心折ダンジョン取材記4話:月刊8月号
第三回目の記事も前回からの売り上げを維持し、ギルド上層部及び会計係は諸手を上げて喜んだ。それこそ手に手を取って踊り出さんばかりの上機嫌の中、件の記事を書いている青年から、1つの経費請求が上がってくる。
それは決して普段であれば、そしてその青年でなければそもそも上がって来る事すらなかっただろう請求だった。だがしかし誰も彼もが浮かれて笑いが止まらなかったその時。ギルドの上層部は、あっさりと認可の印を出した。
その後売り上げと経費との総差額が半減近くなって、彼らがぎょっとしたのは言うまでもない。
……。
まさか、本気で通るとは思いませんでした……3ヵ月に1つの自力蘇生アイテム及びランダムワープ代金の経費請求……。自分で書いていてちょっと空恐ろしい金額だったのですが。
ですが、永続請求ですし、もう撤回はできませんからね。これで僕も人数制限解除の時には『死の修行場・獄 ※心折れ注意』に挑む事が出来るようになりました。ランダムは死ににいくようなものと言われましたが、ダンジョンの中を知りたいだけですので別に構いません。
ですので、完全に僕一人での挑戦となるでしょう。まぁ、風景を写実できれば良しとします。……ただ問題は、ダンジョンマスターの用心深さなのですが……。
…………とりあえず、挑むたびに遺書は書いておきましょうか。
・筆者によるダンジョンアタック(運試しランダム)
※残念ながら、筆記具や記憶結晶などを持ち込む事は出来なかったので、これは僕の記憶が頼りとなります。曖昧な部分や見え方が違うなどの不都合はご了承の上、あくまで1つの目安としてお読みください。
ここはどこだ。――それがまず第一の感想。見上げれば吸い込まれてしまいそうなほどの青天、見下ろせば陽光に輝く穏やかな湖、見回せば透明な回廊を透き通った水が踊るように跳ねるように流れ続けていました。
はたと気づいて現在位置を確認すると、僕がいるのは複雑に絡み合う水の回廊、その1つの縁部分のようです。振り返った水流の中にキラリと光るものがあった気がして目を凝らせば、そこにはやはり透明な魚がするすると泳いでいます。
もちろんこの魚もモンスターなのでしょうから、周囲の水に注意を向けながら水路……と言うには壮麗もしくは圧巻ですが……の縁に沿って移動します。ギルドのダンジョン情報を思い出すに、ここは正規ルート到達者のいない階層の1つ、【輝青の流宮】だと思われます。
見た目から冒険者の神経を削りにかかっている階層が大半を占める中、観光に行きたい階層の上位に常に食い込む人気は伊達ではありませんね。降り注ぐ陽光は眩し過ぎず暑過ぎず、流れ続ける水はきらきらと輝き風で涼しさを提供し、限りなく透明な水路の迷路は、まるで空を散歩しているような心地です。
しかし、何というか油断は禁物ですね。この水路の縁、人1人がギリギリ歩ける程度の幅しかない上に、時々不意打ちのように丸く滑りやすくなっている箇所があります。透明なので目では分かりませんし。
ちなみに水路の中からは僕の影を追いかけるように常に数匹の魚がついてきています。……これ多分、足を止めたら弾丸みたいに飛び出してきて死んじゃうんでしょうね。何となくそんな気がします。
そうやって歩いていたんですが、歩く先に下の水路へと流れ落ちる滝を発見しました。水路にあいた幅は……飛び越えたら足を滑らせて落ちそうなぐらいですね。
アイテムボックスを探り、僕が取り出したのは肉屑を詰め込んだビンです。5本セットでギルドに売っている小型モンスター用の撒き餌の1つですね。蓋を開け、3分の1ほどを今歩いている水路に散らしました。
水の流れは僕の前から後ろへ向かっていましたから、ばしゃばしゃという音は背後へと離れて行きました。これだけ透明な水です。モンスターは魔力だけで生きていけるとはいえ、飢えているとは思いました。だから獲物を見かけたら逃がすまいとするんでしょうけれど。
水路に膝をつくようにして滝を覗き込むと、その中央部分にゆらゆらと揺れている何かがあります。一応水路を警戒してから目を凝らすと、どうやらそれは水路と同じく透明な綱のようです。なるほど、これで水路の上下を移動できるんですね。
僕は少し水路を戻り、先ほど開けた撒き餌のビンに糸で細工を施しました。水路の中に糸を張り、何かが触れればビンが揺らされ、撒き餌が水路に少しずつ落ちていく仕掛けです。
こうして時間を稼ぐ目途をつけ、僕は滝に向かって釣り糸を垂らしました。滝に影を落とさないよう位置取りに気を付け、糸は水路と水に倣って透明なものを選びます。つけた餌は、水蛇(ハイドラ)種のモンスターも喜んで食いつくカエルバエを選びました。
透明と青の支配する世界で僕とそのカエルバエはいかにも異物でしたが、のんびりと素晴らしい景色を眺めながらかかるのを待ちます。もちろん大物がかかっても滑って落ちる事のないよう、滑り止め対策済みです。
思ったよりも多くの生き物がいたのか、5分もすると、ぐっ、と一気に竿が引かれました。慌てることなく合わせるのですが、どうも根がかりでもしたような手ごたえです。
しかし糸の先はしっかり透明に消えています。一体何が起こっているのか――と滝に目を凝らすと、どうやらかかっているのはそれなりに大きな水蛇モンスターのようでした。
流石に僕自身を飲み込める程ではありませんが、手足をバラバラにされると飲み込まれそうです。そんな水蛇は、滝の中の透明な綱に体をぐるぐると巻きつけた状態で首を伸ばし、針に食いついていたようです。
なるほど、あれでは確かにびくともしません。というか、あの格好で登って来る途中、餌を見つけて食いついた、という感じのようです。いやはや、水路でそのまま釣りをすると一匹釣ってる間に数匹に体を貫かれそうだと思って滝に場所を移しましたが、まだまだだったようです。
そこで竿をしっかり掴み直した上で固定し、アイテムボックスを探って小瓶を取り出しました。蓋のコルクに繋がった糸をしっかり掴み、大きく息を吸って止めて、滝の上部へ投擲します。
当然コルクには糸が付いていますし、元々浅くしか蓋をされていないのであっさり空中で開封されます。かぱザプン、という音で滝に没し、中身が水中にばら撒かれて溶けました。
途端、透明だった水が明るい黄緑色に染まり、そして水蛇に吸収されました。そして狙い通りしっかり巻き付いた体が綱からほどけるように離れます。……まぁお分かりかと思いますが、普通に麻痺毒です。万が一の時の非常手段として持ち込んだつもりでしたが、使えるときに使ってしまう事にします。
あとは力を失くした蛇を手元に引き寄せ、しっかり口と胴を縛って捕獲状態にした後アイテムボックスに放り込むだけです。一応確認したところ、モンスター名はピュアクリスタルハイドラとなっていました。
傷一つなく捕獲できたために大収穫です。恐らく今回僕は、このダンジョンの滅多にない『当たり』を引いたという事なのでしょう。竿を戻して仕掛けを振り返ると、撒き餌の瓶はほぼ空になっていました。
綱を降りようにも水蛇が登ってくるのが今ので実証されましたし、もうついでですから網で魚を根こそぎ捕まえてしまう事にしました。竿と滑り止めの仕掛けを回収してアイテムボックスに戻し、目の粗い布から糸を適当に抜いて網代わりにします。
糸をつつくと降ってくる餌に夢中になっているのか、10匹ほどの魚は僕が近寄っても気づきませんでした。一番固まった所を狙い、急ごしらえの網を投擲、即座に回収して包み状に縛り、アイテムボックスに放り込みます。
回収できたのを確認して、モンスター名を確認しようとしたとき――どす、と鈍い音がして、僕の胸から赤く染まった魚が飛び出していきました。どうやら捕え損ねがいたようです。
と、考えた所で僕はバランスを崩して水路から落ち、どこかへ叩きつけられる前に転移の光に包まれました。
さて、こんなものでしょうか。
しかし本当にあっさり死にましたね……まぁ冒険者でもないのにこれだけ収穫があったのですから、儲けものと考えておきましょう。
……結果、7割を徴収されてしまいました。
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