第4話
時間と言うのは過ぎるのが早い。それは歳を重ねれば重ねるほどよくわかってくる。過ぎる前は一週間もあるんだから大丈夫大丈夫、と思うが経ってみたら、あれ、もう一週間?早くない?と言う現象に陥るという事だ。本当、一週間って短い。
つまり、何が言いたいのかと言うと、今日がその期日だって事だ。
それなのに俺は全くそれが出来ていない。
「はぁー」
夕焼けに彩られた廊下をため息をつきながら歩く。時刻は十六時過ぎ。
俺の左手に少しクシャクシャになった紙は文化祭で企画を出すために必要な企画申請書。その企画申請書を書くために落ち着いて書けて、俺が分からない所を教えてくれる委員長がいる部屋へ向かうため歩いている。
「はぁー」
もう一度ため息が出る。
この企画申請書は今日の十七時までに文化祭実行委員会に出すために必要な書類なのだ。この紙を出さなければ我がクラスは文化祭で企画を出すことが出来ない。俺はその一週間前に配られた紙をすっかり忘れてバッグの中に放り込んで忘れていたのだ。
それが、この紙がクシャクシャになった原因。ほんとさっさと片付けなければ。
それなら別に教室でやってもいいではないか。別にわざわざ部屋まで行く必要も特にないと思うだろう。俺だってそう思う。教室には人だって何人か残っているのだからわからない所はその人から聞けばいい。
なら、何故わざわざ行くのか。はっきり言ってこの企画申請書は口実だ。確かに今日中だがそれ以上に俺には大事なことがあるのだ。
今日も四ノ原市で一人の女性が死亡した。
今日も苑宮は恐怖に満ちた顔色をしていた。
俺にはこの二つに何か共通点があるのではと疑ってしょうがない。
そうして歩いている間にこの学校で一番辺境の地にある部屋の前に着いた。
「はいるぞー」
二回コンコン、とノックしてドアを開いて、部屋の中に入った。その瞬間だった。何かが、俺の身体にぶつかってきた。
「へ、ちょっ」
ぶつかってきた衝撃で、そのまま後ろのドアに身体を思いっきりぶつけて、ずるずるとそのまま床に座った。
ぶつかってきたのは苑宮だった。
「おい、何している」
ぶつかってきた苑宮は腕を俺の腰の所から後ろに持っていき制服を思いっきりつかみ、顔を俺の制服に埋めた。さながら抱き着いてるような格好だ。
「ちょっ、お前ほんと何してるの」
俺は抱き着いてきた苑宮を離そうとした。
「……お願い。少しこのままにさせて……」
苑宮は擦り切れてしまいそうな声で懇願した。こんな声を出す苑宮は初めてだ。
俺は離そうとした手を地面にだらりとたらし、背中をドアにつけ、上を向いた。
「はぁーあ」
ここ最近だと一番大きなため息が出た。
あーぁ、この野郎
結局あの後十分ぐらいあの体制でいると、苑宮は立ち上がり、「それじゃぁ」と言うと帰って行った。その時に見せた顔が少し気に入らなかった。
~
「失礼しました」
一言いい文化祭実行委員会がやっている教室から出た。
俺はあの後、速攻で企画申請書を書き、急いで文化祭実行委員会がやっている教室に行き、企画申請書を提出した。提出期限十分前だったが、俺のほかにも有志企画やクラス企画の申請書を出す人は結構いた。
出すもの出したので呑気にプラプラしていると下校時刻知らせる放送が鳴った。いつもなら六時半位に鳴る放送が五時になるとは誤報か、と思ったがよくよく考えると最近は殺人事件のせいで下校時刻が早まったのを思い出しさっさと帰るべく駐輪所に向かって歩いた。
廊下を歩き、階段を降り、生徒玄関で上履きから靴に変えて、生徒玄関から出た。生徒玄関には男女区別なくそれぞれに集まって話していた。
あるところは部活、またあるところは恋バナじみた物、さらにあるものはソシャゲやアニメの話、と色々集まっていた。俺はそれらをかわす様にして歩き、駐輪所に着いた。
駐輪所でも生徒玄関ほどではないにしろ色々と集まっていた。
俺は今日自分が止めた自転車を見つけ、自転車にまたがり乗っていった。
やはりと言うか、何と言うか、高校の近くは当然帰る生徒が多く、それがまた下り坂という事もあって、物凄く邪魔だ。マジで危ない。
そんな奴らを上手いぐわいに抜き去っていくと一つの信号が赤になり止まった。早く青になんねぇかな~、と思っていると後ろから俺の事を呼ぶ声がした。
「おーい!きーしーみーねー」
そんな声に一瞬驚き何事だと思い後ろを向くと、一人の少女がこちらに向かって下り坂を走ってきた。秋と言ってもそれなりに寒いはずなのにブレザーを羽織らず、長すぎない、短すぎないという長さのスカートで絶対防御しているはずなのに上に来ているワイシャツがスカートの中に入ってないせいで若干背徳的な雰囲気を醸し出しているくせに、それら全てを吹き飛ばす威力の笑顔と元気でそんな背徳的なんてものは遙か彼方だ。
「お、なんだ部活帰りか」
俺がそう赤城に尋ねると同時に赤城は思いっきり自転車の荷台の所に乗ってきた。
「しゅっぱぁーつ!」
自転車の後ろの荷台に座る赤城が大きな声でまっすぐ目の前を指した。指した方向は元から行こうとしていた道で信号は赤から青に変わっていた。
「一応言うが、二人乗りなんかやったことないからなぁっ!」
俺は重くなった自転車を上手く扱いきれずにゆっくりとゆらゆら走り始めた。
~
初めは重さに慣れずにゆらゆら蛇行していたが慣れというモノはすごく、五分も走ればそれなりに慣れてきた。
「そこ右に曲がってー」
「はいよっ」
俺は赤城の指示に従いながら重い自転車をゆっくり目に漕いでいた。
「あれ、お前家ってこっちなの?」
俺はちょっとしたことに疑問もち、赤城に質問した。
「いや、違うけど。あ、そこでストップ」
違うのかい。
ストップ、と言われ自転車を止めるとそこにあったのは一つのコンビニだった。
赤城は荷台から降り、「少し待ってて」と言うと小走りでコンビニの中に入っていった。そうして、待てと言われたからしょうがなく待っていると、一分位してコンビニからレジ袋を持って出て来た。
「はい」
赤城から差し出されたのは湯気が出て熱そうな肉まんだった。
「お、サンキュー」
肉まんを受け取り、噛り付くと中から少量の肉汁が出てきて、それと共に熱さが口の中に広まった。
「熱っ!」
その熱さに驚いて声が出てしまった。マジで熱い。
「そりゃあ肉まんなんだから熱いに決まってんじゃん。―――熱っ!」
「プッ」
俺に指摘した赤城が笑いながら肉まんを食べて俺と同じ事をしたことに少し笑ってしまった。
「笑うなー」
笑いを押さえようとしたが出来ずに口から洩れてしまった。
その場で数分どうでもいいような話をして、俺と赤城は帰路に着いた。
~
俺と赤城は肉まんを食べた後、また同じように赤城を後ろの荷台にのせ、再び走り始めた。
「私、ここまででいいや」
赤城は後ろの荷台から降りた。
少し大きな通りを自転車で走っていると一つの信号にぶつかり、そこで赤城は降りた。
「ここまででいいのか?」
俺的にはここまで来たから別に最後まで行っても全然良かったのに。
「うん。ここまででいいや。それじゃ、ありがとね」
「おお、じゃあな」
信号は赤から青に変わり、赤城はこっちに向かって手を振ってきたので振り替えしたら満足げな顔をして走り去っていった。
赤城が渡るとちょうど青から赤に変わった。もう、遠くまで行っていた赤城を見送って帰ろうと思い、青になっている横の信号を渡ろうとした瞬間だった。
「おーい!」
何事だと思い声が聞こえた方を向いてみると、ついさっきまで遠くにいた赤城が道路を渡った先にいた。
「なんだよー」
俺は若干多きい声を出して、赤城に問いかけた。
「一つ言う事を忘れた!」
「何を―?」
すると、赤城は一回間を置いて、言い始めた。
「これから―!―――」
その聞こえないような小さい声に耳を傾けながら聞いている、その時だった。大きな音を吐き出しながら一つのトラックが俺と赤城の間を通った。
「―――、気を付けてねー!」
そのせいで一番大事そうな所を聞き逃した。
「えー、なんだってー」
何と言ったのか聞こえなかったからもう一度聞こうとした時に今度は、三台ほど連続して自動車が通り過ぎていった。そのせいで、全然聞こえないのか赤城は小走りで走り去っていった。
「お、おーい、なんて言ったんだよーー」
俺の言葉は赤城には届かず、遥か彼方に赤城の影が見えていた。
~
赤城と別れ、そのまま家に帰って本読んだり、勉強をしたり、風呂に入って夕飯を食べて、また、本を読んだり、ソシャゲ、したりしていると時刻は深夜十一時を過ぎていた。
「んーん、明日も学校だし、そろそろ寝るか」
椅子に座りながら腕を伸ばして、欠伸をしていた。
寝るために部屋の電気を消し、ベッドへそのままダイブ。適当に布団を被り、寝ようと目をつぶると何か忘れてるな、と思った。
それでも、まぁいいか、と思ったがスッキリしなくて全然眠れなかった。
「何だっけなー」
頭をフル回転しながら、何を忘れたのか思い出そうとしているが全然思い出せない。アレでもない、コレでもない、ソレでもないと、布団を体に巻き付けていると、もう一時位なのではと言う錯覚に陥った。
ベッドの近くに置いてあるデジタル時計に明かりを付け、時刻を確認するとまだ零時も回っていなくて、十一時四十五分と示されていた。そして、時計の隅には十月三十日と印されていた。
「そういえば、あの人たちと会ってから一週間たったのか。……一週間?」
何だろう。何かが引っかかるぞ。何だ、何だっけ。嫌だわーこの感じ。取れそうで取れない的な、痒いところに腕が届かない様な、そんなやるせない気持ちで一杯一杯だ。
よし、一旦落ち着こう。一回深呼吸だ、深呼吸。せーの、ひっひっふー。今日は何日だ。そう三十日だ。あと、一週間もすれば文化祭だ。一週間とはつまり七日だ。
……七日ぁ?
「あっ」
あ、思い出した。思い出したぞ。
今日じゃん。来いと呼ばれたのは今日じゃん。
俺は勢いよく起き上がり、近くにあるデジタル時計に明かりを付けた。時刻はさっきから五分ほど進んでいて、十一時五十分を印していた。あ、五十一分になった。
デジタル時計をベッドの上にほっぽり、部屋の電気を付け、急いでクローゼットから、適当な長ズボンを取り出し、ハンガーに掛かっている長袖の羽織れるパーカーを羽織り、急いで俺のっぽい適当な靴を選び、靴下を履かずに靴を履いて、急いで家から出た。
~
俺は無我夢中で指定された公園に向かって走った。時計を持ってこなかったから間に合ったのかは分からないが、公園の入り口付近にはあの二人はいなかった。
数歩歩いて、入り口から公園の中に入って辺りを見回すが誰も居なかった。
俺は時間に間に合わなかった、と思ったその時だった。
「時間ぴったしだな」
突如、背後から一週間ぶりに聞く成人男性特有の声が聞こえた。一瞬ビクッと驚き背筋を伸ばし、恐る恐る後ろを向くとそこに居たのは寧々木さんと雪ノ瀬さんだった。
二人はゆっくりとこちらに歩いてきて、俺の前で立ち止まった。
「ここに来たという事は覚悟が決まったという事でいいんだな」
「………」
寧々木さんは真剣な目で俺に聞いた。だが、俺は直ぐに肯定も否定も出来なかった。
覚悟なんてものはこの七日間どれだけ考えても一つも決まらなかった。だから、否定は簡単に出来る。だけど、一つの風景が頭によぎる。
彼女の顔が脳裏を霞める。
走ってこの公園に向かってくるときも、今この状況ですら頭によぎるは彼女の顔。あの顔が気に食わない。見ていて物凄いむかついてくる。
あんな人生に絶望したような顔が、ソレでも周りには気づかれないように、演じ続けて周りに希望を渡している彼女が、俺は嫌いだ。
でも、だからと言って、覚悟は決まらない。いや、多分この問いは今の俺では何十、何百、何千、それこそ何万と言う時が過ぎても決まらないだろう。ただ、そこで永遠と足組をするだけだ。
だからこそ、そんな足組を永遠と繰り返しているからこそ決まったモノがある。
此れが今の彼女と関りが有るのかは分からない。でも、あの恐怖するような顔を位は取っ払いたい。
決意は決まった。
「―――覚悟は決まってないですけど、それでも、決意くらいは決まりました」
俺は目の前にいる寧々木さんを真っすぐ見て答えた。
「そうか」
寧々木さんはそれだけ言うと後ろを向き、公園の入り口まで歩き出した。
俺は寧々木さんの行動に気を取られていると寧々木さんはこちらを向いた。
「ほら、さっさと来い。仕事だ」
「え、あ、はい」
俺は寧々木さんに言われたとおり、後ろを付いていった。
そして、雪ノ瀬さんは気づいたら公園に居なかった。
~
ついて来いと言われ、寧々木さんの後ろを歩いて五分ほどたった時だった。
前から二つの明かりが静かな排気音と共に真っすぐこちらに向かってきた。横切るのかな、と思ってると寧々木さんの少し前でその明かりが急に止まった。明かりの正体はやっぱり、自動車だった。黒い普通車だった。
「ほら、お前も乗れ」
寧々木さんは後ろを向き、それだけ言うと助手席のドアを開け、中に入っていった。俺も言われたとおりに後ろのドアを開け、自動車に乗った。
座ってまず見たのは運転席だった。運転席にいたのは雪ノ瀬さんで、次に見たのは雪ノ瀬さんの横に座った寧々木さんだった。
「よろしくねぇー、岸峰君」
「よろしくお願いします」
挨拶をすると三人を乗せた自動車が走り出した。
走り出してから三分ほどすると住宅街から大通りに出た。昼とかならこの道には大量の自動車が排気ガスをまき散らしながら走っているが今この道を走っているのはコレだけだった。
「それで、もう少しでついちゃうけれど、寧々木から話は聞いた?」
誰も走らない道路の赤信号を律儀に守って止まっていると、雪ノ瀬さんがそんな事を言ってきた。
「いや、まだ何も話していない」
俺が喋ろうとしたのを止める様に寧々木さんが言葉を発した。
「何よ。まだ話してないの」
驚いたように少し大きな声で雪ノ瀬さんは言った。
「うるせぇなぁ、今から話そうと思ったんですー」
まるで男子中学生の様な返答を寧々木さんがした。
「はぁ、まあいいわ、今からするから」
雪ノ瀬さんは若干めんどくさそうに言うと、信号が赤から青に変わり車を発進させた。
「この会話はわかっていると思うけれど他言無用。親、友達、恋人、誰であろうが決して話してはダメ。わかった?」
「はい」
俺が雪ノ瀬さんの問いに返答すると小さく「よろしい」と言い言葉を続けた。
「あなたがこれからするのは、今この四ノ原市で起きている連続殺人事件の根絶。そして、これを起こした犯人の確保、もしくは犯人の除去」
「―――っ!」
俺はソレを聞いた瞬間頭から血の気が引いていくのが分かった。
事件の根絶、これは当たり前だ。犯人の確保、当たり前だ。
だが、犯人の除去。除去とは取り除くという事だ。つまり―――。
「犯人を殺す事もあるんですか……」
雪ノ瀬さんはいつも通りの声の大きさで、それでも静かに肯定をした。
寒くもないのに体中に鳥肌が出来ているのが分かった。
寧々木さんに助けられたあの時の事を思い出して吐き気を催した。ここが自動車の中ではなく公園とかなら間違いなく吐いていた。
あの時の事を思い出す。俺の目の前で倒れて赤いドロッとした液体を大量に出したのを見た時の事を、そしてその液体を足で踏んだ時の感触を、思い出してしまう。
何とか吐くのを我慢出来たけれど、ものすごくやつれたような気がして、何もやる気が起きない。
三分か、五分か、十分か、それ以上か、それ以下か分からないが俺はそれからずっと自動車の窓に頭をくっつけて放心状態になっていた。
そうしていると、いつの間にか入っていた住宅街で信号も無いのに止まった。角度的に見えない寧々木さんは分かんないが、運転席に座っている雪ノ瀬さんを横目で見ると雪ノ瀬さんは数十メートルほど離れた一つの民家を見ていた。
あの民家が目的地なのだろう。
すると、前の助手席のドアが開けられ、自動車から寧々木さんが出ていった。
まるでそれが合図と言うかのように雪ノ瀬さんは何処からともなく黒いノートパソコンを取り出し、何かパスワード的なのを打っていた。
寧々木さんは自動車から出るとゆっくりと歩いて、俺とは反対側の後部座席のドアを開けた。
俺の横にあるのは大きなゴルフバッグとどこにでもある様なアタッシュケースでどうやら寧々木さんはアタッシュケースを取るために開けたようだ。
寧々木さんはアタッシュケースを取り出すと前の運転席にいる雪ノ瀬さんを見た。
「今の所どうだ?」
「いえ、今の所反応なし」
寧々木さんは「そうか」と言うとアタッシュケースを開き、中からこの間使っていたモノと同じモノを取り出した。
ソレは拳銃と呼ばれているものだった。
「なっ!」
驚いてしまった。いやまぁ、この間も拳銃使っていたから驚くものでも無いのだろうけど、やっぱりすぐ近くで見ると驚いてしまう。
「ほれ」
「えっ」
またもや驚いてしまった。寧々木さんは俺に拳銃を渡してきたのだ。
「ほれ」
俺がうろたえて受け取らないでいると寧々木さんは俺の右手に無理矢理握らせた。
初めて触った拳銃は想像よりも重かった。俺も男だからエアガンくらいは買ったこともあるし、握ったこともある。でも、本物はそれ以上に重厚で荒々しい。でも、それなのに寡黙で物凄く頼りになりそうだった。
この拳銃、俺も良く知らないがこのグルグル回転できるところに弾を詰めるっぽいので多分リボルバーと言われる奴だろう。次元が使っていた拳銃にそっくりだ。
「それはナガンM1895と言うリボルバーだ。口径は7.62×38mmナガン弾。装弾出来るのが七発。本当は俺のみたいにリボルバーじゃない方がいいんだけど、今は予備の拳銃がそれだけだからこればっかしはしょうがない。ほれ、車から出ろ。来ないうちにさっさと使い方を教える」
俺は自動車から出る様に支持されたのでぐったりとした体に鞭を打ち、自動車から出た。
外に出ると辺りは近くにある街頭くらいしか明かりが無かった。出来るだけ気をつけながら寧々木さんの傍まで歩いた。
寧々木さんの傍まで歩くと右手で持っているナガン何とか言う拳銃を奪われた。
「いいか、まずこのシリンダーをこうやって外して、穴の中に弾を入れる。そしたらシリンダーを元の場所に戻し、引き金を引く。最後に、殻薬莢はシリンダーを外して、ここをこうして取り出す。ほれ、やってみろ」
寧々木さんは慣れた手つきで弾を装填して、また、装填した弾丸を慣れた手つきで取り出して俺にもう一回渡してきた。
俺は見様見真似で慣れない手つきで真似をした。のろのろと、遅くて装填に時間がかかった。
「まぁ、そんな感じだ。次は構え方だけど絶対拳銃は両手で持て。アニメやドラマだと片手で持ったりしているが慣れない奴がそんな事すると間違いなく、肩が取れる。だから両手で構えろ。足はちゃんと開く。お前右利きだろ。だから、右手で引き金を引く様にして、左手は下から添えるような感じで持つ。そうそうそんな感じ。後は、ちゃんと狙って撃つ。衝撃には覚悟しろよ」
俺は寧々木さんの指示通りに持ち、忠告を聞いた。
「あとは、ちょっと待ってろ……」
寧々木さんは自動車に戻り、「アレでもない、コレでもない」と何処かの青い狸っぽい猫の様な事を言いながら探し物をした。
「あったあった。ほれ」
そうして渡してきたのは弾がリボルバーと同じ様に装填されていた。丸くて、後ろの真ん中には持ち手があった。そのまとまりが五個ベルトにつけられて、渡された。
「いいか、これを使って再装填するときはシリンダーを外し、殻薬莢を全部出し、これを穴に入れて、ここにあるロックを外す。これで終了。おーけー?」
「おーけー」
大体わかった。後はこのベルトを俺の腰に巻き付けた。ズボンにベルトを通す穴がないのでベルトが落ちそうで少し心配だ。
「授業中すみませーん。あと五分もしない内に来そうなのでよろしく。あと、岸峰君には、はいこれ。ちゃんと右耳に入れといてね。それじゃ」
そう言い、小型のBluetoothみたいなのを渡された。多分通信機だろう。雪ノ瀬さんは俺に渡すと車を走らせて、まっすぐ何処かに行ってしまった。
「それじゃあ、俺は裏に行くからお前は表。がんばれ」
それだけ言うと、寧々木さんは走って行ってしまった。俺、銃の使い方教えてもらっただけなんだけど。
「あ、そうだ、そうだ一つ言い忘れた」
寧々木さんはこっちまで戻ってきた。
「いいか、今からくる奴らを人間だと思うな。精巧に作られた人形だ。お前は人を殺すのではなく、物を壊すだけだ。ソレを忘れるなよ」
俺の肩を持って暗示じみた事を言ってきた。いや、人形って……。でも、身体は少し楽になった。
いつの間にか寧々木さんは俺の目に前から消えていた。俺は通信機を右耳に入れて、拳銃を持ってない左手で自分の左頬を思いっきり叩いた。
「ふぅー」
心の準備は出来た。
~
時計が無いので分からないが、寧々木さんと別れてから五分くらいは立っただろう。が、この前の奴らは一向に来ない。
俺は電柱に隠れながら辺りを疑っていると風船でも割った様な音が辺りに響いた。銃声だ。
まさか、来たのか。今の銃声は?寧々木さんは無事か?こっちには来るのか?
今までよりも身体を丸めて電柱に隠れていた。心臓の鼓動が物凄く速いのが伝わってくる。身体が少し震えてるのが分かる。
落ち着け、一回落ち着け。深呼吸だ深呼吸。
吸って―、吐いて―。
吸って―、吐いて―。
吸って―、吐いて―。よし。
行ける行けるぞ。これから来る奴らは人形だ人形。人の形をして赤い液体が燃料の人形だ。
その時だった。鉄がするような音が辺りに響き渡った。俺の心臓はさっきよりも数段早くなり始めた。
来てる。奴はすぐそこに居る。やるんだ。あれは人形。アレは人形。アレハニンギョウ。
「ふぅーーー」
息を思いっきり吐きだし、飛び出そうとしたが、足がビクともしなかった。別に何かでくっついてる訳でもないのにビクともしなかった。
なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。なんで。動け。動け。動け。動け。動け。動け!アレハニンギョウ。アレハニンギョウ。アレハニンギョウ。アレハニンギョウ。アレハニンギョウ。アレハニンギョウ。
足を左腕で何回も何回も叩くが一向に動かな。
でも、それでも、鉄が思いっきり擦れる音は消えない。いや、むしろ近づいてきている。
このままで、どうする。決めたはずだろう決意を。ならばヤレ。動け。動けぇ。
「うあああぁぁぁぁあああああ!」
もう気合で何とか右足を前に出し、その調子で左足も前に出そうとしたが思い通りに動かず、まっすぐ地面に向かって倒れてしまった。
手を付くこともままならず、そのまま地面に倒れてしまったので体中が痛い。
畜生、めちゃくちゃ痛い。
倒れても右手には拳銃が握られている。ともかく早く立たねば!
「つっ!」
そう思い、前を見た瞬間、ソレはすぐそこまで来ていた。大体五十メートル位の距離だ。
早くやらなければ!
だが、その瞬間一つの影が俺を覆い隠す。前にもこんなことがあった。ほんの七日ぐらい前に経験した。
「っ!」
急いで振り向いた先にいたのはやっぱり前と同じ様に右手に持つ十字架の様な形をした斧を腕ごと高らかに持ち上げているソレだった。ましく、この前と同じだ。
だが、前と違う事が一つある。それは、俺にも対処すべき力を持っているという事だ。
一つの銃声が辺りに響いた。
「アッ!」
痛い。
反射だった。振り向いた瞬間ソレが目と鼻の先にいたから驚いて何の迷いもなく発砲できた。これが反射でなかったらきっと撃つことは出来なかっただろう。
でも、その分の代償はあった。右手だけで拳銃を持ち、銃弾を放ったことにより右腕が反動によって脱臼しかけた。
イテェ。物凄く痛い。
俺は左手で右肩を押さえて立ち上がりながら、目の前に転がるソレを見た。仰向けに倒れているが頭もすっぽりと被っているフードのせいで顔がよく見えないが、脳天に当たったみたいだ。だって、赤黒い液体は頭の辺りからこぼれているから。吐き気は自然と無かった。
一旦、落ち着こうと思ったが物凄いスピードで地面を削るかのような音が近づいてきた。
「なっ」
忘れてた。後ろの奴に気を取られすぎた。最初に見たのはこっちだったのに。
俺は拳銃をまた右手だけで持って構えながら、急いで振り向くが間に合わなかった。ソレはさっきの奴よりもすぐ近くまで接近していた。
身体の方が十字架の様な斧を持つ右腕よりも一歩前に近づいていた。近づきすぎていた。
俺が右腕に拳銃を持ち前に伸ばしていた腕が近づきすぎていたソレの頭に当たった。
「っ!」
思いっきり右腕がソレの頭に当たり、物凄い痛みが右腕を襲った。だが、その代わりにソレは右腕に当たった事で思いっきり吹き飛んでいった。
だけど、それでも右腕は骨が砕けたと思うくらい痛かった。
クソ痛い。なんだ、フードの下は鉄でも被ってんのか。あぁ、痛てぇ。
俺は右腕を擦りながらソレが飛ばされていった方を見る。
「……うわぁぁ」
ソレの姿を見て軽く引いてしまった。
ソレはすごい格好で倒れていた。家の塀と地面の隅に追いやられるように倒れていた。
手や足、それに身体なんて九十度回っていて上半身と下半身が別々の向きを向いている。しかも、頭に至っては百八十度回転して人間が曲げられる限界を間違いなく越している。一種のホラーだ。
「死んだな」
これは死んだな。これで死んでなかったら間違いなくバケモンだ。
「一発撃っておくか」
念には念だ、と思い、拳銃を哀れな姿に変化したソレに向ける。
さっき見たく右腕だけで撃つと反動が大きすぎるのでちゃんと左手を下から添えて、ちゃんと狙いを定める。これで上手くなるのかは知らないが、一応左目だけ閉じて狙いを定める。
引き金を引こう、と思った時だった。ソレの頭に被さっているフードが取れた。そのせいで引き金を引くのをためらった。
白かった。ただただ白かった。比喩などではなく白かった。比喩表現で白磁器のように白いとかあるがそういうのではない。本当に白いのだ。白磁器そのものとも言ってもいい。
頭部に付いているのは二つの目玉だけ。ガラス瓶の様な物の中に液体と一緒に目玉が二つ頭部に埋め込まれていた。それしかなかった。他に説明するものが無いとかではなく、単純にそれしかついてなかった。鼻も口も髪も髭も耳も黒子(ほくろ)もまつ毛も眉毛もついてなかった。本当に二つの目玉と目玉を別々に覆うガラス瓶の様な物の中に入っている何かの液体しかソレにはついてなかった。
そして、ソレは高く飛んだ。いや、正確には跳ねたと言える。一体どうやって跳ねたか、分からないがソレでも高く跳ねて、地面に降りた。
ソレの姿は異様だった。上半身は左腕だけでブリッジをして右腕は十字架の形をした斧を高らかに掲げ、下半身はブリッジをしていなくて、人間だと絶対不可能な姿をしていた。
そして、重力によりフードは少しはだけて身体が見えた。白かった。頭部と同じでやっぱり白い。肩や肘と言った関節の所には切れ目の様な物があった。多分、稼働範囲を広げるためだろう。
俺はついつい驚いてボーっとソレを見ていたがついついボーっとしすぎた。
「ツ!」
拳銃をずっと両手で持っていたからそのままソレに向けて照準を合わせて撃とうと、した瞬間ソレは横に跳ねた。その動きはまるで虫のようだった。
「クソがッ!」
ソレが右に行けばソレを追って右に照準を合わせ、左にまた行けば目で追って左に照準を合わせるが、ソレの動きが機敏で物凄く速くて目で追いつくのがやっとだ。
撃ちたくても相手が速くて狙いが定められない。まるで、バカにされてるようだ。こんちきしょうっ。
内心どれだけモヤモヤしようとアレが止まってくれることもなく、はっきり言って腹立たしい。
ちくしょう。このままやってても時間の無駄だ。
「あぁ、もうこんちきしょう!」
俺はむしゃくしゃしてソレに向かって銃弾を放った。片手で撃つ時よりも衝撃は少なかったが想像よりかは大きかった。
放った銃弾はまっすぐ飛びソレが居る所まで飛んでいったが、ソレは弾丸が着弾するよりも速く別の場所に跳んでいった。
「あぁ、もう。クソが!クソが!クソが!クソが!クソが!クソが!クソが!・・・チッ!」
俺はともかくソレが行った場所に所かまわず引き金を引き、銃弾を吐きだした。
シリンダーは俺が引き金を引くごとにカチカチ回っていったが、少しして銃弾が出なくなった。弾切れだ。
俺は急いでシリンダーから殻薬莢を出し、ベルトに付けられた替えの弾丸を取り、シリンダーに入れた。
そして、その瞬間背後から物凄いスピードで近づいてきているのが分かる。
俺は左足を軸にして、右足を宙に上げて、思いっきり回転して、右足を回し蹴りの要領で後ろから飛びかかってきているソレの頭部に当て、吹き飛ばした。
「ウっ、ラァッ!」
ソレはさっきと同じ様に塀と地面の隙間に追いやられた。
「じゃあな」
俺はそれだけ言うと両手で構え、狙いを定めてソレに向かって銃弾を七発全て放った。
甲高い銃声の名残が辺りから消えて俺が壊したソレを見るとソレはもう赤黒い液体を出す水道に成り下がっていた。
計算通りだ。
頬が緩む。
銃弾をすべて吐き出し、新しいのに取り換える数十秒。そのうちにアレは間違いなく背後から接近してきて十字架の様な斧で一刀両断するはずだ。背後と言うのは最も警戒しにくいところ、だから、背後から確実に奇襲を行う。
そこまでわかっているのならあとは簡単。アレが近づいてくるのに合わせ蹴りを入れる。もしタイミングが合わなくてもまっすぐ飛んでくるのだから拳銃で打ち抜けばいいのだ。
つまり、タイミングが合わなくてもこっちが振り向くのが早ければ何とかはなるのだ。
だけど、やっぱり―――
「―――難しいな」
おもっていたよりも自分自身物凄く慌てていて焦ったし、アレもアレで想像よりも速く殺しにかかってきてビックリした。
それに、加えて右足も物凄く痛い。なんだ、こいつは俺の右半身に怨みでもあるのか。
「それにしても疲れたな」
俺は近くの壁に寄りかかって一応、弾を新しいのに変えた。
けれども、この夜に敵が来る事は一度もなかった。
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