第74話 綾音の秘事

「何がキミの弟だったよね?よ。何度も何度も会ってるくせに。」


ハンドルを握る彼に私は呆れたように話しかけた。


「仕方ないだろ。あと少しバレるわけにはいかないんだから。綾音も気をつけてくれよ。」

「はいはい。」

「わかってないやつの返事だな。」

「わかってるって。新婚早々に旦那がニートなんてあり得ないからね?っと下手したら結婚前にか。」

「逆に結婚が決まってるからいいとも考えられるけどな。」


映画館からの帰り道。

の運転する車のナビシートから夕焼けに染まる風景を楽しんでいた。


「ねぇ、誠さん。共演者の人達って会ったんだよね?なっちゃん役の女優さん、綺麗だったね。実物も綺麗だった?」


今日見てきた映画は彼が某サイトで連載している「あなたがいたから」という小説が原作となっている作品。


「やっぱり綺麗だったよ。秋穂役のコもかわいかったね。」

いくら相手が女優とは言え、もう少しオブラートに包んでくれてもいいんじゃない?と思う。


「まあ、僕には綾音が1番だけどね。」


チラリと私を見ながら左手を私の右手に重ねてくる。大人の余裕ってつもり?


「女優と比べられたくありません。」


彼の左手を軽く捻って不満と伝える。


「比べようがないんだけどなぁ。あ、痛いからやめてね?」


クスクスと笑いながら言われてもね?


「ところで倉重先生。古橋くん達の処遇はどうなりそうですか?」

「いきなりの生徒会モードだね。継続性がないし、本人達も反省し謝罪してるから1週間の停学になりそうだね。あと古橋は推薦の取り消しだな。まあ、あいつなら一般入試でも問題なさそうだけどね。」


体育祭で起こった事件は収束に向かっていた。総士自身があまり気にしてないということもあり、生徒会顧問の倉重先生、生徒指導の先生との話し合いで決まったみたいだ。


「そうなんだ、でも悔しいなぁ。総士に2度とこんな目に合わせないために生徒会に入ったのに。結局またあの子が犠牲になっちゃった。」


総士がうちの高校に入るように仕向けたのは私。その土壌作りをするために生徒会に入って環境作りをしてきたのに。


「綾音は頑張ってるだろ?それに総士くんだって守られてばかりじゃないだろ。」


誠さんは私を労るように頭を撫でてくれる。


「守られてたよ?大好きな彼女にね。普段はおとなしいくせに総士のことになると大胆になるのかも。」


香澄が何もできなかったのは仕方ないと思う。昔のことを思い出してたに違いない。でも史華ちゃんの行動は意外だった。私が飛び込むよりも先に人垣に飛び込んで行ったから。


「吉乃さんだっけ?僕が担当のクラスじゃないからよく知らないんだけどどんな子?総士くんベタ惚れなんだろ?」

「そうね。体育祭の時もみんなのいる中で膝枕してもらってたし。はじめは大人しそうな子って思ってたんだけど芯もしっかりしてるし、行動力もある。なにより総士が大好きって子かな?」


史華ちゃんの印象がいい意味で変わってきている。私としては次期生徒会を香澄と一緒に引き継いで欲しいと思ってるけど、バイト忙しそうだし総士が嫌がりそうだしな。


「綾音、晩ご飯はどうする?どこか食べに行こうか?」

考えごとをしている最中、不意に話しかけられたので思考が停止しちゃった。


「あ、ご飯?私作るからスーパー寄ってよ。誠さん家で食べよう。」

「了解。何作ってくれるの?」

「オムライス。昨日、総士のバイト先でトロトロの秘訣聞いてきたから今日試してみたいんだ。いい?」

「もちろん。」

「デザートも用意するね。」

「いいね。じゃあケーキ屋でも寄る?」

「ううん。私。」

「うん?」

「デザート。」

「あ、はい。」


♢♢♢♢♢


「誠さん、豚バラ取って。」


日曜の夕方のスーパーは家族連れで賑わってる。日曜セールなんてするところが多いのでスーパーはどこも戦場だ。

お父さんが亡くなってから、お母さんは土日も関係なく仕事をするようになった。

総士も毎日のように練習とバイトに明け暮れている。自然と纐纈家の家事は私がするようになった。

高校3年生と言えば受験勉強で忙しいと思われるだろうが、私に関して言えば当てはまらない。生徒会に所属していることもあり公立の推薦をもらうことができた。現状の成績なら試験も問題ないと太鼓判をもらった。難点は通学に時間がかかることくらい。まあ、それも許容範囲。

お母さんには短大に行くことを反対されたけど、縁あって学生結婚もできることになったから渋々納得してくれた。

本当はお母さんに恩返しがしたいから働くようになってからもしばらくは実家にいるつもりだったけど、いまは早く孫の顔を見せてあげたいかな。

きっと総士は高校卒業と共に家を出ることになる。

すでにいくつかのチームから話をもらってるみたいだから、大きな怪我でもしない限りは大丈夫だろう。あの子が努力を怠ることも有り得ないしね。


「あっ、ケチャップってまだあった?この前使ったときに少なかったような気がするんだけど。」

「ケチャップか?最近使った記憶がないから買っておこうか。あ、綾音ちょうどそこにある。」


陳列棚からケチャップを一つ取ってカゴに入れた。


「あとはコンソメスープ作りたいからっと、あれ?史華ちゃん?」


目の前には買い物を左腕にぶら下げた史華ちゃんが品定めをしていた。

名前を呼ばれたことに気付いき、こちらに振り向くとビックリしたような表情をした。


「お、お姉さん?」


「うん?こんにちは。どうしたのそんなビックリし・・・あ?」


史華ちゃんの視線は私に向いておらず、少し右側を見ていた。


「倉重先生ですよね?なんでお姉さんと腕組んで買い物してるんですか?」


そりゃビックリするよね。

よしよし、総士はちゃんと秘密にしてくれてたようね。


「ああ、1年の吉乃さんだね。こんにちは。」


隣の誠さんも少し動揺しているみたい。


「誠さん、史華ちゃんには話していい?家族同然だよ?」


♢♢♢♢♢


会計を済ませた私達はフードコートに移動した。


「誠さん。何か飲み物お願い。」


「ああ。吉乃さんは紅茶でいいかな?」


「あ、はい。」

誠さんに話しかけられた史華ちゃんは緊張してるみたい。


「そんなに緊張しないでよ。怖い先生じゃないよ。」


私が笑いながら話しかけると史華ちゃんが興奮したように身を乗り出してきた。


「あ、あの!お姉さん。これはどういうことですか?先生とお付き合いしてるんですか?」


ものすごく早口でしゃべる史華ちゃんが珍しくてついつい笑ってしまった。


「ふふふっ。そんなに興奮しないで。そうね、ちゃんと説明と紹介するから。」

「お待たせ。はい吉乃さんは紅茶ね、綾音はカフェオレで良かった?」

いいタイミングで誠さんが戻ってきてくれた。

「誠さんありがとう。」

お礼を言い、座ったタイミングで史華ちゃんに説明する。

「まずは総士には口止めしてあるから追求しないであげてね。」

「あ、わかりました。」

チラッと誠さんに視線を向ける。

誠さんも私を見ていた。

視線が絡まり思わず笑みが溢れる。


「お姉さん、説明いらないくらいなんですけど。」


史華ちゃんがなぜか苦笑いをしている。


「説明するわよ?」


いるよね説明。


「そんな仲睦まじいところ見せられたら疑いようがないですよ?お姉さんと先生はお付き合いしてるんですよね?」


「まあ50点ってとこね。それと仲睦まじいって史華ちゃん他人のこと言えないこと理解してね。あなた達も相当よ?」


「えっ?いや?そ、そんなことは・・・。」


赤い顔さはて俯いちゃってかわいいわね。


「はいはい説明続けるから。私と先生は付き合ってると言うか婚約してるの。私が卒業と同時に結婚するのよ。だから50点。」


俯いてた史華ちゃんの顔が跳ね上がり驚きのあまりかわいい顔が引きつっている。


「け、結婚?」


「うん結婚。うらやましいでしょ〜。史華ちゃんも早く纐纈家にいらっしゃい。私は家にいっちゃうけどね。」


「◎△$♪×¥●&%#?!」


史華ちゃんの顔が真っ赤に染め上がり口がパクパク。言葉になってないよ?



「じゃあ史華ちゃん、このことは内緒ね。」

「はい。先生、家まで送ってもらいありがとうございました。」

「ああ。じゃあまたね。」


史華ちゃんを送り届けて誠さんの家に向かう。


「誠さん、少し遅くなっちゃったね。」

「まあ、仕方ないね。」

「じゃあ、デザートから食べる?」


このことは親友の冴子にも秘密の話。

家族だけの秘密だからね、史華ちゃん。


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