3話 葵羽と『請負屋』

 葵羽は克己の隣に転がっていた椅子を持ってきて座る。

 克己がお茶を持ってきて葵羽に渡した。アルミのコップだ。克己に似た無愛想なそのコップの表面を撫でつつ、葵羽は克己の答えを聞く準備を整える。

「『請負屋』ってのは霞とカラスが始めた仕事だ。他人の問題を解決する。探偵事務所みたいなもんだ」

 克己がデスクの引き出しを開けると、飴の袋が出てくる。少し眺めたあと葵羽に見せてくるが、断っておく。

「つっても実際にはほとんど押し売りだな。依頼人が来ることなんてない。霞のヤツが目をつけた人間を勝手に依頼人にして、勝手に問題を解決しにいく」

 葵羽はうなずく。

――つまり、今回の依頼人があの中也くんなのか。

「問題の解決方法はメチャクチャだ。依頼人にとっては迷惑も迷惑。大抵いつもケンカになる」

 知っている。すでに中也と霞がケンカしているのを葵羽は見ていた。

――というか私も『請負屋』の一味だと思われてるよね? 確実に。

 『請負屋』が何なのかはだいたい分かった。次は、

「霞ちゃ、さんはどうやって依頼人を選んでいるんですか?」

 変なのはこの部分だ。霞とカラスは中也の抱えている問題について知っていた。会話内容と中也の松葉杖から葵羽にも予想がつく。

 しかしなぜ中也なのか。同じように問題を抱えている人はたくさんいるはずだ。

「…………」

 克己が黙る。何かを考えているような顔。十中八九、知らないという顔ではない。

「言えないことなんですか?」

「……そうだな。おいそれと他人に喋れるような内容じゃない。少なくともあのクソガキはそのせいで酷い目にあってきた」

 酷い目。克己はそう言いながらどこか悔しそうにしている。彼ら、彼女らの過去に何があったのか。葵羽の好奇心がさらに刺激される。

「だがまあ、そうだな。お前がここにいることには何かしらの意味があるんだろう。もしお前が霞にとって害になる奴ならカラスが黙っているわけがないしな」

 ここで葵羽はずっと気になっていたことを聞いてみたくなった。

「その『カラス』って何なんですか? 渡くんのことですよね?」

「あぁ? あだ名だ、霞が付けた。普段から黒っぽい格好しているしな」

 確かに、葵羽の記憶にあるカラスの姿は黒が多い。黒色と灰色がほとんどだ。

「あとはたぶんワタリガラスだ」

「ワタリガラス?」

「ああ。霞から聞いたわけじゃないけどたぶんな。渡って名前を知ってからカラスって呼び始めたらしい」

 渡という名字からワタリガラスを連想したようだ。わかりやすいといえばわかりやすい。

「ぴったりなあだ名だろう?」

「ぴったり?」

「カラスってのは頭がいい。特にワタリガラスは動物の中でもかなり知能が高いとされるヤツらだ。そんでカラス、人間の方のカラスも頭いいだろ?」

 英語Ⅲの授業内では確かにカラスは優秀だった。しかし実際どれくらいカラスの頭が良いのか、葵羽は知らなかった。だから返事もできない。

「さらにカラスの雑食性もアイツに似てる」

 雑食性。それがカラス(人間の方)と似ている?

――何でも食べるの!? ゴミとか!?

「アイツは何でも学習する。霞の役に立ちそうなもんは何でもな」

 もっと真面目な内容だった。しかし引っかかる。

「あの二人、どういう関係なんですか?」

 短い時間しか一緒にいなかった葵羽にもわかる。カラスの霞に対する献身は異常だ。一見パシリに見えるが、それだけでは説明がつかないだろう。今の言葉もそうだ。『霞の役に立つためなら』何でも学ぶカラス。

 一応JKを経て、女子大生をやっている葵羽。そこで連想するのは『愛』。やはりあの二人は恋人同士なのだろうか。

 葵羽は克己の言葉を待つ。克己が口を開く。


「カラスは霞のパシリだ」


 パシリだった。


   ●


「話を戻そう」

 克己が茶を呷りながら告げる。

「何の話でしたっけ?」

「依頼人の選定方法」

 葵羽は話の流れを思い返す。ずいぶんとその場の質問でかき乱してしまった気がする。

「すみません、そうでした」

「……俺はその方法についてお前に伝えてもいいと思っている。いい加減誰かに話したいんだ。だがその相手としてお前が的確かはまだわからん。だから……」

 葵羽はごくりと唾を飲む。『ウズウズ』が反応している。克己が話したがらない『選定方法』。それを何らかの条件を満たすことで教えてもらえるのなら。

「二人の仕事をそのまま手伝え。お前が二人に貢献できれば、選定方法について教えてやる」

 葵羽はうなずいた。

――もう少しくらい予定をずらしても大丈夫だよね。すでにズレちゃってるし。

 かくして、葵羽は『請負屋』の仕事を手伝うことになった。まずは中也。ケガをした陸上少年に陸上を続けさせなければならない。


   ●


 霞はデスクの上に転がっていた飴の袋を開いた。

 中から紫色の球体が出てくる。口の中に放り込む。紫色だからグレープ味かと思ったがそういうわけではないらしい。砂糖の味以外はよくわからない。

 葵羽はすでに帰らせていた。カラスに送らせている。

「で、どう? 葵羽は?」

 近くの席で新聞を広げている克己に問う。

「人間観察的な話ならカラスに聞けよ。得意分野だろ」

「違う。食いついた?」

「……ああ、食いついた」

 霞は息をつく。今のところは思惑通りに進んでいるらしい。すでにカラスから聞いた情報と照合すれば葵羽の動きは予測できた。

 しかし霞に確信はなかった。カラスは疑っていなかったようだが、彼の予測能力は常人のそれではない。

「……霞」

 克己が野太い声で呼びかけてくる。外見に反して煙草も酒もやらない克己の声は、それでも野太い。だが慣れた野太さが耳に心地よかった。

「……あまり今回みたいなやり方はよせ。自分をエサにするな」

 霞を心配したような克己の言葉。舌の上で飴玉を転がしながら答える。

「最適な方法だった。なら私はその方法を選ぶ」

「…………」

 霞の答えに克己が押し黙る。納得のいっていない顔だ。霞はその似合わない表情に声を立てず笑った。

「まあ何にせよ、まずはあの強情な陸上バカをどうにかしないとね。葵羽の活躍に期待するわ」

 口の中の飴を砕く。甘さが口中に広がり、歯に飴の残りが張り付いた。霞はその感覚が意外と嫌いではない。

「あとその新聞、一週間前のだけど?」

 そんな捨て台詞を残しながら、霞は事務所をあとにした。


   ●


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