第4章 原因
里香は残りの授業も出席した。周りの視線にいたたまれない気もしたが、望の容態が気になる。じきに救急車がきて隊員に担架で運ばれていったが、その後情報はない。
結局授業は終わり、さすがに部活に出る気にはならず、瑞穂に欠席の旨、それから、望の様子が分かったら電話してくれるよう頼んで教室を出た。
授業の間じゅう里香はずっと考えていた。
あれは、麗美が、やったことだ。
麗美が、里香か、望に、呪いを掛けたのだ。
断じて自分のせいではない!
……麗美が里香を恨んでいる理由は分かる。
たまたま偶然、
里香は麗美がある男子に「告白」している現場に出くわしてしまった。
麗美は彼にふられ、行きがかり上その様子を盗み見るようなかっこうになってしまった。
麗美に気付かれた。
泣いていた。
麗美は里香をなじるように濡れた瞳で睨み、去っていった。
しばらくして、
麗美がその男子に告白してふられたことがクラスで噂になった。
もちろん里香は誰にも言っていない。
噂の出所は分からなかったが、麗美は里香が発信源だと思ったに違いない。
その後麗美は占いをはじめ、やがて信者が付くようになった。
そういうことだ。
麗美は里香を恨んで呪いを掛けた。
けれど、
「死ね」
とまで思うだろうか?
麗美はお嬢様で意地っ張りなところもあるが、反面あっけらかんと明るい性格だったと思う。特に仲がいいわけではなかったが、以前は普通に会話して笑い合っていた。
「キツネにでも取り憑かれたかしら?」
芙蓉はそう言っていた。
きっとその通りなのだ。
麗美は何か悪いものに取り憑かれ、乗っ取られようとしているのだ!
危ないのは自分じゃない、麗美の方だ!………
靴を履き替え外へ向かおうとすると名前を呼ばれた。
「小岩井さん」
振り返り、里香はドキッとした。
クリクリ巻き毛の男子が立っていた。
「林さん……ですよね?……」
彼は困ったように後ろ頭を掻いた。
林顕(はやしあきら)。
誰あろう、麗美をふった張本人だ。
顕はもう11月だというのにワイシャツの腕をまくり上げ、
モッサイ、
という形容詞が、里香も意味は解らないが、ぴったり来るような男子だった。
でも噂では同じクラスの女子にはけっこう人気があるようで、……顔も……ちょっと肉が厚いのがモッサイが、まあまあイケてる。
林は頭を掻きながら「ごめんなさい」と頭を下げた。
「いやあ、なんだかよく分からないけれど、迷惑かけちゃってるようで」
「まったくその通りよ」
里香は腕を組んでふてくされた顔を作った。この人が麗美の告白を受け入れてさえいれば自分がこんな目に遭うことはなかったのだ。
「いやあごめんね。実は……」
里香は人目を気にして林の腕、めくったシャツ、をつかんで玄関の隅に引っ張っていった。
「実は、なに?」
「うん。実は松田と俺、幼なじみなんだ」
「だから?」
「だからね、あいつの性格はよ~く知ってるんだ。俺に告白したのはね、どーせ少女マンガかドラマの影響だよ。いわゆる恋に恋して、ってやつだね」
顕も腕を組んで自分の意見にウンウンとうなずいた。
「泣いてたわよ、松田さん」
「困ったもんだ。しばらく失恋の甘美な感傷にひたったらまたけろっといつも通りに戻ると思ったんだけどねえ」
里香は顕の冷淡な態度にムッとした。
「だから、本気だったんでしょ?」
「それはない!、と、思うんだけどなあー」
顕はウ~ンと考えて、考えるのをやめた。
「どっちみち俺、好きな子がいるから」
あらら。完全にふられたようだ。
「レイは妹みたいなもんで……、心配してるんだ」
顕はキリッと真剣な顔になって、里香はドキッとした。
「最近のあいつ、おかしいだろ?」
「うん……」
「体育の授業のこと、聞いたよ」
「………………」
「君が、標的にされているんだって?」
「………うん………」
「ったく、あいつ」
顕は宙に麗美のイメージを浮かべて睨んだ。その目が不安そうに翳った。
「どうしちゃったんだろうな、あいつ」
「うん………」
うつむいてしまった里香にちょっと困って、顕は言った。
「小岩井さん、あの芙蓉美貴と知り合いなんだって?」
「知り合いってほどじゃないけど、……名刺もらった。電話していいかな?……」
「いいんじゃないか!」
顕は晴れ晴れとした顔になった。
「相談してみてくれないか? やっぱり専門家の意見が欲しいよ。ね?」
「うん。あたしも芙蓉さんに相談したいし……」
「そう、ありがとう! じゃ、何か分かったら連絡してよ。えっと……」
顕はズボンの尻から生徒手帳を取り出し、電話番号を書いて破り、なま暖かい紙を里香に渡した。
「あ、俺ケータイ持ってないから、夜中はNG。10時くらいまでかな?」
顕は屈託なくニコニコ笑い、里香はああこの人は実に正しい家庭の正しい子どもなのだなと思った。お嬢様の麗美の幼友達なのだから顕もきっとけっこうな家のお坊ちゃまなのだろう。
「じゃね。小岩井さんも、気を付けてね」
「うん。ありがと」
顕はさっと手を上げ、早足で戻っていった。
「暑苦しい奴」
里香は渡されたメモをぴらぴらさせて笑った。
門を出て塀沿いに歩き出すと、校舎からけたたましいトランペットの音が鳴り響いた。3階の音楽室。顕だった。吹奏楽部なのだった。玄関からもうあそこに駆け上がっている。
窓際の顕に手を振ると、トランペットの音色が高らかに青空を駆け渡った。
その音を、教室の窓を開けて真衣が聴いていた。里香の後ろ姿を視線で追い、見えなくなると、教祖様にご注進に向かった。
N駅。
ドキドキしながら改札を通った。
………だいじょうぶだった。
時刻は4時を回ったところ、ホームはまださほど混雑はしていない。
里香はホームの先を見、目を逸らし、考えないようにした。
だいじょうぶ。もう何も起きない。
しかし、
また突然あの不安感に襲われた。
里香は自分を励まし、壁に背を押し付け、じっと耐えた。
なんでもない、なんでもない。
気のせいだ。
きっと、あれとは違う!………
しばらく耐えていると、不安が消えていき、里香はほっとした。
神経質になっているだけだと思った。
ケータイが鳴った。電話だ。
麗美!
「もしもし」
『また、殺しましたね?』
「えっ!?」
里香は反射的にホームを見渡した。電車も入ってきていない、何も、異常はない!
「バカ言わないでよ。何も起きてないわよ」
『いいえ。死にました。あなたが、運命に逆らうから、また関係ない無実の人が死んでしまった』
「いいかげんにしなよっ!」
里香は周りに遠慮することなく怒鳴った。
「あんた本格的に頭おかしいんじゃない?」
ふと思った。そうか、今教祖様と信者たちは放課後の教室で占いの真っ最中なのだ。
「呪われてるのはあんたよ! この、キツネ憑き!」
里香は言葉を叩きつけて一方的に電話を切った。腹が立ってしょうがなかったが、改めてホームを見渡してみた。何もない。………ほっとした…………。
壁を隔てた表の通りでやかましく自動車のクラクションが鳴っていたが、やがて場内アナウンスがかぶり、続いて侵入してきた電車に乗り、その音は小さくなり、里香の意識から消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます