第71話 (閑話①) 平川雅

am5:00


まだ外は薄暗い。


『ピピッ、ピピッ』


スマホの画面をスライドしてアラームを止める。


「ん〜、もう少し寝たいかも。」


朝は明るくなければ起きれない!ということで2度寝をしよう。


『ドンドン!』

「姉貴起きろよ!アラーム鳴っただろ。」


朝からうるさいのは弟の忍、中学2年生。


「ん〜、いま着替えてるから開けないでよ〜。」


「そんな嘘通用するわけないだろ!また親父に怒られるから早くしろよ!」


ヒステリックな男はモテないぞ?と心の中で言いながらベッドから起き上がる。


「よし!5分で支度するから先に道場行ってて。」


パジャマを脱ぎ捨ててジャージに着替え、長くなった髪の毛を素早くポニーテールにする。


「おはようございます。」


一礼し道場に入る。


すでに父と忍が正座で待っている。


「おはよう雅、遅いぞ。なにごとも前もって行動できるように心がけろ。」


平川道場師範の父は普段はSPの仕事をしている。香澄ちゃんのお父さんの先輩にあたる。


「よし、正面に礼!」

「「よろしくお願いします。」」


私達、姉弟の朝は道場の掃除から始まる。

小さい頃からの習慣。


門下生にやってもらうのではなく、掃除は私達3人でやるのが父の教え。


祖父の代から続く空手道場。


門下生は現在60人ほど。


幼稚園からおじいちゃんまで幅広い年齢の人達が通ってくれている。


私は4月から師範代として門下生の指導をさせてもらっている。


物心つく前から始めた空手は小学5年生の時に初めて全国優勝した。


当時は男の子みたいな格好でよく纐纈くんと香澄ちゃんの3人で遊んでいた。


「せい!」


忍の正拳突きを左手で払い除けて右肘を首元へ突きつける。


「そこまで!」


「参りました。チクショー、なんで冷静に払い除けてかあんなに早く対応できるんだよ。」


私の武器は動体視力と瞬発力。

なのでカウンター主体の立ち回りになることが多い。


「忍の場合はワンパターンだからよ。もう少し頭使いなさいよ。」

「るせい!」


朝の稽古の後にシャワーで汗を流し、長い髪の毛を乾かす。

小学6年生まではショートで男の子に間違えられることもあった。私が髪を伸ばし始めたきっかけ。


『ごめん。そんな風に見たことないわ。』


純粋な乙女心をバッサリと切り捨てた幼馴染。


彼との出会いは幼稚園の年少もも組。


彼は家が近所ということもあり送迎バスが一緒だった。


「みやびちゃんって言うのね。うちのこはそうしって言うの、仲良くしてね。」


入園式の後のバスの説明のときに初めて会った纐纈くんは今じゃ想像できないくらいかわいらしかった。


「よろしくね!」


差し出された手を握るとにゅるっとした感覚があった。

手を開いてみると小さなカエルを握らされていた。


「ひゃ〜!」


「ん?かわいいでしょ?おともだちになったきねんにあげるよ。」


言ってることはかわいいんだけどね?

女の子にカエルってどうなのよ?

このことがトラウマになってカエル食べれないじゃない!触るのは大丈夫だよ?


幼稚園に入るまでは弟と遊んでただけの小さな世界の住人だったのに、初めてできた友達が無邪気な纐纈少年なんて。

ちなみに香澄ちゃんは保育園だったので小学生からの付き合いですよ?


はじめは纐纈くんのこと苦手だったんだよね。

お絵かきする時は私の紙にまで書いてくるし。かくれんぼする時は私を1番に見つけるし。


でも、纐纈くんはこの頃から優しかった。


鬼ごっこで私が転んで泣いたときは、

「だいじょうぶ。すぐいたくなくなるよ。」

って声かけてくれたり。


見た目が男の子みたいだった私がいじめられてると、

「いじめるやつはかっこわるいな!」

っていじめっ子をやっつけたりしてくれてた。


多分、本人は覚えてないかな?


ちなみにこの頃の呼び方は

「そうしくん」と「みやちゃん」


小学生になるとクラスが離れてしまい、少しずつ話す機会がなくなっていった。


代わりに仲良くなったのが香澄ちゃん。


1年生で同じクラス。


「ひじりかわ」「ひらかわ」なので席も前後。


家も近いってこともありすぐに意気投合した。


この頃の香澄ちゃんはまだポンコツ化する前の美少女、聖川香澄だった。


香澄ちゃんはうちの道場の雰囲気が好きだと言ってよく遊びに来ていた。

私の練習風景を見てにこにこしている香澄ちゃんはまさに天使だと思った。

うちの門下生もどれだけ骨抜きにされたことか。

小学6年生の時、纐纈くんと同じクラスになれた。

久しぶりに話した纐纈くんは私のことを「平川」と呼んだ。

恥ずかしい気持ちもあったんだろうけど、ちょっと寂しかった。


一緒のクラスになったことで、纐纈くんとはまた距離が縮まった。


学校ではよく話し、一緒に遊んだ。

見た目はまだ男の子みたいだったしね。


でも、一つ気づいてしまったことがある。


「私やっぱりそうしくんが好き。」


小学生の纐纈くんも変わらず優しかった。


恋心に気づいた私は変わった。


「女の子になろう。」


もとい、


「女らしくなろう!」


どうすればいいかは簡単だった。


身近にいいお手本がいる。


私は髪の毛を伸ばし出した。


スカートを履くようになった。


言葉使いを直した。


香澄ちゃんの真似をし出した。


でも真似だけじゃだめ。


なんたってオリジナルは香澄ちゃんなんだから。


香澄ちゃんもこの頃から纐纈くんへの想いを隠さなくなってきており、同時にポンコツ化が始まってきていた。


本気になった香澄ちゃんには敵わない。


私は意を決して纐纈くんに告白した。


「纐纈くん。好き・・・です。付き合ってくれないかな?」


一世一代の私の告白に対する纐纈くんの答えは、


「付き合うってどうするの?」


小学生なんだから、まあ当たり前の疑問なのかな?


「えっと、一緒に帰ったり?」

「してるな。」


「一緒に遊びに行ったり?」

「してるな。」


「一緒に宿題したり?」

「してるな。」


「え〜っ?」

「今まで通りってことだよな?うん、わかった。じゃあな。」


「えっ?ちょっと纐纈くん?」

その場からさっさといなくなってしまった。


「それを2人っきりでするんだよ。そして中学生になったらキスしたり、高校生になったら・・・って話なんだよ?なんでいなくなるのよバカ!」


♢♢♢♢♢


ある放課後。


史華と2人で香澄ちゃんを待っているところに纐纈くんがやってきた。


「おう。帰らないのか?」

「おう。香澄ちゃん待ちよ。」


「なんで総士の真似してるのよ。」

史華に苦笑いされてしまった。


「恒例の告白待ちよ。15分経ったからそろそろかな?」

「またか、あいつも忙しいな。平川はないのか?」

「ん?告白?」

「告白。」

「う〜ん?」

私が言い淀んでいると纐纈くんの天然爆弾が投下された。


「そう言えば昔、お前に告白されたことあったな。」


「「えっ?」」


史華と声が重なった。


「あんた!墓場まで持っていきなさいよ!」


私は今も恋する乙女です。




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