第75話 吉乃家の食卓
「ただいま〜。お母さん、ニュースニュース。」
玄関を開く音が家中に響き渡るんじゃないかというくらい激しく開けられて公佳が帰ってきました。
「もうちょっと静かに帰ってきたら?」
自室で宿題をやっていた私は興奮している公佳の様子を見に行きました。
「史華の言う通りよ。もう少しお淑やかにしてちょうだい。」
お母さんからもお小言を言われる羽目になる公佳。
「で、何をそんなに興奮してるの?」
エプロンて手を拭きながらお母さんは公佳に話を促した。しかし、公佳は私の方をチラチラ見ながらも歯切れが悪いです。
「席外した方がいい?」
あまりにも話しづらそうだったので席を外そうとすると、公佳が手で遮りました。
「あ〜、そう言う訳じゃないんだ。」
公佳はふぅと一息ついて気を落ち着かせてから話を始めました。
「さっきチームから発表されたんだけどね。今度のワールドユースの代表候補にカズくんが1年生で唯一選出されたの。」
「それはすごいじゃない。ユースってことは18才以下よね?その中で選ばれるなんてよほど期待されてるのね。今度家に招待してお祝いしましょうか。」
お母さんも選出されたすごさに素直によろこんでいました。
「葛城くんにおめでとうって伝えておいてね。宿題途中だから戻るね。」
素直によろこんであげられない私は自室に戻ることにしました。
スマホで検索してみるとワールドユース日本代表候補の選手の名前が載っていた。もちろん葛城くんの名前があります。
でも、私が好きな人の名前が載っていません。
付き合う前に行われた大会以降、大きい試合はなかったはずです。
あの大会で総士はベストイレブンにも選出されていた。同じベストイレブンの葛城くんは選出されたのになんで総士は選ばれなかったの?
スマホを握って総士のトーク画面を開く。
「なんて言葉掛ければいいんだろぅ。」
勝負の世界に身を置かない私の言葉なんて軽過ぎて総士には届かないんじゃないかな?
『トントン』
「史華?ちょっといい?」
返事も聞かずに公佳が部屋に入ってきました。
「ちょっと公佳。最近女らしさがなくなってきてるよ?ちゃんと返事待ってから開けなさいよ。」
部屋の入り口で公佳が固まってしまいました。本人にも自覚症状はあるみたいです。
「カズくんが何も言ってくれないのはそのせい?」
う〜ん?
「それは本人に直接聞いてみたら?それよりなんの用事?宿題やりたいから手短にお願いね。」
「その手のスマホは何よ。宿題なんてやってなかったでしょ?手につかなかったって言う方が正しいかな?」
さすがは双子。
と、いうよりも話の流れと私の態度で丸わかりなんでしょうね。
「うるさいなぁ、公佳が帰ってくるまではやってたんだからね。静かに帰ってきてくれてたら終わってたんだから。」
「じゃあさっさと終わらせなよ。話は後にするよ。」
公佳は扉を閉めて行ってしまいました。
「なによ。気になって勉強してる場合じゃないよ。」
ベッドに横になりスマホを眺める。
以前ネットで見つけた代表のユニフォームを着た総士の写真です。
「生で見たいな。」
これまでにも総士の出場した試合は見に行きましたがどれも練習試合。
まだ公式戦を観戦する機会がありません。
年末にはプロとも当たるかもしれない天皇杯があり、いまはそれに向けて調整しているみたいです。
「2人ともご飯よ〜!」
お母さんに呼ばれてキッチンに向かい配膳のお手伝いをしてから食事をいただきます。
「で、公佳。和真くんが選ばれだってことは総士くんも選ばれたの?」
お母さんは公佳の話をちゃんと聞いてなかったみたいです。
「カズくんが1年生で唯一選出されたって説明したよ?お母さんちゃんと聞いてなかったでしょ?」
公佳に指摘されたお母さんはバツが悪そうに顔を背けました。
「カズくんのポジションは人材不足ってこともあって1年生でも選出されやすいの。でも総くんのポジションは人材の宝庫でね。総くんと言えども経験の面で差をつけられちゃったみたいなの。」
そうは言われても、総士がいるのは勝負の世界。年齢や経験は言い訳にならない。
「あ、でもね総くん予備登録されてるから怪我とかで辞退する人がいれば追加招集されるよ。U-15のときも追加招集からレギュラー獲ってるから逆に縁起がいいかもよ?」
「完全にダメって訳じゃないのね?じゃあまだ希望はあるんだ。」
「そうだね。私から見る限りそんな落ち込んだ様子じゃなかったよ?それでも心配なら抱きしめてチュウでもしてあげたら?」
「なっ⁈なによ、自分が葛城くんにできないからって私に要求しないでよ。」
抱きしめてチュウなんて特別なことじゃないでしょ?でも、公佳が慰める方法って言うくらいだから普通しないの?
「ねぇ公佳。一つ聞くけどそれって特別なこと?普通じゃない?」
確認は必要よね?別に私の感覚が麻痺してるなんてことはないよね?
「あらま。史華も随分と大胆になったわね。お母さんも公佳同様で特別だと思うわよ。」
すっかり存在を忘れていたお母さんが突然話してきたのでビックリしてしまいました。
「あ、お母さんいたんだね。」
やっぱり双子。公佳もお母さんの存在を忘れてたみたいです。
「あっそう。もうお母さんのことはいいわ。とりあえず公佳、今度和真くん連れてきてよ。ゆっくりお話ししたいし。将来の話なんかもね。」
お母さんがいたずらっぽく言うと、公佳は俯いて「うん。」と小さな声で返事した。
「史華。違う日でもいいから総士くんも招待してね。それこそ史華との明確な将来のビジョンが聞けそうだし。ぶっちゃけそう言う話もしてるんでしょ?例えばプロになったら結婚しようとか。ノリとかで言いそうな子じゃないから真剣に考えてくれてそう。もちろん史華の意見も考慮してね。」
この手の話は確かに総士とすることもあるし、私も真剣に考えてる。
「うん。もう隠すつもりもないから言っちゃうけど、卒業したら一緒に暮らしたいって話はされたよ。総士は進学は全く考えてないから。」
お姉さんも言ってたように、総士も早く独立してお母さんと助けたいと言っています。
「でも、私は大学行きたいし将来的にはお父さんの仕事を手伝いたい。そうすると自然と遠距離になっちゃうんだよね。総士、海外志向が強くて今も英会話とイタリア語の勉強はすごく頑張ってるから。」
「悩んでるのか史華?」
「えっ?」
リビングの入り口にいつの間にかお父さんが立っていた。
「いつからいたの?」
さすがにお父さんに聞かれるのは恥ずかしい話題だったので思わず両手で顔を覆って俯いた。
「私の仕事を手伝いたいってところかな?ところで史華。いつの間に彼氏できたんだ?公佳はちゃんと教えてくれたのに。お父さんちょっとショックで反対しそうだぞ。」
「ショックで反対ってやめてね。反対されたら口聞かないからね。」
恥ずかしいので他人には言えませんが、お父さんはみんなが引くくらいに私達娘を溺愛しています。それはもう毎日お母さんに本気で怒られるくらいに。それでも最近は仕事が忙しいらしく出張で家を留守にすることが多くなりました。
「え〜、そんなことしたらお父さん仕事できなくなるぞ。」
悟られないように軽い調子で言っていますが、本当に焦っているのはバレバレです。
「とりあえずご飯用意するから着替えてきて。」
お母さんがリビングからお父さんを追い出すと、「お父さんがいると緊張するでしょうから、いないときに招待しましょう。」と娘2人に耳打ちしました。
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