第69話 紅白対抗 体育祭後編

「うふふ、香澄ちゃん。今日こそ白黒つけさせてもらうよ?」

「いやいや、みやびちゃん。私1回も勝てたことないんだけど。」


「女子50m走を行います。」


1番避けたいと思っていたみやびちゃんと一緒に走るなんてツイてない。

小学生のころから短距離でみやびちゃんに勝てたことはない。

人並外れた瞬発力を誇るみやびちゃんは10mまでなら日本記録を更新できるんじゃないかと密かに思ってる。

私達のマンションの向かえにある平川道場の一人娘。中学時代はジュニアチャンピオンになって世界大会にも出場している。

あの頃はショートだった髪型も中学の途中から伸ばし始めた。

なんでも女子力アップを図ったとのこと。

美少女アスリートとしてテレビにも出演したこともある有名人だが、空手なんて野蛮なイメージだからと言って高校に入ってからはみやびちゃんが空手をやっていることは秘密にするように脅されている。

結果、黒髪ロングの美少女は高校では大人しいイメージを植え付けることに成功している。


「位置について、よーい。」


『パン!』


ロケットスタートを決めたみやびちゃんを少し遅れた私はスピードを上げながら追いかける。


「あと少し!」


みやびちゃんの背中を捕らえたと思った時にはすでにみやびちゃんの胸がゴールテープを切っていた。


「あ〜!100m走なら抜けてたのに〜!」

「残念でした。私が香澄ちゃんに勝てるのは50mまでだからね。」


みやびちゃんが得意げな顔で1位の旗を掲げてた。


「びっくりした。雅こんなに早かったんだね。」

真実を知らない史華ちゃんが驚いている。

だってみやびちゃん、体育でも力セーブしてるもん。


「ん?たまたまだよ史華。香澄ちゃんよりスタートが良かっただけだから。」


まだシラを切るの!

う〜!史華ちゃんにバラしたい!

けど私の命が危ない。


「ねぇ雅って部活入ってないよね?バイトしてるわけでもないし。総士みたいにクラブチームとかでスポーツやってたりするの?」


史華ちゃんの指摘に一瞬、みやびちゃんの目が泳いだ。

そう、史華ちゃんの指摘通りやってるよ。

平川道場で師範代を。


「ん?特にやってないよ。健康のために少し走ってるてるくらいだよ。」


みやびちゃんは当たり障りのない答えをした。史華ちゃんはあまり納得してないみたいだ。


「まあ、今日のところは仲間外れでいいよ。そのうち話してくれるの待ってるね。」


ため息混じりの史華ちゃんに悪いと思いながらも私は仕事のため本部に戻った。


「お呼び出しをいたします。借り物競走に参加される方は入場門までお集まりください。」


確か借り物競走にはそうちゃんがでるはず。

生徒会のお楽しみもそうちゃんなら問題ないか。


♢♢♢♢♢


「げっ、平川も出るのか?」

「げって何よ?男女別なんだから纐纈くんには影響ないでしょ?」

「まあ、そうなんだけど。トラウマがな?あるじゃないか?平川に蹂躙された日々を。」


こいつを見た目通りのお嬢さんと思ったら痛い目を見る。


「チームが違うだろチームが。」

「史華は同じだけどね。無事に返して欲しければ手抜きしなさい。」


「そんなので勝ってもうれしくないくせに。」


これまでの付き合いである程度はこいつの性格も把握している。

自分は手抜きするのに他人にされると嫌ってわがままだろ。


「まあ、頑張ってくるわ。」


借り物競走なんて手抜きの代表格だろう。


「よーい。」

「パン!」


スタートダッシュで借り物の書かれたメモを取り中を見る。


『好きな人。』


いや、定番だけどさ。


うん。まあいいか。


俺は白組応援席にいる史華の元に急いだ。


「史華!一緒にきてくれ。」


状況が理解できていない史華にメモを見せると「あっ。」と声をもらして赤くなった顔で俯いてしまった。


「史華、急いでくれ。」


俺はそんな史華をお構いなしでお姫様抱っこし、ゴールに向かった。

かなり時間が経ってしまったはずなのに、1位でゴールした。


「総士、おろして。」


不思議に思い周りを確認していると抱っこしたままの史華が恥ずかしそうに訴えかけてきた。


「お、悪い悪い。」


そっと史華を立たせて頭を撫でた。


「サンキュー。」


「うん。どういたしまして。」


そのまま席に戻ろうとした史華を捕まえて、


「次、平川みたいだから最前列で見ようぜ。」と提案した。


事前に姉貴に聞いてた情報によると、借り物競走の借り物は今回、全てのメモに同じ言葉が書かれているらしい。


そのことを史華にこっそり教える。


「雅は誰に声かけるんだろう?雅の好きな人っているの?」


「さあ?聞いたことないな。香澄なら知ってるんじゃないか?」


平川の好きな人ね。


小学生の頃なら知ってるけどな。


「パン!」


そんなことを考えてたら平川がスタートしていた。

1番にメモを拾い確認をする。


「あ、固まったな。」

「うん。」


しかし固まっていたのは数秒。

ダッシュで本部へ行き香澄を引っ張ってきた。


「うわっ、ずりぃ。」

「確かに拍子抜けだね。」


面白味に欠ける行動だったので史華と苦笑いしてしまった。



お昼はグラウンドで史華と約束をしていた。


「お〜!今日の弁当もうまそう。じゃあ、いただきます。」


史華の口角が上がり、少し遅れて「いただきます。」といい2人で弁当を食べた。


途中で姉貴、香澄、平川が冷やかしに来て弁当をつまみ食いしては絶賛して帰っていった。


「あ〜、弁当食べたら眠くなってきたな。」


おれはお姉さん座りしていた史華の太腿に頭を乗せて寝転がった。

史華も自然に受け入れて、俺の頭を撫で始めた。


「あ〜!そうちゃん、史華ちゃんイチャイチャし過ぎ!」

グラウンド中に響く香澄の声。

それもそのはず香澄はマイクを使って抗議していた。


「んだよ?」


周りの視線が集まり俺は苛立ちを覚えた。史華はびっくりして飛び退き、俺の頭は地面にごつんと落ちた。


「イテッ。」

「あ、ごめん総士。」


頭を摩りながら座り直して史華と向き合っていると、バッと顔を背けてしまった。


「ちょ、ちょっと飲み物買ってくるね。」


周りの視線に耐えられなくなった史華はぎこちない動きでその場を立ち去った。


「はぁ〜。」


俺は苛立ちを覚え、ため息をついた。

本部の方を見ると香澄が姉貴に何か言われている。たぶんさっきの発言を注意されたのだろう。


結局、史華が戻ってきたのは時間ギリギリになってからだった。俺はその間、1人で待ちぼうけを食らってたので恨めがましい表情で史華を見た。


「・・・ごめん。」


史華も悪いと思っているようだが、あの視線に耐えれなく戻ってくる勇気はなかったようだ。


「まあ、仕方ないか。」


心にもやもやしたものを抱えながらも俺も席に戻ることにした。


♢♢♢♢♢


「香澄、あんたマイクを私物化し過ぎ!もうちょっと気を付けなさい。ほら、史華ちゃん逃げちゃったじゃない。」


史華ちゃんの膝枕を指摘してしまった。

マイクを使って。

隣にいた綾姉に即座に怒られた。


「はい、気をつけます。」


1人残されたそうちゃんがこちらを見ている。

怒らせちゃったのかも。

しばらく様子を伺っていたけど史華ちゃんが戻ってくる様子はない。

史華ちゃんが戻ってきたのは休憩時間が終わる間際で、なんとなく雰囲気はよくなさそうだった。


午後の競技が始まってからも罪悪感から逃れることができずに淡々と司会進行をしていった。


最終競技の紅白対抗リレー。

私もそうちゃんも出場するので入場門で顔を合わせた。


「そうちゃん、さっきはごめんね。」

「ああ。」


そうちゃんは前を見たまま、素っ気なく返事をした。

重苦しい空気を払拭したかった私はとにかく何かを話さなきゃと思った。


現在の紅組のポイントが85、白組が80。

リレーで勝った方に10ポイントが加算されるので負けるわけにはいかない。


「そうちゃん、頑張ってバトン繋ぐからね。」

なんとか捻り出した答えがこんな言葉だった。

そうちゃんはスタート位置に向かう途中で右手をひらひらさせて答えてくれた。


「最終競技、後半対抗リレーを行います。」


綾姉のアナウンスと共に競技がスタートした。

3年生女子、男子と上の学年からバトンが繋がっていくのはうちの学校の伝統らしい。普通は3年生がアンカーやりそうなのにね。


2年男子の時点で白組が僅かにリード。


「聖川さん!」

「はい!」


私へのバトンリレーがうまくいき、私は前に出ることが出来た。


『このままそうちゃんにバトンを繋ぐだけ!』


目の前にいるそうちゃんの姿がだんだん大きくなってくる。


「香澄!」


そうちゃんが左手を私に伸ばして待っている。

私はバトンを左手でしっかりと握り、そうちゃんに右手を差し出して掴んだ。


『ぎゅー。』


「あ、あれ?」


助走をつけていたそうちゃんは緊急停止。


白組に抜かれてしまった。


私はそうちゃんの手を握っている。

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