心折ダンジョン取材記3話:月刊7月号

 第二回目の【エグゼスタティオ】特別版の売り上げも、これまた歴代上位に食い込む勢いで伸びた。大当たりだとギルドの上層部は諸手をあげて喜び、会計係は新たな金のなる木が出来たかと舌なめずりをしたという。

 なおその売上げの理由の1つに、件のダンジョンのダンジョンマスターが万能宅配で特別版を取り寄せたらしいという噂が寄与していたのだが、それが嘘か真かは誰にも分からない。


 ただ、月1が月2になりそうな特別版。その書き手であるとある青年の受難は、まだまだ終わらなさそうだった。




 さて、頑張って今月分の記事の取材を進めましょう。



・巡回中の警邏員

 む、何か用か。……あぁ、ギルドの情報誌の記者の方でしたか。お仕事、ご苦労様です。……いや、お互いなどと。私など、こう言ってはなんですが楽なものですよ。

 というのも、そもそもここはダンジョン町ではありえない程に治安がいいのです。理由? それはもちろん、最初にダンジョン『死の修行場・獄 ※心折れ注意』に入った冒険者たちが今も生きているからですよ。

 冷静になって考えてみてください。こんな危険地帯にダンジョンができたんですよ? それも侵入条件に自力蘇生アイテムが必要とある。あくまで憶測ですが、当時の周辺諸国は震え上がったでしょうね。

 あなたもご存知かと思いますが、1年の節目にダンジョンを破壊するべく大軍を動かすのが慣例です。そして、その軍はダンジョンが存在する地域周辺の国が負担する事になります。

 奇しくもここは3つの国の国境線が近く、しかもお互いに戦争の準備をしていた。これでは出兵を断る事はできません。ダンジョンを潰すための出兵程大きな負担はそうそうありませんから。

 そんなダンジョンですよ? 偵察1つとったって並みの冒険者では役目を果たせないのは誰だって分かる事です。そんな訳で、ギルドの方でも選別に選別を重ねて、選び抜いた冒険者を送り込んだのです。

 ダンジョンの偵察ほど致死率の高い仕事もないでしょうから、結局選ばれたのは偵察の必要性を理解するギルド成績優秀者ばかりだったという事です。ま、それが功を奏した、ということですね。

 つまり、ギルド成績優秀者ばかりが集まって先行隊となり、しかもこの『死の修行場・獄 ※心折れ注意』は命を奪わない為に彼らがそのまままとめ役になり、それが今の平和につながっている訳です。

 確かに私は警邏として町の見回りをしていますが、揉め事の仲裁より迷子の保護の方が多いぐらいですからね。一気に町が成長して行っている影響か、どうも迷路のような構造になりつつあるようで。

 ……その、迷路のような構造、っていうのにも、一部ではダンジョンの迷路対策だ、という説があるらしいですが、どうなんでしょうね。私は、何やら魔法陣を描いているようにも思えるのですが……。

 まぁ、気のせいだとは思っているんですがね。さて、いつまでも足を止めている訳にも行きませんし、そろそろ仕事に戻ります。お気をつけて。



 ……そう言えば、確かに似たような景色ばかりが続くような……。

 いえ、先ほどの方も言っていたように、気のせいでしょう。

 …………気のせいという事にしておきます。



・完全装備でダンジョンに向かう冒険者

 ん? あぁ、ギルドの人か! 情報誌? へー、特別版なんて出てたんだな。今度見かけたら買うよ。それで? ……話かぁ。どれぐらいかかる?

 そんなかからない? うーん、お前らどうするよ。は? あっちょ、俺に押し付けて飯かよ!? ……あぁ、話だったな……時間ならできたから、好きなだけ何でも聞いてくれ……。

 ん? あぁ、気にすんな。どうせいつもの事だよ。そもそも1人足りなかったしな。たぶんだが、どっかの飯屋に捕まってんだろ。あいつらはふざけるふりして人探しに行ったんだ。

 俺たちか? いや、ダンジョン攻略じゃないんだ。そもそも完全攻略不可能認定が出たダンジョンに挑むなら、もう少し持久戦重視の装備してくるよ。これは短期決戦用。下位神との契約目当てなんだ。

 下位神のほとんどが集まってるとかいう話だからな。俺は炎か溶属性の魚系動物神と契約したいんだが、普通に探してたら何年かかるか分からないだろ? そこで、このダンジョンという訳さ。

 何があったか詳しい事は知らないが、下位神が集まっていて契約し放題っていうとこだけ分かればそれでいい。目標は1人3柱ってとこか。むしろ、特殊スキル発動の為の助っ人探しに手間取ったよ。

 まぁこの町にはちょうどいろんな神殿が建ってるから、割合速いペースで手は空くみたいなんだ。俺たちの場合、ダンジョンから出てきてにこにこしながら冒険者グループと別れた神官に頼み込んだ。

 え? ……あー、本体の方の挑戦か。うーん、一応聞いた範囲のお宝を考えれば、挑戦してみたいはみたいんだけどな……。このダンジョンで冒険者を辞めた奴が2千人は居るって聞いて、二の足踏んでんだよ……。

 だから先に契約して、暗黒の森や空間神の神殿ダンジョンで慣らしをして、その間に出来る限りの情報を集めて、そっから……って事になるかな。は? あぁ、いいんだよ。死なないっつってもダンジョンはダンジョンだろ?

 話を聞きかじった限りじゃ、どれだけ対策しても全然全くこれっぽっちも足りないって感じだからな……。そんな難易度に挑むんだ。当然ガチガチに対策していくさ。

 まー俺たちが思いつく程度の対策でどうにかなるなら、既に初期組の人らは最高難易度に突入できてるだろうけどなー。ん? え、初期組知らないの? ギルド職員なのに?

 ……へー、2ヵ月前臨時出版する事が決まって、その時に初めてこの町の情報を集めたと……。なんていうか、あんたも苦労してるんだな……。

 あぁ、で、初期組っていうのは、『死の修行場・獄 ※心折れ注意』がこの名前で呼ばれる前、発生当初から通い続けてるベテラン冒険者の人たちの事だな。

 悪名高き【確殺回廊】を半分は突破できるところまで通い続けて鍛錬したらしくって、この町来たとき手合せしてもらったら全然歯が立たないどころか相手になってなくってさ! 悔しいよりすげーって気持ちの方が勝ったよ久々に!

 で、その中でもリーダー格の『義兄弟』の兄貴さんに、俺でもその位強くなれますか、って聞いたんだよ。そしたら、その返答がどんなんだったと思う? ……あの渋い声でさ、重みたっぷりに、こうだよ。

 「……これが、あのダンジョンの、最低ラインだ」――ってな! な! な!? 格好いいだろ!? 同時に思ったね。あ、じゃあ今の俺が何百回挑んだところで犬死だ、って。

 だからまずは、この町に来たそもそもの目的を果たす事にしたんだ。契約すれば全然力の足りない俺でも、多少はマシになるんじゃないかって思うんだ。……おう、それでもマシ程度っていうのはちゃんと分かってる。

 っと、あいつらが帰ってきたか。あー引きずってる引きずってる。何とか見つけられたみたいだな。っていう訳で俺たち挑戦に行くけど、他になんかあるか?

 あ、そう。ならいいんだ。生きて帰ったらあんたの記事読むから、ちゃんと出しといてくれよ! 特に兄貴さんの言葉!



 ふむ、初期組ですか……。

 ギルド成績優秀者、という事は、ギルドに戻って動向を聞けば捕まえられそうですね。



・相方が用事中の『初期組』冒険者

 わざわざギルドから呼び出されてみれば、情報誌の人とはナー。この町の特別版が出てるらしいけど、特殊過ぎて大変なのは誰でもわかることだしナー。ご苦労様だナー。

 まぁ丁度相方が忙しくて暇してたから別にいいけどナー。どうせ3日前に挑戦して失敗したところだから、次に閉鎖期間が終わるまで挑めないしナー。

 ……ん? あぁ『死の修行場・獄 ※心折れ注意』のダンジョンマスターはおっそろしく用心深くてナー、最初っから1週間に1回しか挑めないように挑戦期間制限かけてるんだよナー。

 で、最近になって1週間に1回閉鎖するようになって、2度と同じ構造に挑めなくなったんだナー。攻略の集会でも酷いってみんなで言いあったんだナー。まぁ、その頃には俺らもだいぶ慣れてきてて、何というかあの主らしいナーってだけだったけどナー。

 で、聞きたい話はダンジョンに関してだったかナー? ……うんうん、あーなるほど、ダンジョンの内部構造ナー。確かに有名どころで言えば【確殺回廊】がダントツだろうナー。

 んー、これはあんまり知られてない話なんだけどナー……。あのダンジョン、階層スキップ機能があるってのはみんな知ってるよナー? で、そのスキップの中に、完全ランダム、ってのがあるんだよナー。

 今のところ、これだけは金で使えるスキップ機能なんだけどナー。ちょっと前まで、たまーに階層転移して即死したとしか思えないタイミングで戻ってくる奴が出てたんだよナー。

 当然そいつらに話聞いて対策立てようとするよナー。そしたら、口揃えて妙な事言うんだよナー。「何にもない空間に浮かぶ結晶の舞台を見た」って内容なんだけどナー。

 ナー。訳分かんないよナー。しかも見ただけであとはひたすら落っこちて気が付いたら死んでたって言うんだよナー。飛行系の魔法とかアイテムとか試してみたけど不発だったらしいしナー。

 ……ただナー? 今んとこ俺ら、なんか『初期組』とか呼ばれてる奴らでやってる集会で出た結論は、たぶんその階層が、ボス階層なんじゃないか、なんだよナー。

 実際そいつらが言ってたみたいな階層は、階層スキップ実装した初めの1週間しか行けなかったみたいだしナー。完全ランダムだけに、うっかり転移先候補から外し忘れたんじゃねーのってのが大体の総意だナー。

 まぁあのダンジョンマスターの何が恐ろしいって、その階層には行けなくなった癖に、即死とはいかないまでも、何も出来ず何処へも行けずに戻ってくる奴は増えたことなんだよナー……。

 ……笑ってるけどナー。下手すりゃ完全ランダムで行くかも知れない、それだけの為に完全な小島とか無駄に広い毒沼とか移動できない足場とか作るのがあのダンジョンマスターだからナー?

 ん? 俺はランダム転移に挑戦しないのかって、俺に限らずあのダンジョンマスターの性格知ってる奴ならする訳ないんだナー。完全ランダムとかそんな危険すぎる博打、死ににいく以外の何者でもないに決まってんだナー。

 というか最近になって挑戦する奴らは、あのダンジョンのダンジョンマスターをなめ過ぎなんだナー……。最初の方で出た【確殺回廊】だがナー。アレがあのダンジョンの最初の階層ってのが何で周知されてないのか不思議で仕方ないんだナー。

 そーそー、あの階層がダンジョンマスターの基本なんだナー。今の第一階層……【檻迎の迷宮】だったかナー? アレ、軍の大侵攻に対抗する為にわざわざ作った階層なんだからナー。少数精鋭だと、クリアできて当たり前っていう階層だからナー。

 そ、当たり前なんだナー。俺らが最初に様子見に行った時も「え、何この難易度温過ぎクリアできない奴いるの?」だったからナー。……まぁその後の話を聞いて、俺らの感覚がだいぶおかしくなってることを再確認したけどナー。

 だから次の階層入って驚いたんだナー……。「あのダンジョンマスターが普通の冒険者向けの難易度の階層を作ってるだと!?」ってナー……。速攻集まり開いてどーいうつもりか一晩話し合うことになったんだナー。

 え、その時の結論? 一晩話し合って出し切るだけ出し切った後で、ふと冷静になった時に全員気づいたんだナー。「あ、釣り餌か。いや、食える訳じゃないから疑似餌か」ってナー…………。

 他なんか聞きたいこととかないかナー? ……あそう。とりあえず、何とかダンジョンマスターの性格を周知しておいてほしいんだナー。まぁそれとは別に、記事楽しみにしてるんだナー。



 さすがに歴戦の冒険者のいう事は違いますね。

 ……そしていよいよダンジョンマスターのことが分からなくなってきました。

 しかし次には誰に話を聞いてみるべきでしょうか。



「そこのギルドの人、ちょっと耳寄りだから、そのまま聞きな」


 …………ん? 僕の事でしょうか。


「取材はもうその辺にしておいて、ダンジョンアタックの準備を進めておいた方がいいと思うよ」


 僕は一介のギルド員です。荒事は不得手どころではないのですが。


「まぁ話は最後まで聞くものだ。ここのダンジョンはよほど抜かれない事に自信があるらしくてな? ……年4回も突入人数制限が解除されるんだ。そして、前回の開放日はギルドの人が来る2週間前に終わってた」


 ! ……それは、つまり――。


「……意味は通じたみたいだな。あのダンジョンは、大人数で挑めば挑むほど挑戦者が不利になる仕掛けだ。だが――もう1つ噂がある」


 ……聞きましょう。


「制限開放日。その日だけは……ランダム転移の致死率が下がる、って話だ。もちろん挑戦する人数が多いから成功者が増えた、それだけの事かも知れないが……。……まぁ、噂は噂だ。信じる信じないは、ギルドの人次第だぜ」


 …………。

 確か必要アイテムは自力蘇生アイテムでしたね。

 ………………経費で落ちるでしょうか?

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