勇者様として異世界に喚ばれたがいろいろとおかしい:石井誠のケース
石井誠のケース :1
結局、ただの引き立て役で終わってしまった。
剣道袴姿のまま体育館を出た石井誠は、苦々しい気分で今の試合を振り返った。
顧問同士が知り合いとかで、組まれた剣道部の親善試合。
気楽にやろうということで、くじ引きで決めるトーナメント形式だったが、誠は運悪く、相手校で一番強い選手と初回から当たってしまった。
なんとか団体戦に出られる程度の実力の誠だが、今回は会場が相手校の体育館だったこともあって、調子が出ずにぼろ負けしてしまった。
試合に負けるだけなら、まだいい。
自分の後に当たった味方の高梨が、鮮やかに誠の仇を討ってしまったのだ。
中学の時からメジャーな大会を軒並み制覇してきた高梨は、相手校でも有名だったらしく、結局親善試合は高梨の独壇場で終わってしまった。
解散と言われた後も、高梨を囲んでみんな盛り上がっている。
気の抜けた思いで自分の荷物を抱え、袋に入れた竹刀片手に、誠は静かに体育館を出てきたのだ。
中学の頃からそうだった。
誠もそこそこ強いはずなのだが、高梨は常に頭二つ分くらい飛び抜けている。
大事な場面はいつも高梨がさらっていってしまう。
きっと、高校を卒業するまでずっとそうなのだろう。いつもいつも、高梨に頭を押さえつけられているようで、日々の努力すら無駄に思える。
一度でいいから、ラノベの主人公みたいに、現れる敵を一人で鮮やかに片付けるような事をしてみたいものだった。
「……なんだよ、一人で先に抜けだすなんてずるいぞ」
バス停のベンチにバッグを置き、駅へ向かうバスを待っていると、誠と同じ剣道袴姿の高梨が、荷物を抱えて小走りに追いかけてきた。ほかには誰もいない。
「高梨こそ、終わったら先生の奢りでファミレスに行くって言ってなかった? お前がいないと話にならないんじゃないか」
「おれは午後は道場に行くって言ってあるよ。次のバスに乗らないと間に合わないからって、飛び出してきた」
高梨はにやりと笑った。
部活には欠かさず顔を出すだけでなく、高梨は週に二回、地元の道場で稽古をつけてもらっている。それもない日は、市営のトレーニングジムに通っているという話だった。
誠も何度か誘われたが、高梨と一緒では周りに比較されるだけなので、いつも断っている。
「その……今日は残念だったな」
手持ちぶさたに時刻表を眺めている誠の横顔に、高梨が笑いかけた。
「幾ら親善試合でも、トーナメントがくじ引きとかないよな。お前が最初に当たった奴、三年だったろ」
「あ、ああ……」
どうやら、励ましてくれようとしているらしい。
高梨は、いい奴だけに始末が悪かった。
中学の一時期、やる気がなくなって部活をさぼりがちになった誠を、一番に気にかけてくれていたのも高梨だった。
自分は剣道一辺倒で、遊びにはつきあいが悪いのに、放課後に誠が帰り支度を始めようとすると、めざとく声をかけて引き留めることもざらだった。
悪意のないのが判っているだけに、お前も原因だ、などと言うに言えない。
こいつがもう少し人並みだったら、気楽につきあえたんだと思う。
「やっぱりさ、試合なんだから出る方も楽しめるようにしてくれないと困るよな。先生同士が知り合いらしいけど、やっつけすぎだよ」
そういうお前は全勝だったじゃないか。
それとも、弱い相手に楽々勝つよりも、実力の近い者とやり合った方が面白い、ということなのか。
贅沢だよな。誠は内心毒づいた。高梨はそのまま、今日の対戦相手の動きについてあれこれ話始めた。
バス、早く来ないかな。
うわの空で聞いていた誠は、ふと眩しさを感じて地面に目を向けた。
太陽の角度が変わって照り返しがきつくなったのかと一瞬思ったが、そうではなかった。
なんの予兆もなく、足元に光の文字と円、いくつかの三角形で形作られた図形が描かれ始めたのだ。
「な……なんだこれ?」
バス会社の新手の集客作戦だろうか。そんなわけはない。
高梨も驚いた様子で、次第に強くなる光の図形を凝視している。
『勇者よ……目覚めよ』
「はぁ?」
同時に、頭の中に不思議な声が割り込んできて、誠は間抜けな声を上げた。
『目覚めよ、選ばれし勇者……。我が世界はお前を必要としている』
これは、ラノベなんかでよく見る異世界召喚という奴だろうか。
頭の中に響く声に、問い返す余裕はなかった。足元の図形がひときわ大きく光を放ち、二人はその中に飲み込まれた。
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