第9章 見解の相違

 ミスター・ジョン・スミス。アメリカ人、46歳、白人。

 過去10年間、30件以上の凶悪事件の捜査に協力し、実績のある、FBIの認める一級のESP(エスパー=超能力者)。

 Tテレビの「生追跡!真相を探れ!」は3年目を迎える人気スペシャル番組だが、その中の人気コーナー「追跡ESP捜査官」はもともと彼が担当していた。昨年はふた月に一度来日してロケに出て生放送のスタジオに出演する売れっ子だった。なかなか完全な事件解決は難しかったが、いくつもの有力な手がかりを警察に与え、番組にはずいぶん貢献していた。中には後に解決した事件もある。

 ところが、1年前に国産の超能力者ベニクラが現れると、人気はすっかり彼女に移ってしまった。

 実際彼女は立て続けに事件を解決し、その一つはミスタースミスが残念ながら解決に至れなかった事件だ。

 ミキはアメリカ人の彼から見ても超一級の美人だ。人気が奪われたのはしょうがないとして、同じ能力者としてライバル心を刺激された。

 彼は興味を持って彼女の扱った事件を検証してみた。

 研究の結果、やはり日本人という特殊な国民性が自分には合わなかったのだと結論付けた。

 アメリカ人は恐怖に直面したとき、もっと激烈な感情をその場に焼き付ける。彼の視る「ビジョン」だ。

 しかし日本人のそれは、滲んで、拡散する。別の所に飛んでいく。明確なビジョンは得られない。断片的というより、濁って、無関係な情報に惑わされる。他人のビジョンが絡んでいる場合さえある。

 その情緒の複雑で粘着質なところが、アメリカ人の自分には合わない。

 日本人の精神は判りづらい、というのが改めての率直な感想だ。

 しかし。

 今回の少女連続誘拐殺人事件は特に強い興味を持って注目し、追跡していた。こう言ってはなんだが、自分の得意とする分野の事件だ。そしてその実績から久しぶりに番組から捜査依頼を受け来日した。

 来日中に新たな、第4の被害者が見つかった。誘拐殺害されたのは3日前だ。

 ミスタースミスは番組に出演して自分の「ESP捜査」の結果、犯行の様子、犯人像、を披露した。

 ひと月前、九月の番組出演の発言を振り返る。

 ミスタースミスは大柄な、童話に出てくる巨人のような風貌の人で、奥まった目を気ぜわしく動かし、大きなしゃくれた顎でいささか不明瞭な英語で話している。スリムな日本人の通訳が日本語に翻訳して話す。


『犯人は昼間の行動と、夜の行動と、二段階に分けて犯行を行っています。非常に冷静で慎重ですが、一方でそれを楽しんでもいます。猟奇殺人者、快楽殺人者の典型的なタイプです。激情に駆られた通り魔的犯罪者ではありません。

 彼は夕方少女を誘拐し、遠くへ連れ去り、監禁し、そのまま放置します。そして夜に戻ってきて、じっくりいたぶりながら殺すのです。ああ、遺族の方には本当にお気の毒です、憎むべき卑劣な犯罪者です。満足すると殺して、見つかりづらいところに隠すのです。

 ここに犯人の精神の矛盾があります。詳しくは言えませんが、犯人は明らかに犯人の仕業と分かる特徴を遺体に残しています。しかしこの特徴は時間が経つと崩れて判りづらくなってしまうのです。遺体に自分のマークを印すのは相手を征服した証であり、それは他者に対して顕示するためのものであります。つまり遺体はなるべく人目に付くようにして、センセーショナルをあおる形で発見させたいというのが犯人の本心でしょう。しかしそれをおいて発見されないように隠すというのは、それだけ自己を抑制する計算高さと、そして、まだこの先も犯行を続けていこうという強い欲求の、両方を感じます。

 わたしは犯人を二重人格者だと見ています。自分を抑制する強い精神力を持ちながら、悪の欲求に素直に従ってしまう自分に対する甘さを持っています。この二つの精神性を一つの人格で持ち合わせるのは難しいことです。快楽殺人者にしばし見られる特徴ですが、彼もまた、表の社会的な顔と、裏の犯罪者の顔と、二つの大きく異なった面を持っているでしょう。

 犯人は大胆かつ周到な犯行を重ねてきました。しかし申し上げたような二重の精神は、やがて人格の破綻をもたらし、必ずや、失敗を犯すでしょう。そのミスを、我々は見逃してはいけません。

 犯行に車は欠かせません。これまで4件の犯行は関東から東北にかけてそれぞれ別の県で行われ、最初の二つの事件では誘拐現場と監禁殺害現場は比較的近くですが、後の2件は遠く離れています。自由に動ける自動車無しでは不可能です。

 事件の行われた曜日は水曜、火曜、金曜と、バラバラですし、少なくとも夕方から深夜まで現場近くにいなければならず、犯人はある程度スケジュールの自由な職業、またはバラバラのスケジュールで現場現場を巡回するような職業に就いていると考えられます。ああ、これはわたしが申すまでもなく警察の方で調べられていることですね。

 ではわたしの専門の能力で犯人にアプローチしてみましょう。

 犯人は男性、50代と見られます。わたしは日本の方の年齢を見誤ってしまうのでこの点はあまり自信がありませんが。

 結婚をし、子供……被害者の少女たちと同じ年頃の娘がいます。家庭は円満で、良き夫、良き父親です。しかし表面的に家族を愛しているように見せて、その実、特に娘に対して、グロテスクな欲求を持っています。

 若い頃に社会的に抑圧された状態にあり、その若い頃の歪んだグロテスクな欲求が今も強く心に残っています。その若いグロテスクな欲求が、少女たちを狙った犯行の動機です。

 若いグロテスクな欲求と、現在の安定した家庭生活と、そのギャップが、先ほど申しました精神の二重性、二重人格を生み出したのです。

 服装はノーネクタイでラフな感じですが、これは普段からそうであると思われます。

 体型は少し小太りでしょうか。しかし運動不足な感じはしません。日頃からよく歩き回っていると感じます。

 犯行現場に土地勘はありますが、現地の人間ではありません。しかしとてもよく慣れ親しんだ感じがします。犯行前に何度も通ってきているはずです。

 とても頭がいい、と自分で自負しています。自分が警察に捕まるとはまったく考えていません。……ふうむ、これも二重人格者特有の精神でしょうか、犯罪者である自分を他人として切り離している感じがあります。いざとなればこの別人格を切り捨ててしまえばいいと考えているようです。精神の分裂がだいぶ進んでしまっているようですね。

 と、いったところでしょうか。

 犯人は非常に危険な確信犯です。罪の意識がまるでありません。優秀な頭脳を持っているくせに心の大事な部分が欠けてしまっているのです。

 一刻も早く捕まえなくてはいけません。

 彼は少女たちを殺すことをやめる気はまったくありません。

 必ずまた、犯行を繰り返します』


 しかしミスタースミスのサジェスチョンと警察の懸命の捜査にも関わらず、更に二人の少女の命が奪われてしまった。

 ミスタースミスは日本の警察のふがいなさに苛立ちを覚えていた。あれだけのヒントを与えてやったのに何故犯人を捕まえるどころかみすみす新たな被害者を生み出さねばならないのか?

 自分の犯人に対するビジョンは間違いないはずだ。

 今や犯人の顔さえはっきり見える。


 おまえが犯人だ!


 と、本人を指さしてやりたいくらいだ。

 どうして……と苛々しているところに、次の番組では自分にお声掛かりはなく、自分の代わりに呼ばれたのはミキ・ベニクラだった。

 ミスタースミスはアメリカの自宅に居て、その放送をネットで転送してもらってほぼ生中継で見た。知り合いの日本人に翻訳してもらってベニクラの見解を聞いた。

 衝撃を受けた。

 自分のビジョンとまるで違うじゃないか?

 年齢の40代前半はともかく、ちょっと太り気味も合っている、メガネもいい。

 しかし、

 独身で? 電車マニアで? 犯行に鉄道を使っている?

 車を盗んで使って、犯行後に元どおり戻しておく?

 そんなビジョンはないぞ!?

 ふつうに考えたって、電車なんて、車の無断レンタルなんて、そんな馬鹿なことあるわけない!

 何を考えているのだろう?

 ミスタースミスは思いっきり眉を寄せてディスプレーのベニクラを睨むように見つめた。

 また彼女の方が合っているというのか?

 今回に限ってそれはない。

 もしまた自分のビジョンが間違っていて、彼女のレイシが当たっているのだとしたら、

 自分はもう二度と犯罪捜査には関わらない。

 いや、

 日本人というものには、か……………



 話を現在に戻す。

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