第70話 彼女と幼馴染

古橋会長以下、紅組の主要メンバーに囲まれた私とそうちゃん。これから弾劾裁判が行われるらしい。

バトンリレーでそうちゃんの手を握ってしまった私。

慌ててバトンを手渡すが白組アンカーはすでにリードを広げていた。

バトンを受け取ったそうちゃんは全力疾走。みるみるうちに差を詰めていくと期待感からか大歓声が湧き上がった。


しかしながら相手は陸上部のホープ。


そうちゃんは半身間に合わずにリレーは白組の勝利に終わる。

結果、総合点でも白組に逆転されてしまい今に至ります。


「あ、あの。私がバトンリレーに失敗してしまいすみませんでした。せっかく先輩達がリードを作ってくれてたのに。」


「いや、聖川さんは悪くない。悪いのは聖川さんの手を握りしめていた纐纈、お前だ!」


古橋会長がそうちゃんを指差して責め立てる。


「あ、そうっすか。」


アホらしいと言わんばかりに取り合うつもりもないそうちゃんは見向きもしない。

誰がどう見ても私がそうちゃんの手を握ったことは明白。


「そうだぞ纐纈!彼女いるくせに聖川さんの手を握るとはどういうつもりだ!」

「調子に乗るなよ纐纈。香澄ちゃんがいつまでもお前のことを好きだと思うなよ!」

「お前がしっかり走ってれば勝てたんだ。責任とってみんなに土下座してこいよ!」


ひどい言いがかり。

そうちゃんはただの被害者だ。

悪いのは私。


「なあ香澄。」


突然そうちゃんに話しかけられた。


「は、はい。」


「こいつらお前に告ってきたか?」


「えっ?」


告ってきたか?

取り囲んでいる人達を見渡してみると、そうちゃんの指摘通り私に告白してきてくれた人達。


「う、うん。そうみたい。」


そうちゃんの表情がなくなり感情が見えなくなる。


。」


その声色に身体が震えた。

。その後に続く言葉は容易に想像できた。

周りの人達もそうちゃんの変化に気づいたようで緊張の面持ちに変わっていた。


2度とそうちゃんにさせてはいけない表情。

中学の頃に何度も後悔したあの光景。


そうちゃんに声を掛けなければいけない。

わかっているのに身体は動かない。

声すら出せない。

ただこの光景を傍観するしか今のわたしにはできない。


『そんなのだめ!また後悔しちゃう。今度こそ取り返しが効かないことになっちゃう!』


私のせいでそうちゃんがみんなから責められている。


みんなも初めは冗談のつもりで始めたことだと思う。でもここまでエスカレートしてしまい引くに引けない状況になってしまったみたいだ。


「あ、あの」


勇気を振り絞って声を出したけど、消え入りそうなほどの声しか出ない。


「すみません、通してください!」


人垣から声が聞こえてくる。

その声と共に人垣が崩れていき、その間から史華ちゃんが現れた。


「総士?」


史華ちゃんは迷うことなくそうちゃんのもとに走り寄った。


「大丈夫?」


人目もはばからずに両手を握り締めて悲しそうに見つめてる。


「なんで泣きそうな顔してるんだよ。」

「だって、総士がな顔してるから、私だって辛いんだよ?」


そうちゃんの顔が悲しそう?

私には怒ってるようにしか見えなかった。

でもそうちゃんの様子から史華ちゃんが間違ってなかったことがわかる。


私にはわからなかった。

きっと綾姉にもわからない。

史華ちゃんだけがそうちゃんを理解している。


私はそうちゃんの幼馴染。

付き合いだけなら出会ってから数ヶ月の史華ちゃんよりも遥かに長い。

史華ちゃんは彼女。

私なんかよりも深く接している。


私が選ばれずに史華ちゃんが選ばれた理由がわかった。努力してどうにかできる問題じゃなかったんだ。


「史華、帰ろうぜ。」

そうちゃんは史華ちゃんの手を取り、私達を一瞥もせずに立ち去って行った。


「古橋くん、香澄。何があったか説明して。」


しばらくすると綾姉がやってきて、私達は本部に連れて行かれことの次第を説明させられた。


話を聞くうちに綾姉の表情はどんどん険しくなっていきしまいには「もう聞きたくない」と話を断ち切られた。


「みんな片付けしましょう。」


綾姉は生徒会と実行委員には片付けを促し、


「香澄。帰りにもう一度説明しなさい。」


私には詳しい説明を求めた。


♢♢♢♢♢


「わかった。とりあえずあんたは考え過ぎないこと。今回のことは全面的に古橋くん達が悪い。」


綾姉は嘆息しながら呟いた。


「綾姉。やっぱり私じゃなかったよ。」


綾姉の腕にしがみつくと目からは涙が流れてきた。


「私はそうちゃんの足枷にしかならない。史華ちゃんはそうちゃんの気持ちを理解し、寄り添ってた。私はそうちゃんの彼女になんて選ばれないんだよ。」


綾姉は私の訴えをじっと聞いてくれている。

その表情はいつも通り優しい。

左手で私を抱きしめ、右手で頭を撫でてくれる。


「史華ちゃんはすごいね。香澄には悪いんだけど私も総士には史華ちゃんしかいないと思ってる。でもね、あんたの想いはあんたのものだよ?総士にも史華ちゃんにも遠慮する必要はないよ。総士だって嫌がってないでしょ?だから香澄のやりたいようにやりなよ。諦めるのも諦めないのも香澄次第。」


「綾姉?これだけ差を見せつけられたのに?私、そうちゃんに迷惑しかかけてないよ?」


「バカね。あんたは悪いことしてないでしょ。総士だってそんなことわかってるし怒ってないわよ。それくらいは姉でもわかるよ?どうするか決めるのはあんただけど後悔だけはしないこと。そして、私はいつまでも香澄のお姉ちゃんだからね。」


両手でしっかりと私を抱きしめてくれる綾姉の身体は、とても温かくて安心できた。

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