第13話 La Vecchia Signora
"ラ・ヴェッキア・シニョーラ"
俺のバイト先の喫茶店の名前だ。
サッカーが好きなやつならピンとくる名前だろう。イタリア語で"老貴婦人"という意味だ。
繁華街から少し脇道に入ったところにある老舗の喫茶店だ。モーニング、ランチ、ディナータイムまであるものだから、開店から閉店まで客はひっきりなしに来る。
店名の通り、ここのオーナーは俗に言うおばあちゃんだ。
母親の知り合いということもあり、俺は中2の頃からバイトさせてもらっている。
平日の練習のない3日間と土日の練習後の週5日働かせてもらっている。
「お疲れ様です。」
土曜、練習後にバイトに行くと、オーナーに呼び出された。
「総士、16時から新しいバイトの子がくるからアンタが教育係ね。確か同じ年だったはずだ。かわいい子だったから手出すんじゃないよ!」
この人の俺の印象は周りとのものとかなりかけ離れてるらしい。
「イタリア人は紳士であれ。人をチャラ男扱いするのはやめて下さい。とりあえずホールで注文取りからでいいですか?それとも皿洗い?」
「かわいい子だって言っただろ?」
オーナーに呆れ気味に言われた。
「イエス、マム。ホールの仕事を手取り足取り教育します。」
♢♢♢♢♢
15時45分ごろ。
カランカランと来店を告げるカウベルの音がした。
「いらっしゃいませ。」
テーブルを拭き終えた俺は席に案内しようと扉の方を見ると、そこには吉乃さんが1人で立っていた。
吉乃さんも俺に気づいたらしく、その場で固まっている。
「吉乃さん、いらっしゃい。1人?」
吉乃さんの前に歩み寄り案内をしようとすると、
「あ、違うの。今日からバイトでお世話になります。あの、コウくんもここでバイトしてるの?」
そう言えばあの時以来、姿は見かけたけど話しはしてなかったな。
吉乃さんも少し気まずそうな雰囲気だ。
「そうそう。大きな声じゃ言えないけどうちの親がオーナーと知り合いで1年以上前からやってる。」
少しおどけた感じで吉乃さんだけに聞こえるように答える。
「それは大きな声じゃ言えないね。」
吉乃さんはそういいながら微笑んでくれた。
「オーナーから吉乃さんの教育係に指名されてるんだ。とりあえずオーナーに挨拶してきて。2階の控え室にいると思うよ。」
「コウくんが教えてくれるんだね。よろしくお願いします。じゃあ挨拶行ってきます。」
♢♢♢♢♢
「おお〜、かわいい。似合ってるよ。」
お店の制服に着替えてきた吉乃さんを見て、思わず言ってしまった。
「え?あ、ありがとうございます。」
本人は顔を真っ赤にして照れてしまった。
「こら総士!手を出すなって言ったろう。口説くより先に仕事教えな!」
様子を見に来てたオーナーからさっそく小言を言われたが、
「これだけ似合ってれば仕方ないでしょ。思わず本音が出ちゃったんですよ。」
女性は褒めろと親父に教えられてきたんですが。まあ、不本意ではあるが受け入れておこう。
吉乃さんは赤くなった顔を手で扇いでる。
「公佳が言ってた通りだ。コウくんは天然で女の子に優しいから勘違いしないように言われたんだよ。」
吉乃家の俺の評価がおかしい。
「はぁ、吉乃の俺への評価はそんなもんか。そりゃフラれるわな。とりあえず仕事しに来てるんだから警戒しなくても大丈夫だよ。とりあえず今日はホールを一通り説明するから。」
ん?吉乃さんは困り顔をしている。顔色もほんのり赤い。
たぶん緊張してるんだろうな。
「吉乃さん、はじめはうまくいかないこともあるかもしれないけど困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ。俺じゃ頼りないかもしれないけど少しくらいは助けてあげられると思うよ。」
♢♢♢♢♢
今日からはじめてのバイト。
学校からの帰り道だから通いやすいし、なんたってここのナポリタンはおいしい。
初日ということもあり私は早めに家を出た。
土曜の夕方。
外は明るいがバイト帰りは夜道を歩くことになる。
両親は心配していたけども私は大人の仲間入りできるような気がしてワクワクしていた。
お店には15分前に着いた。
はじめの印象は大事だよね。
扉を開けると背の高い店員さんが「いらっしゃいませ。」と出迎えてくれた。
私は挨拶をしようとその店員さんの顔を見て固まってしまった。
"コウくんだ"
この前、失礼な態度を取ってしまってから、なんとなく顔を合わせづらくなっていたので、どうしようと悩んでいたがコウくんは優しい笑顔で話しかけてくれた。
そっか、公佳が言ってたっけ
"コウくんはすごく優しいんだよ。他人の痛みがわかる人だからね。史華惚れちゃうかもね"
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