第6話 ベイビーステップ




石国いしくに敬語けいごの話をしよう。


赤江と同程度、中学一年生にして170cmに迫る体格を持つ。


デカい。


デカぁぁぁぁぁぁぁいい!!! 説明不要!!!


モノローグではあるが、ついテンションが上がってしまった永四郎であった。


石岡はおっとりしているが、運動神経はいい。


赤江と同じくフィールドプレイヤーで活躍するのかと思いきや、早々にゴールキーパーを志望してしまった。



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「え、僕ですか」


急な指名に石国がたじろいだ。


世は県予選、時は4ピリ。


20点差ついてるからと試合に投げ出されたこんな世の中じゃ、ポイズン。


確かにベンチ入りしてたし、圧倒的点差だけども、1年生の自分が出ていいのか? 相手の方々、めっちゃ睨んでません?


戸惑いながら水中に身を投げる石国。


彼の逡巡を慮る者は誰もいなかった。



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「なんであいつ動かなかったの?」


赤江が誰ともなく呟いた。


「ていうか撃っていいの? フリースローじゃないの?」


プールの傍で応援していた1年生たちに少々の動揺が走る。石国ほどではなかったが。


フリースローとなった場合、攻撃側はパスしかできない。新入部員たちは皆その認識であった。


いきなりシュート撃たれたらそりゃ面食らうわ。しかも点入ってるし。


「あの子、ボール怖がってるわ〜ww」


応援のオバサマ方がキャーキャー言っている。


本日は全国大会の前哨戦となる地方予選、その前段階の県予選である。1ピリオド目こそ緊張感があった試合は、ことここに至り、リラックスした空気を漂わせていた。そう感じるのは、勝っている方だからかもしれない。


弱いチームと対戦した我が道誠中学は、これ幸いと得点を重ねていた。その数、20に及ぶ。未だに失点していない。力の差は歴然であった。


やっぱりうちのチーム水泳部、県内では敵無しなのだ。


永四郎を始めとした新入部員たちも、何人かが試合に投入された。戦果を上げた先輩たちと交代である。取り残された赤江はふてくされていた。


既に試合終盤、最終ピリオド残り5分。満を辞して秘密兵器・石国が出撃したところである。ゴールキーパーだけど。


相手の初得点を許したが、仕方なかろう。


フリースローでシュート撃っていいなんて今知ったわ。


「7mラインを超えてれば、フリースローはシュート撃てるよ」


赤江たちの様子を見ていたワッキー先輩が教えてくれる。面倒見のいい人であった。


「ワンタイムじゃないとダメだけどね」


つまり、フェイクしたり、パスの素振りを見せた後にシュートを撃ってはいけない。


フェイクとはシュートフェイントのことだ。野球のピッチャーを思い浮かべてもらうといいかもしれない。


ワインドアップで腕と足を振り上げ、そして、…投げない! 一連のワインドアップの動作を行った末、ボールをその手から離さない!


プー球におけるフェイクもこれに類する行為である。投げそうで、投げないのだ。全ては幻。


なお、プー球で振りかぶるのは上半身だけである。下半身は水の中であるから。


「でも、つまり7m超えてたらシュート警戒しないといけないんだな」


新人きっての、左利きの中島なかじまが呟いた。




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フリースローを獲得してからのワンタイムシュートはである。


自陣ゴールから7m離れた近辺のフリースローであれば、まず頭に入れておかねばならない。


自陣ゴールからの距離はサイドライン代わりのコースロープを見て判断する。


自陣ゴールからの距離に応じ、3箇所がマーキングされていた。7m、4m、そして2m。


7mのマークは前述の通り、フリースローシュートの可否の判断に用いられる。残りの2つについては後に機会を譲ろう。


なお、フリースロー(ワンタイムシュートを含む)を守備側が妨害すると退となる。


相手の腕が届かぬ場所まで離れ、片手でパスやシュートの進路を塞ぐことは許可されている。このとき両手を使うとこれまた退水である。




もちろん、フリースローシュートは手札の一つである。


シュートのをして撃たなくてもよい。再度のシュートは認められないが、パス、ドリブルは可能だ。


シュートのふり、パスのふりで生じたディフェンスの隙を突く一一一例えば別の攻撃選手が守備側のマークを外す、フローティアーセンターポジションが有利な位置を取るなど一一一


それらはプー球における日常風景であった。




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試合は快勝した。23-2。


選手たちの保護者であるオバサマ方も意気揚々と引き上げていった。


(あの子、ボール怖がってるわ〜ww)


彼はこのセリフを生涯忘れなかった。おっとりした石国は、しかし繊細であった。

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