第3章 警告
登校するとクラスメートたちの様子がおかしかった。問い詰めると、その女子は実に迷惑そうに言った。
「あんた死神に取り憑かれているんだってさ。近づくと巻き添えになるかもって」
里香はカアーッと怒りに赤くなった。
「どういうつもりよ!」
バン!と思い切り机を叩いてやった。
「お告げだかなんだか知らないけれど、つまらない嘘ばらまかないでよ!」
里香は思い切り凄み、机の周りの取り巻きども=信者たち、を威嚇した。里香はバレー部員で毎日練習で大声を上げている。文化系が多い信者どもに迫力で負けるわけがない。
教祖様=松田麗美は、目を少し潤ませながらきっぱり言い切った。
「嘘なんかじゃありません。あなたは恐ろしい死神に取り憑かれています。死が、あなたの運命です。運命に逆らえば、周りの人たちが巻き添えになって不幸な目に遭うでしょう。あなたが自分の運命から逃れるのは不可能です。残念ながら」
「あなた、わたしが死ねばいいって言ったんですって?」
里香は麗美のとなりに立つ真衣を睨み付けた。真衣は麗美の後ろに隠れるような真似をして「教祖様あ~」と甘えた声を出した。虫ずが走る。里香は視線を麗美に戻した。
「言いました。あなたは死の運命から逃れられません。あなたが甘んじてその運命を受け入れなければ、周りが不幸になるばかりです」
「だからわたしに大人しく死ねって?」
「そうです!……」
麗美の目の潤みが大きくなった。一生懸命里香を睨み返してくる。
里香は気が抜けた。
「じゃあ教えてくれる?死神ってなんなのよ?なんでわたしがそんなものに取り憑かれなくちゃならないわけ?」
「それは……、それがあなたの運命なんです」
「だから、ふざけんじゃないわよっ!」
再び机をバンと叩いた。
「わたしに死神が取り憑いているって言うならね、それは、あんたよっ!」
指を突きつけた。
「あんたがその力でわたしに呪いを掛けているのよ!ね、教祖様?!」
二人は睨み合った。
麗美はお嬢様だ。
クラスで一番背が低く、色が白く、きゃしゃで、下膨れの雅な平安貴族のような顔をしている。
スポーツ少女の里香とは正反対だ。
こうして二人で睨み合っていると、どう見ても里香が麗美をいじめているようにしか見えない。
「ひっどーい!」
また真衣の奴が素っ頓狂な声をあげた。
「教祖様は見えた運命をお告げになっているだけじゃない。教祖様はお慈悲の心で警告なさってるのよ。教祖様を恨むなんてまったく筋違いよ」
そうよそうよと取り巻きの信者どもが同調する。里香はカッとなった。
「あんたらもあたしに死ねって言うの!?」
真衣がニヤッと笑って言った。
「死んじゃえばあ~。みんなのために」
また凄む里香に真衣はキャッと麗美の影に隠れて言った。
「ね?教祖様、そうですよね~?」
麗美は頷き、使命感溢れる顔で言った。
「あなたは周りの皆にとって迷惑なんです。皆さん、皆さんも小岩井さんの近くにはいない方がいいです。不幸になります。死にますよ?!
小岩井さん。みんなのためなんです、死んでください。お願いします」
「な……」
麗美は机のへりに両手をついて深々と頭を下げた。
信者たちもならって頭を下げた。
「死んでください。お願いします」
「わたしたちを巻き込まないでください」
「人を不幸にしないでください」
「お願いします」
「な……」
(何を言ってる? あんたたち、正気!?)
お願いします、お願いします、お願いします。
里香は、たじろいだ。
「ちょっとあんたらいいかげんにしなよ! 洒落になってないわよ!」
バレー部仲間の池端瑞穂(いけはたみずほ)だ。里香を援護するようにとなりに仁王立ちになって腕を組んだ。
「占いなんて馬鹿馬鹿しい。遊びだけにしときな」
真衣が反論した。
「遊びとは何事よ!教祖様の占いは神聖なものよ!」
「その教祖様ってのもやめろよ!むかつくんだよ!」
「無礼なことを言うんじゃありません!」
そうよそうよの声に瑞穂の後ろからも声援が飛んだ。
「やめろよ、このサイコ集団!」
反教祖様派の女子たちが集まってきた。麗美に熱心な信者が付くのと同様、麗美の占いに反感を持って毛嫌いしている女子も多い。
「おまえら犯罪者だぞ?人に死ねって、許されると思ってんの?」
里香と麗美の対決は、いまやクラスの女子を二分する対立をはっきりさせている。男子たちは呆れて周りで傍観している。
「でもでも」
瑞穂の肩の横からひょいと顔を出して小畠望(おばたのぞみ)が言った。背の高さで麗美とブービー賞を争うライバルだが、こっちはまるまるとして黒い。
「麗美ちゃんは人が死ぬのを当てちゃったんでしょう? それってやっぱすごくなあい?」
反教祖派の女子たちの間でもまあねえと動揺が走る。信者たちは勝ち誇り、特に真衣!ニヤニヤと見下した笑いを浮かべている。
里香はカチンと来た。
「あたしを助けたのが誰だと思う? 芙蓉美貴さんよ」
言ってしまってから里香はしくじったかと思ったが、名前を聞いた瞬間麗美の顔にビクッと驚きが浮かび、里香は得意な気持ちになった。
「芙蓉美貴? あの?」
ざわざわと女子たちはささやき合った。
旬の美女は中学女子の間でも大人気だった。
「え~! 芙蓉美貴さまあ~!? 里香ちゃん本当~?」
望が瑞穂を押しのけて里香にすり寄ってきた。
「ねえねえ、やっぱ美人だったあ?」
「うん。すっごい」
「えーっ、いいなあーっ!!」
それまで傍観を決め込んでいた男子まで好奇心丸出しで寄ってきて、里香は有頂天になった。
一方真衣は面白くなく黙り込み、麗美もじっと唇をかんでいる。
望が子どもっぽくはしゃいで言った。
「芙蓉美貴様が味方なら死神なんてぜんぜん怖くないね?」
始業5分前の予鈴が鳴り、皆それぞれの席に散りだした。真衣も面白くない顔のまま麗美のそばを離れた。
里香も自分の席に向かおうとすると、麗美が強い調子で言った。
「無理よ! 誰にもあなたの死神を祓えはしない!」
麗美は立ち上がり、クラスみんなに警告した。
「皆さん、小岩井さんに近づいてはいけません! みんな、死の運命のとばっちりを受けます! 彼女に近づいてはいけません!」
里香はもう腹を立てるより哀れに感じた。若い女の子はみんな飽きっぽい。芙蓉美貴という強烈なスターが現れて、もう教祖様の輝きはかすんでしまっている。
里香は無視し、麗美はクラスメートの冷たい反応を見て、がっくり、椅子に座った。
昼休みまで何事もなく過ぎた。
5限目は体育だった。
隣のクラスと合同で、男子は外でサッカー、女子は体育館で跳び箱だった。
前方倒立回転跳び。
助走し、3段の跳び箱に手を付き、勢いで跳び箱上に逆立ちし、さらに勢いで回転し、向こうのマットへ降りる。
中学女子にとってはかなりの大技で、危険であり、だいいち出来ない。
跳び箱の左右に一人ずつ補助が付き、特にテストもなく、体験させるだけのようだ。
「おりゃっ」
スポーツの得意な里香は補助なしで見事成功し、おおー、と皆の称賛を受けた。
先生もパチパチと手を叩いた。
「はい、お見事。でも危険ですからね、他の人はちゃんと補助を受けてやるように」
里香は同じグループの友だちにガッツポーズを見せた。
楽しかった。
里香は歓声を上げる他のグループを眺め、ふと、麗美と目が合った。
折れそうにきゃしゃな体の麗美はスポーツ全般苦手だ。
彼女はグループの後ろで列から離れて一人ポツンと立っていた。
朝の件で孤立してしまったのはどうやら彼女の方だったようだ。
里香はちょっぴり哀れみを感じると、麗美の方も負けじと深い哀れみの眼差しを投げてきた。里香はまたカッとなったが………
突然、
またなんの前触れもなくあの不安感が襲ってきた。
視界が急に白っぽくかすんだように感じ、少女たちの歓声が、床を踏む靴音が、遠くの方からぼんやりワンワンと響いてきた。
体の中が空っぽになり、代わりに冷たく暗い気体が充たした。
肉体的感覚を失い、自分がぼやける。
うずくまろうとした。が、またあの強烈な強迫観念が突き上げてきた。
逃げなくちゃ!
不安が強烈な恐怖に変わっていく。
里香は猛烈な焦りを感じ、キョロキョロした。
逃げ場を捜して。
何から逃げるのか?
分からない。
とにかく、とにかく逃げなくては!………
せわしなく動かす視界に麗美が入った。
唇が動いた。
シ・ネ。
嫌だ!死にたくなんかない!逃げるんだ!どこかに、逃げるんだ!
里香は救いを求め、銀の女神を思った。
芙蓉美貴さん!
ああ、あの銀の女神像! 芙蓉さんはわたしに与えてくれるつもりだったんだ。お母さんが邪魔に入らなければ!
ああ、女神様、芙蓉さん、助けて!
ガクンと体が落下する感覚に里香は慌てて力いっぱい床を踏みしめた。
ハッと気配を感じて、
望を見た。
今、跳び箱に向かって助走を始めた。
「……うう……ああ………」
里香は老人のようにしゃがれた悲鳴を上げた。
これから何が起こるか、
分かる。
望は勢いを付けて跳び箱のへりに手を付き、体を持ち上げ、手がつるっと跳び箱からずれ、バランスを崩してあごを叩きつけた。そのまま首を軸に変なかっこうのまま向こうへ回転していき、慌てて支えようとする補助係の手をすり抜け、転倒、背中を角にぶつけて勢いよく向こうに倒れ込んだ。
「キャーッ!」
悲鳴が上がった。
「小畠さん! だいじょうぶ!?」
先生が駆けてきて望の意識を伺った。体に触れようとしない。里香の位置から、跳び箱の向こうにひくひく痙攣している望の脚だけが見えた。
「救急車! あなた、保健室の先生呼んで! あなた、教務室に! 早く!」
先生の指示でバタバタ生徒たちが走っていく。
里香はジーンと頭がしびれ、実際ひどい耳鳴りがし、夢うつつの状態で、
麗美を見た。
「かわいそうに」
麗美は望を見て言い、里香を見た。
「かわいそうに。またあなたの身代わりで人が不幸になってしまったわ」
麗美の横に真衣が並び、信者たちが集まり、冷たい目で里香を見た。
彼女たちばかりではなかった。その場にいる女子たち全員が、それぞれの意味合いは違うにしろ、里香を恐ろしそうに見ていた。
「死神」
誰かがどこかで言ったが、里香は確認する気も起きなかった。
ただ、
(何故?)
という疑問だけがぐるぐる心に渦巻いていた。
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