心折ダンジョン取材記2話:月刊6月号

 ギルド情報誌【エグゼスタティオ】特別版は、世界中が注目する町についての情報が詰まっているという売り込みのお陰か、通常版より少ない情報でありながらも驚異的な売り上げを上げた。

 それに気をよくしたギルド上層部は臨時だった特別版を月一回のレギュラー月刊誌に格上げし、同時にその記事を書いた青年を担当に再任名した。雑務は遅れがちになるギルドという組織に置いて、この決定は実に速やかに下されたという。


 のんびり観光モードになっていた青年に届く任命通告。彼の受難はまだまだ続く。




 どうやらあの特別誌の続投が決まったようです。

 下手に今いる下位神情報や広場の屋台ランキングなんかを載せたのがまずかったのでしょうか。

 何はともあれ、仕事であればこなさなければなりません。

 さぁ、取材へ向かいましょうか。



・東大通りの出店の主人

 へい、らっしゃい! ゴアロックボア肉の串焼き2つだね! あいよ! ん? 何、ギルドの情報誌? へえーお兄さんも大変だねぇ。で、話を聞きたいって? あぁいいよ、串焼き買ってくれたしな。

 この町に来てどのくらいになるかって? さーどの位だろうなぁ。俺がこの店出した時にはもうこの辺は賑わってたからなぁ。でもここで何とか商売続けてる間にどんどん店が増えていったから、出店の中じゃ割と長い部類に入るかな?

 いやーそりゃ大変だったな! 何せ新人玄人果ては割と田舎者の俺ですら聞いたことがある店までがどんどん商売しに来るわけだからな! あいよ、串焼きお待ち!

 その串焼きが今の所うちの主力商品なんだが、それだって苦労したもんだ。何せボア系の肉は単に熱を通すと鉄みてぇに固くなっちまうからな。かと言って普通に煮込んでたんじゃ余所に負けちまう。

 らっしゃい! ゴアロックボア肉の串焼きが3つに2つに5つ! 食べるねぇお客さん! あぁすまねぇ。客商売なもんでな。で、どこまで話したっけ? あ、肉の加工に苦労したってとこまでか。

 何せどんどん店が出来るものだから客の方もどんどん舌が肥えていく。中途半端なものじゃあ考えるだけ時間の無駄になっちまうからな。どうすればいいのか頭抱えたもんだ。

 で、思いついたのが暗黒の森に棲むモンスターの肉さ。どいつもこいつも癖が強いどころじゃないが、ちゃんと調理してやればうまさは一級品。これしかないと思ったよ。ま、正直人生最大の大博打だったな!

 ん? そこまでする必要があったかって? まー確かにここでやっていけなくなったら余所に移れば済む話じゃあるんだが……この出店商売を始めてもう20年。その商売勘がきっぱり言ってたんだよ。ここで引いたら、絶対に後悔する――ってな。

 まぁ結果だけ見りゃ大成功だから、あの時の俺の判断は間違ってなかったって事だな。あいよ! 串焼きお待ち! へいらっしゃい! おっ、お客さんよく来るねー気に入ってくれたかい? そーかそーか! ありがたいなぁ! あいよ、ゴアロックベア肉の串焼き3つだな!

 まぁそんな訳で、俺は日々この串焼きを美味くすることに全力傾けてる訳だ。周りの奴らに負けてらんねぇからな!



 串焼きは冷めても酒に合うとの事でしたから、3本買って帰る事にしました。

 ……ギルドに持って帰ったら奪われてしまいました……。

 後で聞くと、あの店はあのあたりの出店の中でも1・2を争う人気店だったそうです。



・大通りの隅で空を眺めていた冒険者

 ん、何だ? ……あー、ギルドの人か。情報誌なら俺も読んでいる。割と細かい所で助かっているよ。アルバイト情報とか。ただ、受付嬢ランキングは国別にした方がいいと思うが……。

 俺か? 俺は……まぁ、大体察してくれ。とはいえ、あんたはまだこの町に来て日が浅そうだから分からないか……。ん、あぁ、体の調子が悪い訳じゃないんだ。まぁ、それは見ればわかるか。

 この町じゃそれなりにありふれた話なんだが……要するに、攻略に失敗したんだ。……ん? まぁ、確かに命は奪われなかったから、普通のダンジョンだと死んでたって事を考えると、こうやって考えにふけれているだけ儲けものなんだろうが……。

 ……その、なんだ。油断していた訳じゃない、と思うんだが、手も足も出ず、翻弄され続けた挙句に失敗した物でな……。その上、先達の教訓を無視したのが悪かった。

 この町に食べ物関連の店が集まる理由だよ。しっかりと食料を持ち込めば装備を守れる、という、な。……あぁ、その通り。限りある持ち込み枠の中で、俺たちは攻略に必要な、ロープやポーションばかりを持ち込んだんだ。

 結果は見ての通り……。いいや、俺なんかまだ幸運な方だ。ダンジョンドロップ品とはいえ、アミュレット1つで済んだ。だが、俺の仲間のうち、2人は鎧の一部を、1人は属性加護付きの靴と頬当てを、そして1人は、もう8年は使っている剣をロストした。

 恐らく、剣を失くした奴が冒険者を続けるのは難しいだろう。だが俺たちは長年組んできた仲間だ。ダンジョンも賞金首も、共に戦い乗り越えてきた……。それだけに、今、板挟みになっているという訳さ……。

 ダンジョンマスターは変わり者だという話は聞いている。だが、救済策を無視した者にまで気をかけてくれというのは望み過ぎだろう? 故にこそこの町には多くの飲食店が展開しているんだからな。

 辛気臭い話で済まない。1人だけ分かれるか、俺たち全員で新しい道を歩くか、それはまだ決まっていないが……。そうだな。ギルドの情報誌に、先達の忠告は無視するな、と、しっかり載せておいてくれないか。俺たちのような過ちは、繰り返させないでくれ。



 普通ダンジョンの失敗者の話など聞けないものですが、なるほど。

 これは良い話を聞けました。

 しかと載せることを確約し、その場を離れてから振り返ると、彼はまた空を見上げていました。



・【エグゼスタティオ】にある商売神の神殿の神官

 はい、取材予約の方ですね。私が担当者となります。ギルドの特別誌編集者様という事で、なんなりとお聞きください。

 ……なるほど。ダンジョンマスターからのアクションですか。そうですね、直接姿を見せるですとか配下の方がいらっしゃるとか、そういう事はありませんね。

 えぇ、商売神様の神の業、オークション及び万能宅配の方はご利用されています。特にオークションの方は、とても良心的なお値段で出品していただけるものですので、一同感謝の心が絶えません。

 万能宅配での注文品目ですか? 残念ですが、それはお教えできません。お客様の個人的な情報に関わりますので。……えぇ、当然です。ダンジョンマスターでも、お金を払って商品を買っていただける以上、お客様でございます。

 む……そう粘られましても、お教えできません。……ん? なっ、ぐ……(ギルドとしての大口取引を取引札として使うかこの下っ端が)……しょ、少々お待ちいただけますか。

 …………。

 ………………。

 ダンジョンマスター様に救われましたね、私も貴方様も。あら? 何の事かお分かりになりません? ……まぁいいです。細かい品目はNOとの事でしたが、その量については開示しても良いと先方からお返事を頂きました。

 なので正直に申し上げますが、そちら……もちろん貴方個人の事では無く、所属組織の事ですよ? に迫ろうかという程度にはご注文いただいております。

 心折ダンジョンのマスター様は、外に出る事が出来ませんからね。配下の方は結構好き勝手に歩き回っておられるようですが、それだって趣味の範囲がほとんどのようです。

 つまり、あのダンジョンの中で必要とされる物資のほとんど全てを万能宅配で賄われているという事ではないでしょうか、と愚考いたします。そしてその代金の為にオークションをお利用いただいているようです。

 (これはオフレコでお願いしますが、正直これほど良心的な相手はいないのですよ。ただ商品をあっちからこっちにやるだけで莫大な手数料が転がり込んでくるのですから、まさしく金のなる木です。表現はアレになってしまいますが)

 さて、以上でご満足いただける回答にはなりましたでしょうか? そうですか、それは幸いです。また何かありましたら、ぜひ我が神の万能宅配をご利用ください。



 …………。

 たぶん、ギルドに戻ったら始末書でしょうね。

 山一つ分で済めばいいのですが。



・飯売り有の宿屋の店員

 らっしゃーせー。お泊りですかお食事ですかー? あ、お食事っすねー。おすすめっすかー? 店長のおすすめは日替わりの採れたて素材ランチっすねー。今日はえっとー、なんでも紫熊の親子を仕留めたとか自慢してたお客さんがいたんでー、熊肉サンドになるっすねー。

 あ、値段が張るから無理っすかー。そっすねー、普通は無理っすよねこんなアホらしい値段の飯なんてー。つー訳で店員のおすすめはこっちのサンドセットになりやーす。あ、ご注文っすか。あざーっす。

 うん? あーギルドの人っすかー。ごくろーさまでーす。何? 注文来るまででいーから話っすかー? あーすんません、てんちょーに聞いてこないと後がヤバイんでー、ちょっとお待ちくだっさーい。

 …………。

 うい、ご注文のサンドセットになりやーす。んで、今暇になってきたとこだから飯と休憩入れてこいって言われたんでー、一緒に飯食わせてくださいねー。休憩そんなないんで、話は早めにお願いしゃーっす。

 あ、僕っすかー? やーそんな長く住んでる訳でもないと思うんすけどねー。ただまー僕の場合この町以外に行くとこないっつーか、むしろこの町で働いて恩返ししたいっつーか? まぁ恩返しできてっかはなはだ疑問っすけどー。

 やーそれが、僕ほんの2か月前まで奴隷だったんすよー。多分最初は口減らしに親に売られたと思うんすけどー、あんまり昔のこと過ぎて覚えてないんすよねー。

 あ、大丈夫っすよー。この町結構似た境遇の奴いるん知ってるんでー。でまぁ、適当に労働系の奴隷としてあっちこっち転売されまくってたんすけどー、ある日似たような奴らがまとめてある貴族のところに買い取られたんすよー。

 今度はどんなことされんのかなーって話しながらずるずる引きずられていったんすけどー、馬車から転がり出たらこの町だったんすよねー。で、そのままここのダンジョンに連れて行かれたんすよー。

 まー当然僕らは蘇生アイテムなんて高いモン持ってない訳でー、えー死んじゃうじゃーんとか思いながらそれでもずるずる引きずられていくしか無い訳っすよー。そしたらやっぱり何歩もいかないうちにカチッて音がして、ふわってなって、目の前が真っ赤になって真っ暗になったんすよねー。

 え? 死んだっすよ? 当然じゃないっすかー。落とし穴の罠に引っかかって見事にバラバラ死体っすよー。え? 幽霊が物食える訳ねーじゃねーっすか。ちゃんと生きてるっすー。

 いやー、実はそこが全く記憶にないんすけどー、多分ダンジョンマスターが僕らの事蘇生してくれたらしいんすよねー。だから僕、次に気が付いた時には普通の服着て普通の靴はいてぼけーっと突っ立ってたんすよー。

 周りには似たような奴らが似たような感じで突っ立ってたから、割とびっくりしたっすねー。何か懐にあるなーと思ったら何日かは暮らせるぐらいの金が入ってるしー、首触っても首輪ないしー、やーびびったっすわー。

 でまぁ、せっかく助かった命なんだしー? でもって自由になった訳だしー? そこに居た奴らで話し合ってー、とりあえずこの町で働いて普通に暮らせるようになろーぜって事になったんすよねー。

 この町ってまだまだ大きくなってく途中じゃないっすかー。僕らみたいな丈夫で動くしか能のない奴でも結構働けるんすよねー。だから今は働きながら金溜めてるとこっすねー。何しよーかまでは決めてないっすけどー。

 あ、ヤベ、休憩そろそろ終わりっすわー。こんなもんで良かったっすかー? あ、そっすかー。んじゃ僕仕事に戻るっすわー。ごゆっくりー。



 ダンジョンマスターは変わり者ですね。間違いありません。

 商売神の神殿での取材で金に困ってないのは分かっていましたが。

 まさか奴隷の解放までやっていたとは知りませんでした。



・お忍びらしい兎族の少女

 ……あら、何か用……? ……へえ、そうなの。ギルドの情報誌から、この町の特別版が出るの。……あぁ、それで話を聞きたいの? うふふ……いいわよ。私、今限定のお菓子が手に入って、とても機嫌がいいの……。

 ……ふぅん。……ここのダンジョンの、ダンジョンマスターについて? ……そうね、知っていると言えば知っているけれど、知らないと言えば知らないわね……。……うふふ、冗談よ……。

 そう、ね……私が思うに、とても面白い性格をしているのではないかしら……? ……あら、そんな怪訝な顔をしなくてもいいじゃない。だってそうでしょう?

 ……あれだけ酷い仕掛けを酷い組み合わせで作っておいて、殺す気が一欠けらも無いなんて、普通信じられないわ……。ふふっ、だから面白いのだけれど……。

 ……あぁ、でも、人によって評価は大きく変わるのも確かね。……私にとってダンジョンマスターは面白いけれど、他の人にとってはどうなのかしら……。……ふふ、さすがにそこまでは分からないわ……。

 ……あら、その顔はよく分かっていないわね。……いいのよ、どうせ私だって理解の及ばないところがあるんだもの。……本当に理解できる相手は、たぶん世界のどこにも居ないのでしょうね……。

 ……そう考えると、とても孤独な人だとも言えるんじゃないかしら? ……あれだけの堅牢不落なダンジョンは、もしかしたら酷く臆病な心の表れかも……しれない、なんてね?

 ……混乱しているみたいだけど、他人の評価なんてあてにならない物よ……。ふふ……私だって、今まで分からなかった自分が、最近になってたくさん見つかりだしたの。……案外、自分に何があるのか探すのも楽しい物よ……?

 ……そんなにダンジョンマスターの事が知りたいなら、一度ダンジョンに挑戦してみる事をお勧めするわ……。……第一階層、その、部屋から廊下にたどり着けるぐらいになれば、多少は何か分かるんじゃない……?

 ……あらいけない。もうこんな時間……。……私、そろそろ戻らなければいけないわ……。……うふふ、私の話は役に立ったかしら? ……あぁ、いいのよ。役に立たなければ、それはそれで……。

 ……それじゃあね、ギルドの人……。……また会える日を楽しみにしているわ……。



 何だか随分と独特な空気の人でした。

 けむに巻かれたような気もします……この取材は失敗でしょうか?

 ともあれ、この辺りで次の記事を作るとしましょう。

 締切も迫っている事ですし。

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