平凡な女子高生の私が異世界召喚されたらやっぱり平凡だった件:田中和美のケース

田中和美のケース: 1 

 駅から家への帰り道。

 本屋のロゴ入り紙カバーを掛けられた文庫本を抱え、田中たなか和美かずみは緩みそうな頬の筋肉をなんとか押さえつつ、書店兼レンタルDVDショップから外に出た。

 いまどき本なんて、ネットの事前予約でも買えるけど、郵便受けに自分宛の荷物が投函されていると、母親がうるさい。読む前から気が滅入ってしまう。

 今日は、ずっと続巻を待っていたライトノベルの発売日なのだ。

 平凡な高校生がある日突然異世界に召喚され、謎のチートスキルを手に入れて無双する、今はやりのものだ。主人公は男の子だけど、脇役がかわいかったりかっこよかったりで、近々アニメ化も噂されている人気の作品だ。周りでもそこそこ読んでいる人がいるから、友達とも話題に出来る。

 普段はクラスの女子と無難にまとまって、男子ともそこそこやりとりできるけど、かといって積極的に自分をアピールしたり、突出しようとは思わない。そんなことをしたら、周りからの攻撃の対象になってしまう。窮屈だけど、目立たないように、おちこぼれないように、平凡に過ごしていれば、穏やかに生活できる。

 このまま無難に過ごして、無難に卒業して、親の小言も無難にやり過ごしていければいい。その合間の息抜きに、好きな本を読んでるだけなんだからいいじゃない。

 今この瞬間にでも異世界に召喚なんかされちゃったりして、ほかの人がもてない強力なスキルなんか貰って、かっこよく活躍してちやほやされて――なんて、ちょっと夢見るくらい、いいじゃない。


 そんなことをぼんやり考えながら歩いていた和美は、大通りの信号機に引っかかって足を止めた。

 いつもは車通りも、人通りも多いのに、今日はなんだか静かだった。車も来ない中、別の誰かが信号が代わるのを待っている。同じ学校の制服姿の女の子、ひとりだけだ。車どおりがない時は、赤信号など無視して渡ってしまうのだが、さすがに追い越して渡るのをためらってしまった。

 見覚えのある子だった。同じ学年の、別のクラスの子だ。男子達が、窓から姿を見るたびに顔を輝かせて噂話をする、確かテニス部の人気生徒だ。

 背の高さも、姿勢の良さも、顔の作りも、和美など敵わない。和美は横に並ばないように、数歩下がって立ち止まった。

 彼女は、和美とおなじ同じ本屋のロゴの書かれた紙袋を抱えている。

 なんだ、この子もあの本目当てか、と思ったが、袋の大きさも厚みも違う。入っているのは参考書の類のようだ。

 そういえば、彼女は成績もいいらしい。美人で、スポーツができて、成績もよくて周りに人気があるだなんて、それこそラノベの登場人物みたいだ。

 和美にそれとなく観察されているのも気がつかない様子で、彼女は信号待ちの間も爽やかに佇んでいる。

 こういう子こそ、異世界にでも召喚されてくれればいいのに。軽い妬みからの理不尽な思いがふとよぎった、その瞬間だった。

 自分たちの立っている周囲の地面に、突然青白い光の円が描かれ始めたのだ。

 円の外側には、象形文字を思わせる謎の文字まである。和美の側に立つ少女もさすがに驚いた様子で、呆然と自分の足元に目を向けている。

 これは――さんざん読んだ異世界召喚という奴!?

 驚きを通り越して妙に冷静になってしまった和美は、次に目の前に現れる光景を想像し、抱えていた本をぎゅっと抱きしめた。

 魔導師が召喚の儀式を行う魔法陣の中か、あるいは玉座に座る王様の目の前か、それとも自分を使い魔にしようという美青年か。

 周囲の光景は一瞬で白い闇に溶け、和美の目に前に現れたのは――

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