桜月堂 高野のケース:2
「そうだったね、たまたま総出で害獣駆除にあたってたところを、近くで次元の壁が開いたのをボクが感知したんだ。かなたはとても幸運な子だったよ」
「あのときのミリンガの毛皮はわりと上物だったんだよねぇ。サーシャがもう少し上手に仕留めてくればもっと高値が」
「だからそれは貴様のサポートが未熟だったせいではないか!」
わざとらしくため息をつくルドラを、サーシャが八重歯を向いて威嚇する。仲がいいのか悪いのか判らない。
「……かなたさんも、やっぱり間違って召喚されてきた人なんだ?」
会話の勢いに割り込めず、それまで黙って聞いていた和美は、ふと気づいてリカルドに訊ねた。リカルドは頷き、
「どういう経緯で転移してきたのかは、いまだによくわかってないんですけどね。あの頃はまだ相談所の設立準備中で、転移中継フィールドも未開発だったんです。……かなたちゃんが『昔は町の外に現れる転移者も多かった』って言ってたの、和美さんは覚えていますか?」
「う、うん……って、ええ?! 昔はこんな所に放り出されてたの?!」
「そうですよ、転移中継フィールドが開発されていなかった頃は、異世界からのお客様がどこに出現できるかは本当に運だったんです。町の外に出現してしまったら、人買いに見つかって売られたとしても、命があっただけましなくらいでした。こういう害獣駆除も、次元の壁からこぼれてきた方々を保護する活動の一環から始まったんですよ」
自分がこんな所に放り出されたら、モンスターに遭遇しなかったとしても、無事に帰れる自信はない。「ハイパティーロで運が良かった」とかなたが言っていたのには、言葉以上の重みがあったのだ。
「相談所ができる前から町に住んでる『ニホンジン』は、そういう、運のよかった人たちばかりだね。午後にはかなたが誰かに会わせてくれるみたいだから、当時の話を聞いてみるといいよ」
「あっ、ミルメコレオみっけー」
まったくこちらの会話に気を配らないルドラが、嬉しそうに声あげながら駆け出した。その視線の先で、焦げ茶色の毛皮に覆われた巨大な生物が数匹うろついている。
「こら大声を出すな、ほかのチームに気取られるだろう」
「あれは爪と牙が魔法薬の材料になるから、大事に扱ってよね!」
「獲物を狩るのに大事も何もあるか!」
噛みつかんばかりの怒鳴り声と一緒に、スーツ姿の二人の姿があっというまに遠ざかる。あっけにとられて後ろ姿を目で追う和美の横で、
「まったく、あの二人は、気が合わないのに息はぴったりだよ」
シャムハザがアメリカ映画風に肩をすくめ、リカルドがほほえましそうに笑みを見せた。
昼近くまで外の『害獣駆除』を見学した後は、和美とシャムハザだけが先に町の中に戻ることになった。
見たこともない生き物だらけの郊外は面白かったが、慣れない場所を長時間歩いて和美もさすがに疲れたし、そろそろおなかもすいている。
シャムハザには翼があるのだから、市壁などひとっ飛びかと思ったら、門を通らないで中に入ろうとすると、問答無用で攻撃対象になるらしい。結局歩いて市街に入り、相談所の前まで戻ると、制服姿のかなたが待っていた。
「じゃあ、ぼくは留守番がてらここで失礼するよ。でも心は君たちと共にあるからね」
意味不明にナイスガイなことを言いながら、シャムハザは事務所に入っていく。かなたはにっこりと、
「気にしないでくださいね、どうにも天使の皆さんは自意識過剰な方が多くて」
「はぁ……」
ほかにも天使的な住人が、この国にはいるのだろうか。
いくら異世界で亜人やモンスターがいっぱいでも、天使が普通に地上で暮らしているとはさすがに想定外だった。いや、地上にいるから、堕天使の類いなんだろうか。
「少しお疲れかと思うので、お昼も兼ねて休憩できるところにご案内しますね。和美さんは苦手な食べ物とかないですか?」
「いや、特には……」
というか、異世界の食べ物自体がよく判らないのでなんともいえない。
通りに並ぶ建物は、高くても三階建てまでで、石造りや煉瓦作りのものが多い。少し古い時代の洋画を見るようで、とても異世界の光景には思えない。
だが、町行く人たちの様相は、どう見ても日本どころか地球のどこにもありえないものだ。
「ハイパティーロは土地柄、異世界から持ち込まれた文化が混ざり合って、独特の発展を遂げてるんです。町並みだけじゃなく、服装も様々ですよね」
「服装だけじゃないよね……」
にこにこと説明する雲居に、和美はきょろきょろとあたりを見回しながら答えた。
服装も混沌としているが、種族が多様なのだ。人種や国籍の違いというレベルではない。
エルフに魔族、翼人に半獣人、そのほか、和美にはぱっと種族名が思いつかない者たちも、ごく普通に歩いている。ただの人間は、全体の三分の一ほどだろう。まるで夢の国のパレードのようだ。
よく見るファンタジーラノベでも、異種族がこんなあからさまな混ざり方をしているものは少ない。しかし、それと同じくらい不思議なのは、
「……ここって、どれくらい発達してる世界なの? さっきの害獣駆除? の時とは違って、戦士風の人とか、魔法使い風の人とか、町中には全然いない気がする」
「いいところに気付かれましたね、このハイパティーロの文化レベルは、教科書的にいえば、現代にかなり近い近代です。市街で武器を携帯できるのは、王国兵士と一部貴族だけで、一般市民は自衛用の短剣程度しか持ち歩けません。倫理観もしっかりしてますし、治安もいいですよ」
「えー? だって、魔法がどうこうとか言ってたじゃない」
「この世界での魔力は、電気と同じようなものなんですよ。魔法使いは免許制で、上級者になればなるほど制限が課せられます。往来で攻撃魔法なんて使う人はいませんよ」
「免許制って……」
異世界と言えば、いわゆる中世ヨーロッパ風で、町中にはゲームみたいにいろいろな職業の人がいるのだと思っていた。確かに現実的なのだろうが、夢がないことこの上ない。
「それに、魔法が使えない一般市民でも、通話機での遠距離交信や、簡易魔力灯を使うことができます。宿のお部屋で、電話に似たものや、ライトに似たものがありましたよね?」
「え? あれ魔法で動いてるの?」
「そうですよ?」
そういえば、通話機は魔法陣に反応して通話先を判断する、ようなことを言っていたが、灯りや電話機そのものが魔法で動くとは思わなかった。相談所にあるパソコンのようなものや、自動ドアのようなものも、電気ではなく魔法技術の賜なのだろう。
話しているうちに、目的の場所に着いてしまったらしい。
店のたたずまいを見て、和美はまた目をしばたたかせた。
レトロな西洋映画風の町並みの中に、木造の和風建築物が建っている。入り口の紺色ののれんには白い字で「堂月桜 処事食」と書かれていた。
思わず周囲を見回してしまったが、町中の看板や掲示物は、和美の読めない文字で溢れている。ここだけが、日本語だ。
店先に貼られたメニューは、この国の文字と日本語が併記されている。それも、外人が翻訳サイトを見ながら書いたようなちぐはぐなものではない。明らかにこれを書いたのは日本人だ。
「ここって……」
「お蕎麦やさんです」
「お蕎麦ぁ?! 異世界でしょ?!」
「いろいろな文化が混ざり合ってるって言ったじゃないですか」
「それは判るけど、蕎麦って日本にしかないんじゃないの?」
「あら、確かタスマニアでも栽培されてたはずですよ」
なぜこの人はそういうことに詳しいのだ。かなたはくすりと笑うと、
「日本人がよく知っている種類の蕎麦とは、厳密には違うようですけどね。お蕎麦としか言いようがないので、そう呼んでいます」
確かにメニューに書かれているのも、蕎麦とうどん関係のものばかりだ。それもやたら達筆で、毛筆で書いたような字体だ。
「店主さんが、和美さんと同じように、巻きこまれ召喚にあった方なんですよ。まぁ、詳しい話は食べながらにしませんか」
言いながら、雲居が扉を開くと、
「らっしゃい!」
威勢のいい男の声が、店の中から飛んできた。
典型的な蕎麦屋の内装だ。細長い店内の右側が座敷、左側がテーブル席、奥にカウンターがあって、その更に奥に厨房があるのが判る。席は半分ほど埋まっていた。
座敷では子ども連れのドワーフの家族が天ぷらの盛られた皿を囲んでうどんを食べ、サラリーマン風の獣人と牛の角を持った魔神が向かい合って蕎麦をすすっていた。揚げ物のふわりと香ばしい匂いが和美の胃をくすぐる。
カウンターの向こうの厨房から顔をのぞかせた中年の男が、かなたの顔を見て目じりにしわを寄せた。
「お、雲居ちゃんじゃないか! なんだい、仕事はさぼって友達とお茶かい」
「もう、
「こりゃまた随分かわいいのが来たなぁ」
遠慮のない豪快な声に、和美はどう返事をすればいいのか判らず黙り込んだ。
自分の父親よりもまだ年上のようなその男は、確かに背も高く、体格もいい。トレーニングジムにでも通っていそうな筋肉なのが、作務衣に前掛け姿でもよく判る。
「お客さんならあれかい、いつもの」
「はい、いつものでお願いします!」
「あいよ! 天ざる二丁!」
店主は元気よく声をあげて、厨房に引っ込んだ。
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