第62話 デートを楽しもう!
時刻は午前8時。
水族館も遊園地も開場前なので近くの公園を散歩中。
不安そうだった史華もいつもの落ち着きを取り戻したようで、笑顔を俺に見せてくれている。
「潮の香りがするね。」
髪をかきあげる姿に見惚れてしまう。
史華の所作は同じ年代の女性と比べてるとひと際美しい。
今回、電車にまで乗ってデートに来たわけなんだけど俺は史華と一緒ならば近所の児童公園なんかでも満足する自信がある。
俺の視線に気づいた史華が首を傾げる。
「どうしたの?」
「見惚れてた。」
と素直に言うと顔を赤らめて、
「ありがとう。」
と呟いた。
「やばいな〜。いつも以上にかわいいからすぐに抱きしめたくなっちゃう。自制できなくなっても許してな。」
史華はいつもかわいい。
でも今日のかわいさは半端ない。
きっと史華も楽しみにしてくれてたからだろう。
「なるべく人前では自制してね。タガが外れそうになったら止めてあげるからね。」
「へぇ〜。参考までに聞かせて欲しいんだけど、どうやるの?」
俺の問いかけに史華は正面から優しく抱きしめてきた。
「こんな感じかな。逆に私が抱きしめるから総士は大人しくしててね。」
たしかにこんな優しく抱きしめられてしまうと、このままでいたいと思ってしまう。
「毒を以て毒を制するってやつだな。参りました。」
恭しく一礼すると、史華はニッコリと笑い俺の腕に抱きついてきた。
「私だっていつまでもやられっぱなしじゃないからね。そろそろイニシアティブを取らせていただきます。」
上目遣いで宣言してきた史華には敵わないと素直に思った。
「俺も尻に敷かれないように気をつけないな。カズマみたいになりそうだな。」
もちろん、カズマから何かを聞いている訳ではないけど、公佳との関係性を考えると容易に想像できる。現に史華も納得したようで手を口に当てながらクスクスと笑っている。
「そうだね。公佳の方がイニシアティブ取ってそう。姉の私も負けてられないよ。」
「怖い怖い。まあ、どっちがイニシアティブ取ってようが幸せならそれでいいかな?」
いたずらっぽく俺の顔を覗き込んでた史華の顎をクイッとあげてキスをする。
「ふぅん。」
甘い吐息と共に紅潮する史華。
やがて唇を解放し距離を取るとジト目で睨んできた。
「まだまだ俺がイニシアティブ取ってるみたいだな。」
史華はフンっとそっぽを向いくと俺を引っ張って歩き始めた。
♢♢♢♢♢
水族館の開場時間になり俺達も入場待ちの列に並んだ。この水族館はコウテイペンギンやシャチなど国内でも珍しい生き物が見れると言うこともあり、お子様から老人まで幅広い客層に支持されている。
「総士、メインはやっぱりシャチのショーかな?この時間に合わせて館内を見てくのが良さそうだね。」
普段、大人びた雰囲気を醸し出している史華が好奇心いっぱいできらきらしている。こんな一面が見れるなんてデートさまさまだな。
開場時間になりゲートを抜けるとよちよち歩きのペンギンの群れがお出迎えしてくれた。
「そ、総士、ペンギンさんだよペンギンさん。どうしよ〜かわいいよ、ウチに連れて帰りたい〜。」
俺の服の裾をクイクイ引っ張りながら興奮する史華がペンギンの群れに吸い込まれそうに歩き出していく。
「こらこら史華。ちょっと落ち着こうか。しょっぱなから興奮し過ぎだぞ。最後までもつか?」
苦笑ぎみに史華を止めるが、興奮冷めやらぬ状態でスマホを取り出し激写し出した。
「総士総士。ペンギンさんバックに写真撮ろう。あ、係員さ〜ん、すみません写真撮ってください。」
俺が一緒にいるのは史華だろうか?実は香澄が史華の着ぐるみでも着ているのかと間違うくらいだ。
「は〜い。じゃあ撮りますね。あ、彼氏さん表情固いですよ。彼女さん見習ってくださいね〜。じゃあ撮りますね。」
満面の笑みで俺に身をくっつけてる史華と、勢いに飲み込まれて若干引き気味の俺とでは表情の差が出るのは仕方ないでしょ。
「ありがとうございました。総士見て見て。ペンギンさんと一緒に写ってるよ〜。あ、公佳に送っちゃえ。」
「お、おう。」
こりゃすげえな。今ならいたずらしても気づかないんじゃないか?
それからも史華の興奮はとどまることを知らず、行く先々で「うわ〜、うわ〜。」と感嘆の声をあげていた。
「史華、魚好きだったんだな。」
「うん。魚もそうだけど水が光に反射して映し出す光景って幻想的だなって。しかも総士と一緒に見れてるんだもん。興奮するなって言われても無理な話だよ。」
そんなことを言われると抱きしめたくなってしまう。
『今の史華じゃあ、さっきの方法で俺を止めることはできないだろうな。というか今止めるべきなのは俺よりも史華なんじゃないか?』
実際には史華を止めるつもりは更々ないんだけどな。
時計を見ると11時半になっていた。
「史華。13時からのシャチのショー見るんだろ?早めに昼食にして場所取りしないか。史華の手作り弁当早く食べたいし。」
水槽を覗き込んでた史華がクルッと向きを変えて緊張の面持ちを見せた。
「うん、そうだね。ゆっくり食べて欲しいから早目に食べよう。」
広いスペースに並べ慣れたテーブル席はすでに半分以上が埋まっていた。
「まだ空いててよかったね。総士バックありがとうね。貸して。」
史華にバックを渡すと中からお重が出てきた。テーブルにクロスを敷きその上にお弁当を広げてくれた。
「おお〜!めちゃくちゃうまそう!これだけ作るの大変だったろ?ありがとうな。」
2段に分かれたお重にはおにぎりとおかずが所狭しと並べられ、お世辞抜きで食欲をそそられた。
「とりあえず見た目は合格点もらえたのかな?問題は味だから。」
そう言うと史華は取り皿にオカズを数点取り分けてくれた。
「じゃあ、いただきます。」
「いただきます。」
俺は真っ先に筑前煮に箸を伸ばし口に放り込んだ。
「んま!史華、やばいやばい。めっちゃ美味しいんだけど!しっかり味が染み込んでるのに煮崩れしてないし。」
「ホント?今回煮物はかなり練習したんだ。先週の晩ご飯には毎食、私が作った煮物が並んでたんだよ。」
「そうなのか?いいな〜。俺も史華のご飯毎日食べたいわ。」
そのまま食べ続けていると史華の箸が止まっているのに気づいた。
「史華?どうした?食べないと俺が全部食べちゃうぞ?」
史華は俺をジト目で見つめ、「もう。自分が何言ったかわかってないでしょ?毎日食べたいってプロポーズみたいじゃない。」と睨んできた。
「何を今更。正式なプロポーズは経済力つくまで待っててくれな。」
「・・・もう。」
小さな身体をさらに縮めた史華は箸を取り、食事を再開した。
「ふ〜んだ。いつか総士の胃袋も掴むんだからね!」
「いや、もうガッチリ捕まれてるぞ。」
「ふぇ?」
「ちなみに心もな。」
史華の箸がお皿の上に落ち、身体からは煙が立ち上っていた。
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