石井誠のケース :5
「……あまり、お役に立てなくてごめんなさい」
転移ゲートのある床の上に誠が立つと、少し離れた場所でリカルドと並んだかなたが、小さく頭を下げた。
「いえ、いい経験になりました」
「そう言って頂けてよかったです……」
リカルドが少し肩身が狭そうに息をつく。
誠が帰ると決めたとなると、サーシャはもう関心を失った様子でパソコンモニターらしいものの前での作業に戻り、こちらに目も向けない。ルドラはと言えば、誠と目があっても、椅子に座ったままひらひら手を振っているだけだ。
「あの、誠さんがここから現れたとき、勘違いとはいえ、私を助けようと駆け寄ってきてくれましたよね」
「あ、ああ……」
かなたの言葉に、誠はもごもごと頷いた。
ごつくて大柄な獣人に、小さな人間の女の子が抱えられていたのを目にして、反射的に体が動いたのだ。こうしてリカルドの人柄を知った今では、思い出すのも気恥ずかしい。
「いまどきの日本の若者で、あんな風にとっさに動ける人は少ないと思います。人のために行動できるその心意気、今より剣道で強くなっても忘れないでくださいね」
かなたは、彼らの世界の強い弱いという基準でではなく、誠の持っている気質そのものを評価してくれているのだ。
うまい言葉が思いつかず、誠は背筋を伸ばし、深く礼をした。その足元で、魔法陣が光を放ち始めた。
「なんかいい話っぽくまとまっちゃってるけどさぁ」
どけたテーブルや椅子を元に戻すかなたとリカルドを眺め、ルドラが椅子に座ったまま息をついた。
「あの人間をサーシャがいじめただけで終わっちゃったけど、今回のは相談実績になるの?」
「誰もいじめてなどおらぬ!」
「自分の実力を自覚した上で、あのお客様が帰ることを選択したのなら、相談を請け負ったって事でいいんじゃないですか……?」
「そうですよね! 一応、報告書をまとめておきます! あ、でもその前に!」
明るく答えたかなたは、はっとした様子で壁に目を向けた。
「あのポスター、ちゃんと貼り直さなきゃ!」
「だからそれはシャムハザが戻ったらやらせなよー。今の客だって全然気付いてなかったじゃない」
「そうはいかないですよ! やっぱりわたしじゃ届かないから、ルドラさんお願いします!」
「だから僕は雄に担がれる趣味はないってばー」
※
高梨が姿を消していたのは、実質二週間ほどだったと思う。
大人達は大騒ぎしていたようだが、ちょうど夏休みに入ったことで、高梨失踪の噂は生徒の間にはあまり広まらなかった。
夏休み半ばに、部活動で久しぶりに顔を合わせた高梨は、左腕を三角巾で吊し、頭に包帯を巻いていたが、元気そうだった。
「いや、ちょっと早めに父親の田舎に遊びに行ったら、バイクにぶつけられちゃってさ。腕にヒビが入ってるだけなんだけど、頭を打ってるからちゃんと検査しろって、無理矢理入院させられてたんだよ」
高梨は、心配する周囲に、笑い話のようにそう話していた。
実際、周囲にそれを疑う理由はなかった。誠はその場では何も言わなかった。
ただ高梨は、召喚される現場に誠が居合わせたのを覚えているらしい。帰りがけに、本当のところはどうだったんだと誠に問われ、
「おれ、実は異世界に召喚されてたんだ」
高梨は冗談めかして答えた。
「勇者様にならないかって言われてホイホイ行ってみたら、あちこちの世界から同じように人を集めて、使い捨ての軍隊みたいにするつもりだったみたいなんだ。頭に来たから、同じように召喚された奴等と一緒に反乱を起こして、むかつく王様と魔法使いをボコボコにして、こうやって帰してもらったんだ。……って言ったら笑う?」
なるほど、自在に異世界から人を喚べるとなると、そういう使い方をする者もいるわけだ。
誠は首を振った。
「俺も、お前が召喚される力に巻きこまれて、別の異世界に行ってたんだよ。そこで、エルフの女騎士とか獣人とかに、腕試ししてもらってた……って言ったら笑う?」
「……へぇ?」
「で、その女騎士に、基礎はできてるけど訓練が足りないって言われてさ。こっちに戻ってから、市営のジムでトレーニングメニュー組んでもらって、夏休みの間は毎日通ってるんだ。……そうだ、お前の行ってる道場、紹介してくれないか。お前が怪我を治す前に、追い越してやるよ」
「なんだよ、おれよりもずっといいところに行ってたみたいだなぁ」
二週間前より、顔つきも体つきもいくらかしっかりしてきた誠に気づき、高梨は嬉しそうに笑顔を見せた。
「お前、筋はいいのにさぼってばっかりだから、もったいないなと思ってたんだよ。いいよ、紹介してやるよ。今日の帰りにマックでおごってくれれば」
「いきなりさぼらせる気かよ!」
「ライバルの足を引っ張るのは当然だろ。ついでに、どういう世界に行ってきたのか教えてくれよ」
どうやら、いない間のことを誠には話せそうなのが嬉しいらしい。
しょうがないなと思いながらも、自分の経験を共有できる相手が戻ってきたことに、誠も思わず笑みを漏らした。
<第二話・石井誠のケース 了>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます