桜月堂 高野のケース:1
「そっちに行くよー、緩衝魔法かけたからあとはよろしくー」
「貴様も少しは体を動かせ!」
「えー、魔法って割と精神力食うんだよー」
木漏れ日の差す爽やかな森の中に、ルドラの脳天気な声とサーシャの怒鳴り声が響く。一緒に聞こえる複数の獣の足音は、森の中を軽やかに移動する鹿の群れ……などではなく、ルドラの閃光魔法に追い立てられたサーベラスの一団だ。一つの体に二つか三つの首を持つ、犬に似た化け物である。
追い立てるルドラも、立ちはだかるサーシャも、いつもと同じスーツ姿だ。ルドラなど手ぶらのままだが、今のサーシャはその両手に、多少湾曲した細身の剣を逆手に持っている。よく言う二刀流の構えだ。
幾手をふさがれ、一番大きな個体を先頭にして、サーベラスの群れがうなり声を上げながらサーシャに突進してくる。サーシャは軽く前のめりに地を蹴り、群れとすれ違いざま両手の剣を一閃させた。
光の筋が周囲の空気ごとサーベラスの群れを一気に吹き飛ばす。どう猛な見た目からは想像も付かない甲高い悲鳴を上げて、サーベラスの群れが宙に舞う。
熟れた果物のように地に落ちてきたサーベラスたちは、ことごとく目を回してひっくり返ったままだ。
小さな子どものようにリカルドの背に隠れ、その光景を眺めていた和美は、あまりの手際の良さに声も出ない。早回しの映像を見ているようで、まったくサーシャの動きを把握できなかった。
「お見事です、サーシャさん」
「すごい……アニメの戦闘シーンみたい」
「ちょっとー。あの勢いでサーシャが突進しても獲物がミンチにならないのは、僕の努力の賜だよー。僕も褒めてよー」
率直に賞賛するリカルドと和美に、ルドラが不満そうに声を上げる。
朝起きて、とりあえず食堂でモーニングを食べていた和美を迎えに来たのは、かなたではなくリカルドだった。
ルドラが言っていた『市壁の外を見る』いいチャンスなのでと誘われてきてみたら、今日は都市を取り囲む壁の外側で『害獣駆除』が行われるのだという。
町中では建物が多くてよく見えなかったが、少し中心部を外れると、都市を取り囲む市壁の規模が判ってくるようになった。一番高いところでも、五階建てのビルくらいの高さはある。
それもただの壁ではなく、屋上に当たる部分に人が通れるだけの通路があるようだった。中世風ファンタジーアニメなんかだと、ああいう壁の上で、兵士が敵に矢を射ったり、よじ登ってくる敵相手に石や油を落としたりする。あの市壁もそういう構造になっているのだろう。
連れて行かれた来たゲートの周辺では、既に手続きを済ませた参加者が、外に出るための列を作っていた。一見、大きなマラソン大会でスタートを待つ群衆のようにも見えるが、スタイルはとても多様だ。
ハンチング帽にスリーピースの英国紳士の狐狩り風な服装の者もいれば、『ひと狩り行こうぜ!』という感じの、いかにもファンタジーRPGのパーティーですという集団。かと思えば、柔道や拳法の合宿を思わせるような、同じ拳法着姿の一団もある。しかも種族が多様なので、コスプレのイベントのようにも見えた。
ゲート近くで、先に並んでいたルドラとサーシャに合流し、簡単な参加手続きを済ませて市壁の外に出たら、もうこうれである。外に出たほかのチームも、互いに距離をとりながら、『害獣』の駆除に精を出していた。
「町中には、人間に近い種族しかいなかったと思うけど、外にはいきなりこんなのがいるの……?!」
「召喚ゲートに巻きこまれてやってくるのは、人間や亜人だけではないんですよ」
ひっくり返ったサーベラスの尻尾やら足首やらを掴んで、ルドラとサーシャが一カ所に積み上げている。それを眺めながら、リカルドは説明した。
「人間や亜人は自動的に、転移中継フィールドに拾われて、町の中に何カ所かある魔方陣に振り分けられます。でも、そうした人たちが連れていた動物や、転送直前に戦っていたモンスターなんかが巻きこまれていた場合、町の外にはじかれてしまうんです。だいたいは元々棲んでいるモンスターに捕食されたり、餌が手に入れられなくて死んでしまったりするようなんですけど、生命力の強い種は、まれに適応して繁殖してしまうことがあるんです」
「こんな所にも外来種問題が……」
「そうですね、異界の動物の体についていた植物の種が落ちて、繁殖してしまうこともあります。こうした害獣の駆除は、郊外に棲んでいる生き物の調査も兼ねてるんですよ」
「説明はいいから、リカルドも手伝ってよー。こいつらまとめて占有結界に入れるから」
ルドラにぶつぶつ言われて苦笑いしながら、リカルドが和美から数歩離れた、その時だ。
頭上で大きな羽ばたきの音と、木立が揺れる音がして、和美は反射的に顔を上げた。
雲の少ない空を背に、大きな鳥の影がふたつ、自分に向かって急降下しようとしている。
いや、鳥ではない。鷹やワシを思わせる猛禽類の体に、うつろな目をした人間の顔がついているのだ。
動くこともできず立ちすくむ和美の頭を、鋭いかぎ爪で鷲づかみにしようと、二つの生き物は奇声を上げながら突っ込んでくる。慌ててリカルドが割って入ろうとするのが見えたが、どうにも間に合わない。
その二匹の鳥の額を、一条の光が貫いた。
翼の動きが止まり、二匹の鳥は落下の勢いだけを保ったまま和美の目の前の地面にぼとりと落ちた。額には、光の筋が突き刺さったままだ。
「待たせたね」
声の方向に振り返ると、二の腕ほどの長さのクロスボウを片手に持った、金髪ショートのナイスガイが、爽やかなな笑顔で木立の陰から現れた。
鍛え上げられた体を強調するかのようなぱつぱつのTシャツにデニムの上下、腰にはホルスターをぶら下げて、一見アメリカ映画の諜報部員のようなイメージなのだが、背中には天使のような二対四枚の豪華な翼を背負っている。
「リカルドも一緒なのになにをやってるんだい。君らしくないよ?」
「すみません、シャムハザさん」
「って、ずいぶんいいタイミングじゃない? 陰で出番待ってたんじゃないの?」
反省した様子のリカルドの後ろで、ルドラが疑わしそうに半眼で目をつり上げている。
「そんなことはないよ。今出て行ったらサーシャの見せ場を邪魔してしまうと思って、少し様子を見ていただけさ」
「同じだよ同じ!」
シャムハザはすました顔で答え、右手に持っているクロスボウごと軽く手首を振った。展開していた弓や弓床やはあっというまに小さく折りたたまれ、拳銃くらいの短さになったそれを、鮮やかにホルスターにしまい込む。
なるほど、あれは拳銃を納めるのではなく、クロスボウのためのものらしい。ということは、さっきの鳥の額に刺さっているのは、クロスボウの矢のようだ。
「タナカカズミくんだね。かなたから話は聞いているよ。怪我はなかったかい?」
「あ、はぁ、ありがとうございます……」
爽やかに微笑まれ、和美は気の抜けた顔で頷いた。背中に大きな翼があるから、この人もただの人間ではないようだが、鳥人という感じでもないし、種族がよく判らない。
「今日は休みだと聞いていたが、何をしに来たのだ?」
「昨日の夜に顔を出したら、かなたから彼女の話を聞いてね。二度も『偶然』飛ばされてくる客なんて初めてだろう、どんな人物か、ぜひ会っておきたかったのさ」
「こ、このひとも相談所の?」
あそこは『旅行相談所』ではないのか。どうしてこんな戦闘員みたいなスタッフがいるのだろう。
「ボクは現地調査員のシャムハザだ。訪問予定の旅行先の治安や自然環境を調査するためのスタッフさ」
「はぁ……」
「ちなみに、天使っぽいんじゃなくて、本物の天使だからね」
「て、天使?」
じゃああのクロスボウは、キューピットの弓矢のようなものなのだろうか。恋の橋渡しのためというよりは、どう見ても物理攻撃のためのものにしか見えないが。
目を白黒させている和美を見て、シャムハザは不可解そうにリカルドに目を向けた。
「……かなたの国の人間は、ほかの亜人には理解が深いのに、どうして天使だけは半信半疑になるんだろう?」
「たぶん、文化的になじみがないんだと思うんですが……」
「いいからその二匹も早く持ってきてよ。占有結界張るから!」
「あ、はいはい」
ルドラにせかされ、リカルドは地に落ちた二匹の鳥をつまむように持ち上げ、サーベラスのの山の上に積み上げた。
ルドラがはスーツの内ポケットから棒状の青い宝石のようなものを取り出し、積み上げたモンスターたち上に放り投げた。すぐにその場の地面に中心に、青白い魔方陣が浮き上がり、半球形の青白い光がサーベラス達を覆った。
「……これは?」
「僕たちが捕まえたっていう、目印みたいなものだよ。一度発動すると、石を使った人と、解除呪文を知ってる人にしか、この結界に入れなくなるんだ」
「へぇ……」
「駆除作業が終わると、王国側のスタッフがモンスターを回収して、処分した後の収益を配分してくれるんです。事前にこの石を買っておけば、捕まえた獲物を持って歩かなくてすむんですよ。殲滅スピードが速いアタッカーがいるチームには、とても重宝します」
どうやらシステム的にはわりと確立されているイベントらしい。
ルドラが結界を張り終わると、サーシャを先頭に、一行は次の獲物を探すために移動を始めた。和美の横を歩くリカルドが、
「この害獣駆除も、最近は月二回開催されてますから、それほど大きな個体はあまり見なくなりました。昔はそれこそ、ひとの四倍くらいはあるグリズリーとか普通に見ましたよ」
「グリズリーって、熊?!」
「熊に似たモンスターですね。大きいから、一枚の毛皮で一部屋分の敷物になったりしてとても高値で売れたんですけど、今見るのはせいぜい人の二倍くらいでしょうか」
「へ、へぇ……」
どうやら狩るのが大変だった、という話ではないらしい。そういうものが脅威ではない境地に、この人達……というかこの亜人達はいるのだろう。半分感心していたのだが、
「そういえば、かなたを拾ったのも、こんな林の中だったねぇ」
少し先行して油断なく周囲を伺うサーシャとは対照的に、散歩でもしているような顔で歩きながら、ルドラがのんびりと声を上げた。シャムハザが頷く。
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