第3話 イグニッション



こいつら、人間じゃない。

それが永四郎に生まれた感想であった。

想像してみてほしい。


人の体は水中から飛び上がることができるだろうか?


答えはバツ

水の中を泳ぐことは、できる。


クロール。平泳ぎ。背泳ぎ。バタフライ。

テレビで見た日本のトップ選手たちの泳ぎはまるでジェットのようだった。


けれど、彼らもことはできないだろう。


底面を蹴って飛び出すことは可能であろう。残念ながらその所業は反則である。第一、それすら1.8mの水中では難しい。


では、目の前の光景は一体なんなのだ? 胸どころか、へそまで水中から飛び出しているではないか。




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5月。校内をはじめ、めぼしい桜は全て散った。


全国的に初夏が訪れていた。


じわりとにじむ空気の向こう、プールに浮かぶ永四郎の姿。


同級生は未だ訪れず。体験入部初日であるからして、永四郎はひとり、肩身の狭い思いをしながらトレーニングに励んでいた。


先輩たちに囲まれて。


トレーニングといってもせいぜい15mを数度泳ぐだけである。初日はこんなものなのだろう。永四郎の緊張が幾分やわらいだそのとき、付き添ってくれたワッキー先輩が口を開いた。


「よし、じゃあ巻け足の練習してみようか」


「?」


マケアシ?


聞いたことのない単語だ。足が負けているのか。


「こう、足を開いて、膝から下を交互に内側に回す」


ワッキー先輩がプールサイドに腰掛け、手本を見せながら丁寧に教えてくれる。


足を巻くから、巻け足まけあし


(そういうことね)


永四郎は完全に理解した。だが、行うは難し。


「…」


黙々と足を回すのだが…。回すは回す、が、膝から下が正円を描くことはない。しっくりこない。


そんな本人の感覚などいざ知らず。永四郎の周りには弱いながらも確かな浮力が生じていた。


プール脇の樹から葉が落ち、水面に波紋を生む。永四郎から生まれた波紋とぶつかり、静かな余韻を残した。




どれくらいの時間が経っただろう。

やにわに同級生たちが顔を出した。


「エイシロー浮いてるじゃん!」

「すごい」「なかなかできることじゃないよ」


浮いているだけでヒーロー気分である。永四郎は照れた。


しかし、と思う。彼らに伝えたい。すぐそこにいる人たちこそが人外だと。


幾人ものエイリアンが奇妙な機動で水面を闊歩している。


永四郎の全力の二倍は速い、先輩たちの泳ぎ。しかも基本動作の一つ、面上つらあげクロールと呼ばれるものだった。


彼らは片手でボールを操る。水中で。


パス、ボールキープ、シュートまで、全て片手。さすがにゴールキーパーは両手を使っていいらしい。


なんの冗談か、ゴールキーパーは両手を上げた状態でみぞおちまで水上に出していた。そして、その状態で巧みにシュートを防ぐ。


こぼれ球を攻撃側が片手で掴み、ゴールを挟み反対側の味方にパスした。受け取る側は納め、無人のゴールにシュートを決めた。



永四郎は負けず嫌いである。彼我の実力を推し量ろうとしたのだが。


「月と地球ほどにかけ離れている」


このときは内心、舌を巻くしかなかった。

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