思考と手紙

よだか

思考と手紙

思考と手紙

「先生へ

先生、こんなかたちでお手紙をだすことになってしまい、申し訳ありません。せんせい、わたし、ずっと先生が何を考えていたのかが知りたかったのです。先生は私にずっと質問をしてきました。そして私は先生に智を求めました。先生、私はとても不思議でたまらなかったのです。本来あるべき先生とは。ずっと考えていました。


先生、私は世界が美しさで溢れていることを知っています。先生は世界の美しさを黒板に映し出します。私はその統制された美しさこそ自分が求めて止まないモノであると今初めて気づいたのです。


先生、先生はあの時、私を、わたくしを理解しようとしていたのですね。

ですが、その、先生の努力ですら私は」


はぁ、慣れないことは不慣れだな。どうしてもっと出来のいい頭に生まれなかったのだろうか。親が悪いと云うわけでもあるまいのに。

考えることを放棄してしまいたい。そんなことが頭の中をよぎる。なぜなのだろうか。こんなにも頭はせわしなくうごいているのに。本来の自らの思考を取り戻すことが出来ない。ならばと私は睡眠と云う名の逃避を決行することにした。パソコンの明かりが目を侵食していく。瞳が何やら伸縮している。そう感じた瞬間、私は眠ることを辞めた。

「はぁ」

ガタゴトと洗濯機のまわる音が静寂のなかの個を映し出すかのように、私という存在はあまりにもみじめだった。

パソコンの横には古ぼけた私の生活記録が無様に置かれていた。


あぁ、思考が心を侵食していくのが気持ち悪い。吐き気がする。そうだ、吐いてしまおう。

そうして私は眠ることで個々の声を封じることに成功した。


「届きませんでした。響きませんでした。むしろその響きすら滑稽だと感じてしまったのです。」

苦手だ。自分の心をみるのは。こんなにも、どす黒くて怠惰で阿保な脳みそなど、私は私自身を許せない。許したくない。認めたくない。欲望を統制できない苦しみと、感情を吐き出せない感覚が、不快と愉快の狭間を揺れ動きながら、文字で埋め尽くす。

「少し取り乱してしまいました。ですがここに吐露するすべては私があの頃考えていたすべてであり、不満でもあり、欲しがっていたもののすべてです。」

だんだんと冴えていく思考が音と共に消えてゆく。書き記さなければ逃げていく文字の羅列が、感情の熱さが、そういったものの類の何かが頭を支配していく。そうして私ではない他の私が生まれてしまう。臆病で幼稚で考えなしの子どもが、大人という仮面の下からこちらを覗きながらニタニタと笑っているのだ。


「起きなさい、朝ですよ。」

ゆさゆさと布団の上から優しく寝ている私に朝をつげる。この人は私の母である。

「もう七時を半分過ぎています。充分に眠ったでしょう。」

起きろと言わんばかりに布団から私を引き出そうとする。私の思考はいまだ目を覚まさない。否、やっと先ほど眠りについたばかりなのだ。

「いいえ、まだ少し眠っていたいです。」

そう云うと、母は少しだけしかめっ面になり、私に何かを吐き出そうとしたが、少しだけ考え、その表情は怒りから呆れへとかわった。

「お好きになさい。先生に電話はあなたがするのですよ。」

そういって私の部屋からサッと立ち去った。廊下を歩いている音がどんどん遠くなっていくことに安堵してまた私は布団へと潜った。しかし、こちらに歩いてくる少し軽い足音にまた私は両目を開けなければならなかった。

「先生には、きちんとあとで電話しなさいよ」

「はい、わかっています。分かっていますよ。」

そういって母はあちら、リビングへと足を向けていった。

そうしてやっと眠りにつこうとした時には、思考は覚醒していた。

あぁもうだめだ。起きるしかない。起きてテレビでも見ながらパンを食べるか、それともご飯を食べるか。あぁ、どちらにしようか。

そんなありきたりな選択さえ重大におもえてくるから、全くこの思考は単純で難解な構造をしている。だから面倒なのだ。

リビングに行くとやわらかい陽の光が部屋全体をうすい橙色になって満たしている。それなのに上のまぁるい照明は消されていない。リビングに母がいると思っていたが、そこには誰一人いなかった。テーブルの上に無様に置かれた食パンを目に入れながら、今日の朝食は強制的にパンとなった。

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思考と手紙 よだか @yodaka97

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