第37話 夏の終わり
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
夏休みも残り僅か。
私は今日もバイトに勤しんでいます。
高校に入学して部活にも入らずにバイトを始めたのは社会勉強の為。
私の夢はお父さんの仕事を手伝うこと。
そのために少しでも早く社会に出たかった。
最近、それよりも大きな将来の夢ができたのはみんなには内緒にしてる。
「アッサムティーとブレンド一つずつお願いします。」
バイトにもだいぶ慣れてきた。
はじめは私に接客なんてできるか不安だったけど、先輩達が丁寧に教えてくれるし、ミスをしてもサポートしてくれる。
私はこのバイトの時間が好きです。
「史華、これ1番テーブル。」
季節のデザートタルトを手渡された。
彼は纐纈総士くん。
私の大好きな彼氏です。
先週からお付き合いをしています。
総士とは高校で知り合いました。
私には双子の妹がいるんですが、総士は妹と同じサッカークラブに所属しています。
私が総士を知ったのは10カ月前。
双子の妹、公佳に告白した人。
そして、振られた人。
妹が選んだのは小さい頃から一緒だった葛城くん。
当時、公佳はすごく悩んでいた。
悩んで悩んで葛城くんを選んだ。
『公佳を悩ませたコウくんはどんな人だろう?』
私はまだ見ぬコウくんに興味を持った。
高校は公佳と違う学校を選んだ。
"自立するため"と周りには説明した。
確かにそれも理由だ。
でも1番の理由は、
"公佳と比べられたくなかった"
顔は似ていても明るくかわいらしい公佳と、消極的で地味な私。
高校に入学した私は平川雅という女の子と仲良くなった。面倒見がいい物怖じしない女の子。
そしてもう1人、雅の親友で首席入学の聖川香澄ちゃん。
香澄ちゃんは入学後はじめての中間テストでも学年1位、スポーツ万能、才色兼備で明るい性格でとても話しやすかった。
ただ1点、残念なところが。
それは好きな男の子に対してはものすごく"ポンコツ"だってこと。
でも、それは想いが強いからこその"ポンコツ"だってわかった。
私は雅も香澄ちゃんも好き。
まだ知り合ってから短い期間だけど、2人とは生涯を通しての親友になれると思ってる。
♢♢♢♢♢
バイトが終わり、私は総士と一緒に家まで歩いて帰る。
お店を出たら、総士は私の右手を握ってくれた。
総士はこういうことが恥ずかし気もなくできちゃう。
"私以外に付き合ってた人いるんじゃないかな?"
付き合うのは私がはじめてって聞いてるけど、総士は女の子の扱いがすごく上手。
私は指を絡め、いわゆる恋人繋ぎをしながらジト目で総士を見た。
「なんだよその目は。」
「別に?ただ相変わらず女の子の扱い上手だなって感心してただけだよ。」
実際に総士は私がして欲しいことを先読みでしてくれる。
「紳士の国はイギリスですかね?」
総士の腕に抱きつきながら尋ねる。
将来的に総士は海外移籍を視野に入れている。
「そこはイタリアだろ?」
そうだね。総士が行きたいのはイタリアの名門チームだもんね。
「イタリアか〜。そう言えばもうイタリア語の勉強してるんでしょ?英会話も頑張ってるもんね。」
高校卒業したら総士は遠くに行っちゃうんだろうな。そう思うと寂しくなってくる。
「やっぱり言葉で苦労したくないしな。お前も今のうちからやっとけよ。」
「え?」
言葉の意味がよくわからずに総士の顔を見上げる。
「え?じゃねぇよ。お前も一緒に行くんだから勉強しとけよって言ってるの。」
一緒にって?いつ?
・・・え⁈
「も、もう!そういうとこだよ!なんでそんなプロポーズみたいなセリフをサラッと言えちゃうのかな⁈」
私はたぶん真っ赤な顔をしている。
恥ずかしさで目眩がしそうだ。
でも、それ以上にうれしい。
「う〜!恥ずかしいよ〜。」
「本当に史華はかわいいよな。顔真っ赤だぞ。」
「も〜!そうやって私のことからかって!」
総士の腕に顔を隠して不満をアピール。
すると総士は私を正面から抱きしめた。
周りを見ると、ここはすでに私の家の前。
抱きしめられるのはうれしいけど、さすがに場所が悪い。
「ね、総士?ここ私の・・・ん?」
総士は私の頬に手を当ててから、その手を首の後ろに持っていくと、優しくキスをしてくれた。
はじめてのキス。
家の前だということを忘れて、私も総士を抱きしめた。
総士は角度を変えながら何度もキスをしてきた。私もそれに大人しく応えた。
『ガチャ』
「ん?」
玄関が開く音がして、私は冷静さを取り戻したが、キスをしたまま玄関を見た。
「あ、おかえり。」
私のファーストキスは妹に見られるという珍事に見舞われた。
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