第23話 見惚れる少女
室内練習場に史華を連れてくると、コウくんはフリーキックの練習をひたすら繰り返していた。
コウくんのキックのフォームはいつ見ても綺麗。ゴール目掛けて1本1本集中しながら蹴っている。
サッカーについての私の身近な師匠はコウくん。フットサルで仲良くなるまでにも話してみたいなって何度も思っていたんだけど、なかなか機会がなくって。
で、いざサッカー談義に花を咲かせると止まらない。同じポジションならではの悩みやアドバイスやら、コウくんにはいっぱいお世話になっている。
そんな私のお師匠さんを私の姉が見つめてる。
史華はあまりサッカーに興味はない。
双子だからってなんでも一緒ってわけじゃないもんね。
だからこれだけ見惚れてるってことは・・・、まだ確証はないね〜。
たぶん気になる存在ではあるんだろうけどね。
香澄ちゃんには申し訳ないんだけど、史華にその気があるなら応援してあげたいな。
♢♢♢♢♢
『あ〜、くそ!どれだけ削られだからって、チャンス逃した言い訳できん!』
紅白戦のチーム分けで俺の名前は控えて組にあった。最初見たときは焦った。
すぐにコーチに呼ばれ、紅白戦についての趣旨説明をされた。
うちには絶対的なエースのソノさんがいる。
そのエースを活かすには俺の成長が不可欠。
この紅白戦でどれだけできるか見せろと言われたが不様な結果になった。
慣れない控え組との連携、昨年全国2位の主力組を相手にする。
今回俺の替わりに主力組に入ったのは去年も控えでメンバー入りしていた杉本さんだった。
元々先輩達との付き合いも長いので連携も悪くなかった。
だからこそ、少ないチャンスで結果が必要だったのに、試合終了間際のフリーキック。距離は若干遠目だったが俺の好きな角度だった。
結果はクロスバー直撃からの、リバウンドを拾われカウンターで失点。
『情けねぇ。』
♢♢♢♢♢
公佳と飛鳥に手を引っ張られて強引に練習場まで連れ込まれた。
「私が入って大丈夫なの?」
「問題ないよ。」
公佳はそう言うけど、部外者だよ?
連れてこられた先ではコウくんがシュート練習していた。
練習中のコウくんの表情は険しいけどいつもより大人びて見える。
さっきまでよりも距離が近いので、髪の毛から汗が滴り落ちているのもわかる。
息遣いまでも聞こえてくる。
正直、コウくんの表情に見惚れてしまったけと、それ以外にその動作の美しさに見惚れてしまった。
しばらく見惚れていたみたい。
「綺麗でしょ。」
公佳がコウくんを見つめながら話しかけてきた。
「うん。洗練された感じ。この前授業で見たのとは全然違う。今のこの練習見てるだけでもすごい人なんだって納得させられる。」
私もコウくんから目を離すことができない。
葛城くんが公佳の隣から、
「この年代ではソウは1、2を争うくらいのフリーキッカーだ。しかもフォームだけでいうと各年代通しても上位だと思うぞ。」と教えてくれた。
日本屈指のフリーキッカー?
「すごいんだ、ね。」
葛城くんは首を縦に振り、ふと腕時計に目をやった。
「ん?そろそろだな。」
そろそろ?
なんのことと聞こうと思っていると、横の扉が開き、1人の先輩らしき人がコウくんに近づいていった。
「ソウ!次でラストだ。見ててやるから集中しろ。」
その人はそう言うとコウくんのそばに腰を下ろした。コウくんは頷き、ボールを慎重にセットし、大きく深呼吸してからボールを蹴った。
ボールは人形の頭上を越え、ゴールも越えるかと思っていたら弧を描きながら急速に落ちた。
「ナイッシュー。俺が教えることはないからさっさと片付けて帰るぞ。」その人はすごい笑顔でコウくんに話しかけて帰っていった。
「ソノさん、ありがとうございました。」
コウくんはその人に深々と頭を下げた後に片付けを始めた。
「うちは居残り練習は30分までって決められてるんだ。オーバーワークになる可能性があるからな。だから先輩達があんなふうに止めに来てくれるんだ。」
「だから、そろそろだったのね。」
「そういうこと。練習終わって30分以上経つからな。」
片付けを終えたらしいコウくんが荷物を持って移動仕掛けたところで私達に気付いてくれた。
「なんだ。まだいたのか。っと吉乃さんまでいたのか。バイトお疲れ様。今日は忙しかった?」
さっきまでとは違い、いつもの優しい笑顔でコウくんが話しかけてくれた。
「練習お疲れ様。今日もいつも通りかな?
あ、そうそう。今日はすごく仕事しやすかったよ。」
私は不自然さがないように言った。
「そう?」
ん〜?その反応だとわかりにくいな。
「今日出勤したら食器類のレイアウトが変わってたの。コウくんも手伝ってくれたんだよね?ありがとう。」
「どういたしまして。」
「でもすごいのはね、私がよく使うものが下の方にきて、私があまり使わないものが上の方になってたの。たぶん、提案してくれた人はいつも私の仕事をちゃんと見てくれてるんだよ。それが嬉しかったの。」
私は精一杯の笑顔で間接的に感謝を伝えた。
コウくんも笑顔で頷いてくれた。
それを聞いている公佳達もピンときたみたいで3人でニタニタ笑い合っている。
しかし、今日私が1番伝えたいのは感謝じゃない。
「でねコウくん。私がここにいるのはね昨日のことを謝ろうと思って。」
「え?吉乃さんに謝ってもらうようなことないと思うけど?」
コウくんはあまり気にしてないのか、本当に心当たりがないみたい。
「お父さんのこと、知らなかったとは言え配慮が足りませんでした。ごめんなさい。」
私はコウくんの目を見て謝罪を伝え頭を下げた。
「ホント、気にしなくていいよ。もう1年以上前の話だよ。俺こそ変に気使わせちゃったみたいだね。」
コウくんは苦笑いで誤魔化した。
「と、あまりゆっくりしてるとバイトに遅刻する。申し訳ないけど行くね。吉乃さん。この話は今日でおしまいね。」
コウくんは慌てて扉の向こうに消えて行った。
「ねえ、フミ。」
飛鳥が肩に手を掛けてきた。
「どうした?」
「あのね。公佳も一緒に話したいことがあるから4人でディナーに行かない?フミのバイト先に。」
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