた史華が俺に気付いて小さく手を振ってくれてる。
「うん。一緒にバイト行こうと思ったんだけど、今オーナーから連絡がきて休みになっちゃった。」
「あ、史華もか。俺休みにされたよ。」
「ほんと?」
残念そうな顔からパッと笑顔が咲いた。
「じゃあ、たまにはみんな・・・」
「デートするか。」
飛鳥の声を遮るように史華を誘うと小さく頷いてくれた。
小走りで俺の横にくると袖口をキュと掴んだ。史華が不安がっている時の癖だ。本人には自覚症状がないみたいだが、今回は俺のことを心配してくれてると思うとうれしくなる。
「あ、悪い飛鳥。さっきなんか言い掛けただろ?なんだった?」
さっき声が重なったことを思い出して飛鳥を見ると、手を左右に振り「いい、いい。」と言っている。
「総くん、今度は私達とも遊んでね。」
飛鳥の様子を見ながら公佳がため息まじりで代弁した。
どうやら飛鳥も俺の様子を見て心配してくれてるようだ。きっと公佳も。
史華はそんな様子をじっと見ている。
袖口を握る手の力が抜けていくのがわかった。
「悪いな、史華ファーストだ。でも心配してくれてサンキュ。」
史華の頭をくしゃりと撫でながら「行こうか。」と促して駅前へと移動した。
♢♢♢♢♢
「もう飛鳥!普通に誘えばいいのに。みんなで遊びに行くくらいで史華は怒らないよ。本当に素直じゃないんだから!」
「いや、わざわざ史華が会いにきたのに邪魔するのも悪いじゃん!2人のあんな表情見せられたら誘えないって。」
「毎日のように、いや、実際毎日かな。ラブラブしてるんだから、たまには遠慮しなくてもよなかったのに。」
「いや、いいよ別に。史華がいれば十分だろうし。私達はクレープでも食べにいこうよ。疲れだから甘いもの食べたくなっちゃった。」
「仕方ないね。お付き合いしますか。」
「何よ公佳、うれしいくせに。」
「はいはい。正直じゃないね。」
♢♢♢♢♢
「なあ、史華。小腹が空いたんだけど軽くなんか食べない?甘味処って行ってみたいんだけどさ?」
史華の目が点になっている。
そんなに意外だったのだろうか?
疲れた後には甘いものだろうよ。
「甘味処とは意外ね。何かお目当てのものでもあるの?」
史華が覗き込みながら聞いてくる。
よっぽどおかしかったのが表情が緩みっぱなしだ。
『チュ。』
あまりにもニヤニヤ覗き込んでるので、仕返しにキスをする。周りに人がいるけどまあ気にすることでもないだろう。
「も、もう!羞恥心はどこに落としてきたのよ。」
史華の顔が真っ赤になった。
反撃成功だな。
「史華ファーストだから。」
ドヤ顔で史華に言うと「その言葉言いたかっただけでしょ。」と腕をペシっと叩かれた。
まさにその通り。
なんとなくその言葉を気に入ったことを自覚している。
「まあ、実際に史華が1番大事なことには変わりないんだからいいじゃんか。とりあえず早くぜんざい食べに行こうぜ。」
「あ、ぜんざいが食べたかったんだ。」
「そう。餅が食べたくなった。ん?史華のほっぺも柔らかくてお餅みたいだな。」
史華の頬をツンツンすると気持ちいい感触を味わえた。
「ねぇ、総士。それは私が丸いってことかな?」
史華が丸い?冗談じゃない。
ここははっきりと言わせてもらおう。
「いや史華、全然肉足りてないから。もう少しつけてもいいと思うぞ。」
史華の腰回りを触りながら言うと「セクハラ!」と手を叩かれた。
ちょっと悔しかったので思いっきり抱きしめたら真っ赤に茹で上がった。
♢♢♢♢♢
お店に着くと中途半端な時間と言うこともあり、すぐに席に通された。
「いらっしゃいませ。ご注文は・・・って、纐纈くんとふみちゃん?」
「あれ?留衣ちゃん。アルバイト?」
同じクラスの増田さんがオーダーを取りに来てくれた。俺はあまり話した記憶はないがカズマが同じ中学だったと言ってたから史華とも面識があるんだろう。
「うん。体育祭が終わってからはじめたんだ。2人はデート?体育祭でもラブラブなところ見せてもらったけど。」
増田さんは史華に向かってニヤニヤ聞いているけれど、あの後のことを思い出したのか史華の顔が引きつる。
「あ、うん。総士がぜんざい食べたいって言うからきたの。」
「そっか、じゃあ注文はぜんざいでいい?」
「史華は?」
俺はそれが目的だからいいけど史華はまだメニューすら見ていない。
「私もぜんざいでいいよ。留衣ちゃん、ぜんざい2つお願いします。」
「はい、ぜんざいね。少々お待ちくださいね。」
増田さんはにっこり微笑むと厨房へ消えて行った。
「甘い匂いが店中にしてるな。」
「そうだね。匂いついちゃうかな?」
服をクンクンして史華が確認してるけど、そこまで強烈ではないから大丈夫だろう。
「史華から甘い匂いがしたら食べたくなっちゃうな。」
すぐに言葉の意味を理解したようで、史華が「えっち。」と言いながら睨んでくる。
怖いどころか愛らしい表情に気持ちが安らぐ。
「ありがとうな史華。公佳あたりに聞いて心配してくれたんだろ?」
手を伸ばしさらさらの髪の毛に触れる。
「うん。心配というか一緒にいたいなって思った。総士が落ち込んでるのかなとか、悔しがってるのかなって思うより一緒にいたいなって思った。」
困ったような表情に無理やり笑顔をくっつけたような感情の入り乱れた史華はどこか儚げだった。
「どんな言葉かけてあげればいいのかな?なにをしたらいいのかな?っていろいろ考えたけど私にはわからなくって。だから、だからね、せめて一緒にいたいなって思ったの。」
「そっか。悩ませちゃったな。」
俯いてしまって表情をみることはできないが悔しがってるみたいだ。
「ごめんね、私なにも持ってないから。サッカーのこともよくわからないし、勝負の世界もわからない。」
「いいよ。」
「えっ?」
「史華はそのままでいいって。何も持ってないわけないだろ?」
「ないよ。何もないよ?」
史華の頬に触れると顔を上げてくれた。
「ほら、これだけでも十分だ。」
「どういうこと?」
「ちゃんと俺を見てくれてる。」
「・・・うん。」
「わかろうとしてくれてる。」
「うん。」
「キスしてくれる。」
「うん。今は無理だよ?」
「ちぇっ。」
史華がクスリと笑った。
「ほら、そんな笑顔見せてくれたらそれだけで俺もうれしくなる。だから何もないなんて言うなよ。」
「うん。」
「あの〜、そろそろいいかな?」
声のする方を見ると増田さんがぜんざいを持ってきてくれていた。史華が真っ赤になって距離をとる。
「遠慮せずに置いてくれればいいのに。」
「いやいや。こんな甘々な雰囲気に割り込めるほどの度胸はないから。はい、ぜんざいお待たせしました。」
温かそうに湯気が立ち上ったぜんざいを俺達の前に置いてくれた。
「はぁ〜、噂には聞いてたけとほんとに照れがないと言うか堂々としてるね。やっぱり正統派もいいね。」
「なんだよ正統派って。」
不思議に思い尋ねてみるが「いいから。」と濁された。
「史華ちゃん気をつけてね。体育祭以降、うちのクラスで纐纈くんの人気すごいから。私も史華ちゃんみたいに愛されたいって女子急増中よ。」
「えっ?だめだよ?」
史華があたふたしだした。
「ま、心配いらないんじゃない?周りが気にならないくらい史華ちゃんしか見えてないんだから。」
じゃあごゆっくりと仕事に戻っていく増田さんを尻目に史華はじっと俺を見る。
「だめだからね?」
「ん?」
「他の子見たらだめだからね?」
ちょっと拗ねたその表情に癒されながらあったかいぜんざいを食べた。
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