第45話 主役は遅れてやってくる

「総士、お疲れ様。」


「オーナー、お先に失礼します。」


魔の巣窟で子犬のようにプルプル震えているだろう史華を助け出すために、俺は自転車をこぎまくった。


家に帰ると、お隣さんに明かりが灯ってるのが見えた。

時間も遅くなってきたので香澄も帰っただろう。


「ただいま。」


リビングから話し声が聞こえてくる。


「総士、そこでストップ!」

突然母さんに動きを制される。

とりあえず鞄を置き、待っていると扉の向こうからエプロン姿の史華が真っ赤な顔でやってきた。


後ろには悪い顔した母さんと姉貴、苦笑いの香澄が覗いている。


「お帰り総士。ご飯にする?それともお風呂にする?そ、そ、それともわた・・・」


史華はそこまで言うと顔を俯かせ身体をプルプルと震わせながら、


「む、無理です。こんなの恥ずかしすぎです。お義母さん、これで許してください。」


半泣き状態で母さんに訴え出した。


「ただいま史華。」

羞恥で固まっている史華をそっと抱きしめて頭を撫でてやる。


「あら〜、お帰り総士。で、どうするの?」

ニヤニヤ顔の母さん。


「そうちゃん、お帰り。この後私もやりたいんだけど?」

羨ましそうに見ている香澄。


「やりたいって、ネタばらししたら面白くないだろ?却下な。」

「なんでよ〜!差別だと思います!」

頬を膨らませて抗議してくる香澄。


そう言えばこいつが家に来たのも何年振りだろうな?

以前は毎日の様にきてたからな。


「香澄。」


「何よ?」


「おかえり。」



「・・・うん。ただいま。」

香澄はそのまま姉貴の後ろに隠れた。


姉貴はそんな香澄を愛おしそうに眺めてる。


「で、史華。」


未だにプルプルしてる史華を覗き込むが反応はない。なので、


「史華って選択肢はあるの?」

史華にだけ聞こえる様に耳元で囁く。


一瞬、ピクッと身体を動かすと素早い動きで顔を上げた。


首元までも真っ赤に染まって口をパクパクさせている。


かわいい。


「総士。何言ったの?」

母さんが訝し目で見てくる。


史華を抱きしめながらリビングへ向かい、


「母さん、もう遅いから先に史華にするわ。」


俺の言葉に場が凍りついた。


「な、な、な、何を言ってるの総士。」

史華がワタワタ。

忙しいやつだな〜。


「送ってくから、早く帰り支度してこいよ。香澄もそろそろ帰れよ。」


「あんた、なかなかやるじゃない。」

サムズアップ。姉貴に合格をもらった。


「総士。」

やっと正気に戻った史華が見上げてくる。

「どうした?」

まだ赤い顔した史華がかわいい。


「お願いがあるんだけど、帰る前に総士のお部屋見てみたい。」

そんな上目遣いでお願いされると断れない。


「いいけど何もないぞ。」

「そうなの?でも見てみたいな。」


とりあえず史華の頭を人撫でして俺の部屋へと誘う。

「ん。」

「お邪魔します。」


「史華ちゃん、待って。」

部屋へ入ろうとする史華を姉貴が呼び止めた。


「何かあったら大声出すのよ?あと20分経っても出て来なかったら緊急のため突入するから耐えてね。」


「ふぇ?な、さ、さすがにそんなことはないかと思いますよ。」

おい姉貴!どんなアドバイスだよ。

史華までそんな目で見るなよ。


「綾姉、大丈夫だよ。私が聞き耳立てて見張ってるから。」


「おい香澄!そのコップいつの間に持ってきたんだ!それとお前はさっさと帰れよ!」


「私追い返して史華ちゃんに何するつもりなの!」

相手をするのも面倒になってきたため、わざとらしく史華の腕を引っ張り、さっさと扉を閉めた。


「あっ!」


香澄の声が聞こえてきたが無視。


部屋に入ると史華が唖然としてる。


「な、何もないだろ?」


俺の部屋には勉強机とベッド、小さな本棚があるだけだ。


「ある意味、総士らしいというかシンプルだね。」

史華が一通り目を通してる。


俺はベッドに腰掛けて史華の様子を見てる。


「帰ってきても勉強するかパソコンで動画見るかくらいしかしてないからな。」


「動画?」

史華が振り返る。


「何想像してるんだ?サッカーのだぞ。」

「わ、わかってるよ?」

バツが悪そうに史華が目を逸らした。


「史華。」

ずっと立ちっぱなしの史華に俺は自分のとなりをポンポンと叩く。


「え?」

ベッドということに少し警戒感を示すが、大人しく俺の隣に腰を下ろした。


「悪いな、面白くなくて。」

緊張気味の史華に笑いかける。

史華も柔らかい笑顔を見せてくれる。


「ううん。物はなくても総士の思い出がいっぱい詰まった部屋でしょ?それを総士と感じられるだけで嬉しいよ。」


「そうか?」


「そうよ。」


優しい史華に軽くキスをする。


確かにここには生まれてからの俺の思い出が詰まってる。

あと数年はそれが積み重なっていくだろう。

史華の思い出もな。


「ねえ、総士。」

不意に史華が話しかけてくる。


「ん?」


史華が自分の膝をポンポンと叩く。


「いつも頑張ってる総士を労ってあげたいなって思って。」

膝枕?それは魅力的なんだけど・・・。


「全力で自転車こいできたらから汗臭いぞ。」

汗はすでに引いてはいるけど、臭いはな〜。


「ん?そんなのいいから。」

史華は再び膝叩く。


「ん。じゃあ失礼します。」


史華のふとももの上に頭を乗せる。

華奢な身体だけど、しっかりと柔らかみのある感触が伝わってくる。


「ふふっ。なんかかわいいね。」

史華が笑いながら頭を撫でてくれた。


「かわいいか?誰も史華には勝てないよ。」


頭を撫でていた史華の手が俺の両頬を包むと、顔が近づいてきてキスをしてくれた。

史華の顔は真っ赤。


「またすぐにそういうことを・・・、たまにはお返ししないとね。」


そんなことを言って離れようとした史華の後頭部を掴み、そのまま引き寄せてキスをした。


「ん〜ん!ん、も、もう!総士は大人しくしてなさい!」


「そんな真っ赤な顔してるうちは俺には勝てないぞ。」


そう言って笑うと史華はそっぽ向いて、


「ふんだ。」


とかわいく呟いた。







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