第73話 お詫び
「んっ、あ、ふぅぅ。はぁはぁ総士ちょ、ちょっとだけ待って。」
総士から少し距離を空けて唇と唇の間に手を差し入れました。
まさに息つく暇もない状態なので多少無理な方法で息を整えた。
「ねぇ、ちょっとだけ休憩させて・・・って、ふぅん、あっ、んっ!」
「だめ、待ったなしの約束だし。時間もったいない。言い出したの史華なんだから約束は守れよ。」
「んっ〜!」
♢♢♢♢♢
「史華ちゃんお疲れ様、オオカミさんに気をつけてね。」
くわえタバコで電卓を叩きながらオーナーが見送ってくれました。昼間体育祭だったこともあり、いつもより身体に疲労感を感じます。
外に出ると総士が誰かと電話していました。
「あ、史華きたから切るわ。はっ?ああ、帰ってからでいいだろ?じゃあな。」
「電話もうよかったの?」
「姉貴だから。行こうか。」
総士が自転車を両手で押して先に歩きだしました。私は少し後ろをついていきます。
総士と2人でいて会話がなくやることはたまにあります。でも、その空間は自然で困るとか嫌な感覚を覚えたことはありませんでした。
昨日までは。
今日はこの無言に耐えられません。
原因はわかってます。
後ろめたいものがあるからです。
今日の体育祭の休憩時間。
私は恥ずかしさのあまりに総士を放置して逃げ出してしまいました。
その間、総士は1人グラウンドで私の帰りを待っていてくれてました。
それに加えて終了後の事件。
いくら総士が優しくても機嫌を損ねるだけの原因がありすぎます。
そして、私を1番不安にさせているのは繋がっていない私の右手。
付き合ってからバイトの帰りはいつも総士が手を繋いでくれています。
でも今日は両手で自転車を押しています。
自然と私達にも距離ができてしまっていて、総士の温もりを感じることができません。
居心地の悪さを感じながらの家路は、いつもよりも長く感じています。
前を歩く総士をチラッと見ると自転車を押す左手に違和感を感じます。
『まさか?』
私は勇気を出して総士の左腕に抱きつき、そっと手を重ねます。
「総士の左手は私の右手と繋ぐためにあるって言ってくれたよね?」
「あ〜、悪い。不安にさせたか?ちょっと手首痛めてる。」
総士は自転車を止めて私の頭をポンポンとしてくれた。
私はそれに応えるように総士の首に両腕を回して抱きつく。こうすると総士の身体が私を包み込んでくれる。
「私のこと嫌いになってない?」
涙声ならないように必死に堪える。
総士は私の腰に両手を回して抱き寄せてくれる。
ここは私が1番落ち着ける場所。
「あり得ないだろ?史華が恥ずかしがり屋なのは今に始まったことじゃないし。」
言外に些細なことと言われた気がしました。
「じゃあ私と一緒で大好き?」
少し落ち着いてきたので、からかうように問いかけてみました。
「う〜ん。違うな。」
「えっ?な、んで?」
腕から力が抜け膝から倒れそうになるが総士が抱き寄せてくれているのでそれを阻まれます。
「愛してる。」
やられた。
総士はそういう人だった。
身体中が熱を帯び始めて顔から湯気が出そうな感覚がしてきます。
「な、違うだろ?」
倒れかけている私を引き寄せて唇を重ねる。
角度を変えながらキスをしていると、隙間から舌が侵入してきます。
舌を絡め合うと甘い吐息が溢れ出してきてしまうけど、今は気にせずに総士に身を委ねることにします。
体感的に10分くらいは経ったあたりで総士の胸を叩く。
『休憩』の合図。
「はぁはぁ、総士。今日はお父さんがいるからあまり遅くなると怒られちゃうよ。」
私の方が身長が30cm程低いので、総士を見るときは自然と上目遣いになってしまいます。
私を見つめ返す総士がハッとした表情になりました。
「やばっ!俺スーツに着替えなきゃ!」
「ってなんでスーツなのよ!挨拶してくれるにしても普通の格好でお願いします。」
冗談2割、本気8割。
総士が私との将来を真剣に考えてくれていることがわかります。
それはすごく嬉しいし、私も考えています。
けどね?
たまに暴走しそうになるのはちょっと困ります。
いつだったか、お母さんが私達に彼氏を家に連れてきなさいと言われて総士なら断ることはないと思った私は2つ返事で答えたけど、公佳はう〜ん?と明言は避けました。
「葛城くんは家にくるの乗り気じゃないの?」いつも総士の相手しているから感覚が麻痺してるのかな?総士はもちろん2つ返事で了承すると思います。
「カズくんは正直微妙かな?お父さんに会うって難関みたいなこと言ってたよ。総くんは・・・問題なさそうだよね。」
「うん。だからと言って軽いノリってわけでもないけどね。いい関係を築きたいって考えてくれてるよ。」
でも私達の年だと葛藤くんの考えが主流派なんじゃないかな?もちろん総士の気持ちはうれしいし、お父さんにも認めて欲しいです。
「史華?そろそろ行こうか。」
「あ、うん。ごめんね。考え事してたみたい。」
総士の左腕に抱きついて歩き始めた。
「ねぇ、総士。」
「ん?」
「総士は気にしてないって言ってくれてるけどね。やっぱり私は今日のこと申し訳なく思ってるの。だからね、何かお詫びさせて欲しいの。」
「いや、いらねぇよ。本当に変に気を使うなよ。」
やっぱり素直に聞いてくれないよね。
「でも私がされたら嫌だなってことをしちゃったんだから、できれば許して欲しいって思ってるの。」
「だから怒ってないんだから許すも許さないもないんだって。それにお詫びってなんだよ?」
「何かして欲しいこととか、欲しいものとかない?私にできることならなんでもするよ?」
と言ったところで失言に気がつきました。
なんでもするよ。
できる範囲でね。総士は無理強いしないから変なことは言ってこないはずだしね。
「何でもね。そこで普通ならエッチなお願いはなしねってなりそうだけど、それはないんだ。」
「ううぅ。もう言っちゃったもん。」
「そ。でもさ、逆に言うとお詫びとか特別なことがなければだめなことって訳だよな?それもどうなんだろうな?」
「・・・ごめん。そう取られても仕方ない言い方だね。」
そういう解釈されても仕方ないね。
余計なこと言わなきゃ良かった。
思わず涙を零してしまいました。
「あ、悪い。言い方悪かった。史華に悪気がないのはわかってるから。だからと言ってお詫びしてもらう必要もないから。」
泣くのはズルいやり方。
こんなのは女の武器でも何でもない。
それでも意見が平行線の今、妥協点を探らなきゃいけない。
考えがまとまらないまま総士を見つめていました。
それにら気づいたらしく、頭をぽりぽり。
「じゃあ、今から20分。史華はおれのすることに対して待ったもだめも言わないことって言うのはどうだ?」
「う、うん。20分くらいなら。でも外だよ?」
「外だからできることは限られてくるから史華も安心だろ?」
「そんな心配はしてないよ。」
「じゃあスタート。」
総士の合図と共に抱き寄せられる。
頭を撫でられ、頬や首にキスをされる。
キスマークも今日は仕方ない。
「あっ、んっ、はぁはぁ。」
激しいほどにキスされるので息つく暇もありません。
私が総士を放置してしまった20分。
その時間を取り戻すかのように総士は私の唇を求め続けました。
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