第5話 フエ



「つぎ〜〜」


《ピッ》


笛の音に合わせて20人ほどが一斉にを開始した。10秒程度ののち、全員が対岸に到着する。


新入部員の中にはバタフライを習ったことのない者もいた。入部後、毎日の練習の中でそういった者たちは見よう見まねで習得していた。


《ピッ》


再度バタフライで戻る一行。


永四郎たち中学一年生から、二つ上の中学三年生までがこの行事に参加していた。


笛を用いたこの行事は、しばしばその日の練習の最後に行われる。そのほか、下級生がをした場合に懲罰として行われることもある。


この行事、誰が呼んだか、その名もふえ



「ダッシュ潜水〜」


《ピッ》



永四郎は覚悟を決める。八割ほどの力で対岸に向け、懸命にクロールダッシュした。


が訪れるまで一心不乱に呼吸を整える。


無理だ。こんな状態では潜水など出来はしない。


しかしやるしかない。



《ピッ》



弱気な心を押さえつけ、笛の音と共に勢いよく壁を蹴った。


俗世としばしの別れ。

空気を懐かしみながら、水中を蹴り進んだ。


始めの5秒はなんてことない。以後はただひたすらに苦しい。苦しい。苦しい!耐え難い苦痛。


全力疾走した後に呼吸を止める馬鹿がどこにいるのか。

彼らがやっているのはそういう酔狂である。



あと一蹴りで対岸の壁。


「ぶはっ」

その一歩前で顔を出した永四郎。荒い息で空気を取り込み、体のすみずみまで循環させた。


練習がなんだ。先輩がなんだ。誰でも自分の命が惜しい。呼吸が出来なければ人は死ぬのだ。


一日の練習の終わりにこの強度のトレーニングである。体の疲労もあるが、精神がもう甘えていた。集団であることを利用し、何人もが壁より手前で顔を出していた。


笛を握る高校一年生の顔が満足気に歪む。


「できてない〜もう一回〜」


《ピッ》


無慈悲な音が鳴った。


クソッタレ。




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6月を迎えていた。


道誠どうせい中学水泳部の練習はかように厳しく。


14人いた新入部員は、既に2人が脱退していた。

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