魔獣を召喚したはずが気がついたら自分が召喚されてました:伊藤有紀のケース

伊藤有紀のケース: 1 

 紙の上に、赤い滴が落ちる。

 自分の指先からにじんだ血が、粒を作って滴っていく。

 それをじっと眺めていた有紀は、泣き笑いのように口元を歪ませた。

 自分が乗れるほどの大きな模造紙に描かれているのは、円の中に重なり合った三角形と、それをとりまく記号のような文字。それを照らすのは、天井のライトではなく、自分の周りに等間隔に配置された蝋燭の炎だ。

 薄暗い部屋の中、揺れる炎が陰影を付けた紙の上では、赤黒いインクが、一見すると血で書かれて乾いたかのような錯覚を見せる。

「血の契約に基づいて、現れよ邪悪なる魔物よ。我に意に従い、我に仇なす矮小なる者に破滅を……」

 手元のメモをチラ見しながら、呟く有紀の眼は狂気じみた光に満ちていた。

 模造紙の乗る床は、少しすり切れた畳敷。もとは祖母の部屋だった砂壁の六畳間にはん似つかわしくない、洋風の魔方陣の魔方陣の上で、有紀は自分の血が滴った魔方陣の中央を見据えた。

 今度こそ上手くいく。ここから現れた魔獣が、私の代わりに、あいつを、あいつらを――

 その時だった。

 紙の上に描かれた魔方陣全体が、インクの色とは違う赤い光を放ち始めたのだ。

 同時に、床全体がまるで水面のように波打ち、魔方陣の中央から、にゅっと、四本指のなにかが手を――いや、前脚の先を、突き出した。

 有紀が落とした血の滴を、わしづかみにでもするかのように。

「き、きた――?!」

 跳ね回る心臓に息を詰まらせ、とっさに身動きもできないまま、有紀はその前脚を凝視した。

同時に、

 床についた膝が、足先が、沈み込む。

「え、え、ええええーっ?!」

 波打つ魔方陣の床は、もったりとした泥沼のように、上に乗った有紀の体を飲み込み始めた。

 まるで、これから現れる異形のなにかと交換だとでもいうように――

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