第10話 センターボール



《ピッピッピッ》


誰かが審判に注意された。相手チームだろうか。


中島なかじま朋也ともやはたゆたう水の中、半身でロープに頭をつけていた。


プー球の選手はいかなるときも壁を蹴ってはいけない。


そして、試合開始の際にコート中央に置かれたボールを取り合う「センターボール」でもそれは同様であった。


ゴールラインの延長上、コンクリートの床に置かれたパイプ椅子にはゴールジャッジが座る。得点の判定の際に掲げられる両手は、しかし片手のみ。


この所作は、そのサイドのチーム全員がゴールラインのロープに頭をつけていることを意味する。


すなわち、道誠中学のスターティングメンバー全員が正しくロープに頭部を接していた。


審判から再度の注意は無い。




…笛が鳴る。


研ぎ澄まされた世界。




《ピー》




実際には瞬時のことだが、解説してみよう。引け足で上半身を相手ゴールに向ける。間髪を入れず出足でスタートを切る。


そうして中島は全てを置き去りにして加速した。




一番速度の出る泳法は何か、分かるだろうか。


背泳ぎ? バタフライ?


違う。


クロールである。小学生に始まり、ナショナル日本代表クラスの大会にいたるまで、一番速い泳法であることは疑いようがない。


それはプー球のセンターボールにおいても同様であった。


そして、チーム戦術として最初の攻撃権を放棄しない限り、センターボールはチームで一番泳ぎの速い者が担当する。


道誠中学では中島であった。




絶え間ないストロークとキック。


中島の体は特に大きいわけではない。しかし、その泳ぎは十分な印象をもたらした。


感嘆、あるいは脅威。


相手チームの選手もさるもの、ほぼ同時にボールに到達した。


タッチの差でボールを確保した中島に、すぐさま相手がインターセプトを狙う。


《ピー》


沈められた中島がフリースローを獲得した。


センターボールは選手たちが到達する前に水上に投じられるため、水の流れ次第で多少位置が動く。


今回は相手側に20cmほど寄った。にも関わらずボールを確保した中島の泳力に、相手チームの選手たちは瞠目した。


フローティアーバックの稚内わっかないにボールを預け、中島は右ゾーンの奥目指して泳ぐ。マンマークで守備を行う相手も追従する。


相手ゴールから5mの距離。サイドロープ近くで静止した中島に相手が鋭い視線を送る。パスを受けようと、あるいはゴール前にドライブしようとすればたちまち、って妨害してくるだろう。




右ゾーン奥(0°)、中島。


右ゾーン斜め45°、永四郎。


フローティアーバック、稚内。


左ゾーン斜め45°、亀田。


左ゾーン奥(0°)、影村。


そしてフローティアーに赤江。


ゴールキーパーに石国。


以上が現在の道誠中学の布陣であった。

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青春の残響 とくれせんた防備 @kosuke7777

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