第91話 秘密/話=頭痛

 1時間後。


「そうか、異世界か……いつの間にか冒険してたんだね。気づかなかったなぁ……」


 最終手段として物理的に血の気を下げて、体を動かす事も出来ない間に詳しい事を噛み砕いて丁寧に語ると、ようやく話の全貌を飲み込んでくれた。

 現在は私が引っ張り出してきた椅子に座り、対面で話をしている。いつまでも待たせる訳にもいかず、ソールも話に出て来た時点で私の隣に椅子を出した。


「という事は、もう向こうに住んでこっちには帰ってこないって事?」

「一応それなりに里帰りは出来るみたいだから、何かあったら戻るよ。その実割と暇だし」

「いやーでも神様となると忙しいんじゃないの? 願いを叶えるとか信者とか」

「生憎その神格そのものが特殊なんだよ。国で言うところの外交官に近いかな。私自身が直接力を振う事が前提だから、動きに関する制約も割とゆるい」

「はー、そんな神様もありなんだ。世界は広いなー。異世界だけど」


 が。

 残念ながらと言うか、頭が悪い訳じゃないのだ。天然なのも手伝って一度思い込みが剥がれて話が入ると、驚きの理解力を示してくれる。内心ちょっとは驚けよと思うと同時にこのおおらかさに救われている自覚もある。


「まぁ大学もちゃんと卒業したし、僕から何か言う事は無いよ。自由にやりなさい」

「うん。ありがとう。それはそれとして、卒業後1年空けとけってのは何?」

「あ、そうだったそうだった」


 ちょっと待ってねー。と変わらない呑気な調子で養父さんは席を立ち、部屋の奥へと姿を消した。確かあっちには物入れ程度の大きさしかない小部屋があるだけの筈だが。

 しかしその予想を裏切り、ガゴン、と、明らかに一般家屋から鳴るには重量感があり過ぎる音が聞こえた。続けて、ガギ、ガギンと何かがかみ合う音がして、ゴゴゴゴゴ……と何かの登場シーンのような音が続く。


「……なァ、まさかこッちの世界では隠し部屋が普通なのかァ?」

「んな訳あるか。私だって今初めて聞いたよこんな音」


 姿勢は変えずに小さくそう囁き合う。音が鳴り終わった後に数秒沈黙があって、さっきとは逆の順番で音が鳴った。一体何が起こってるんだ、と内心戦慄し、一応小物入れから封印加工した魔晶を取り出して手に潜ませておく。


「お待たせー」


 やっぱり変わらない調子で養父さんが戻ってきた。その手にあるのは20㎝四方ぐらいの、黒地に金粉が塗されているような、何の模様も無いが味のある箱だ。

 先程の音の事も含めてその箱の正体を測りかねていると、改めて対面の椅子に座った養父さんは、間の机の上にその箱を置いて口を開いた。


「これはね。ゆーちゃんと一緒に、家の前に置かれてた箱なんだよ」


 不意に口に出されたのは私の正しい愛称。養父さん以外には知り得ないその呼び方と、初めて存在を明かされた私縁の品物に思わず全身が緊張する。


「本当は帯があって、そこにゆーちゃんの振り仮名つきの名前が書いてあったんだ。苗字まで含めてね。ただ何でか帯だけがすごく痛んでたから、付いてた手紙に従って、箱の中に入れてある」

「……あの名前の、読みまで含めてフルネームが」

「自分の名前だろうに、他人事みたいに言うんじゃありません」


 てし、と額を小突かれる。いやしかし、あの名前とも言いたくなる。漢字は普通な癖に難読過ぎるだろう。むしろこじつけに近いと常々思っていたんだ。養父さんと違う苗字と言うのも地味にずっと引っかかっていた事だったし。


「……部屋に戻ってから開けた方が良い物?」

「彼とは長い付き合いになるんだろう? だったら一緒に見てもらった方がいい」

「………………」


 思い込みは剥がれた筈だ。という事は……見透かされているか。

 観念して箱をよく見ると、真ん中あたりに薄っすら線が入っている事に気が付いた。少し力を入れると隙間が見える。一度深呼吸をして覚悟を決めてから、案外滑らかに動く箱の蓋を持ち上げた。


「……」


 蓋を横に置く。一番上には、恐らく養父さんが入れたであろう、箱と同じ色と加工の布帯。さっき聞いた通り何故かあちこちほつれてボロボロだ。

 帯の真ん中に、刺繍にも関わらず墨と筆で描いたような光沢をもつ文字が書かれていた。それは確かに、私の名前だ。読みも合っている。

 それを慎重に蓋の上に乗せると、次にあったのは白地に灰色の刺繍がされた布。魔法陣みたいな複雑な模様だ。どうやら緩衝材兼カバーのようなので、そっと持ち上げて、蓋と反対側に置く。


「……マジか」


 現れた中身を見て、ソールが思わずと言ったように声を零していた。カバーと同じ模様と色合いの布に包まれていることと、箱の深さと大きさを比べるに、この箱はコレを入れておくための物だったらしい。

 カバーを横に置いて目を戻し、私も思わず唸るように呟く。


「……何でこんなもんが、こっちにある訳」


 入っていたのは、多面球カットされた透明な石……いや、蛍光灯の光にさえちらちらと虹を見せている事から、宝玉だった。それも直径15㎝は確実にある。

 こちらの鉱物で言うとダイヤが一番近いが、向こうで鍛えられた感覚はその宝玉が桁外れの魔力を秘める一品だと告げていた。ダンジョンコアですらこの宝玉と比べると足元にも及ばないだろう。

 第零位に渡せば、そのまま新たな世界が作られてもおかしくない。そんな代物が、20数年前私と共に、この孤児院の入口に放置されていたという。

 訳が分からな過ぎて思わず思考が停止する。その隙間に、養父さんの声はよく響いた。


「その帯よりずっとボロボロな手紙が付いていてね。残念ながら、現物は崩れて無くなってしまったんだけど、そこに帯を箱の中にしまってほしい事と、一緒にいる赤ちゃんが一人前になったら渡してほしい事と、もう1つ、大事な事が書いてあった」

「…………何?」

「異世界の事」

「っ!?」


 顔を跳ね上げる。そこにはいつもと同じ、ぽわぽわとした笑顔を浮かべる養父さんがいるだけだ。


「魔法があって科学が使えない世界が、すぐ隣にあるって書いてあった。そして、この子はその世界でしか使えない才能を、それも桁外れに高い才能を持ってこちらの世界に生まれたんだと書いてあった」


 それは向こうで第零位や空間神様に散々言われた事だ。


「だからきっとこっちの世界だと生きるだけでも苦労するだろうって続いて、2つの世界が平和なままではいられないだろうと書いてあって……世界に変化が起きるその日まで守ってほしいと書いてあった」


 その内容はまるで予言。確かに、双子神及びその片割れによって世界は滅茶苦茶になりかけた。

 だが、向こうの世界に属する神はともかく、第零位すら欺いた片割れの計画を察知するとは、その手紙の主は一体何者だ?


「もちろん君は人間だって事が書いてあって、巻き込んで済まないと書いてあったのが最後。残念ながら送り主の名前は書いて無かったけど……」

「けど?」

「文字がラテン語だったからね。たぶん、こっちの世界の神様、だったんじゃないかな、と僕は思っているよ」


 ラテン語は古すぎるが故にもっとも使用者が少ない言語となっている。それをさらっと読めた養父さんも色々桁外れなんじゃないかと頭の片隅で思いつつ、手の中に潜ませていた魔晶を握りしめて魔力を吸収。


【スキル『深層眼』対象:****】


 目の前の宝玉に対してスキルを発動した。が、何かに妨害されているようで読み取れない。一度行使を中断してよくよく見ると、周りの布に刺繍された模様。これが本気で妨害と保護と封印の魔法陣を描いている事に気が付いた。


「…………向こうに持ってってもそれはそれで大事になるか。箱に入れた状態だと大丈夫みたいだし……」


 養父さんは変わらずにこにこ笑っている。私の好きにしろという事だろう。しばらく色々と考えたのち、この宝玉が一番ろくでもない物だった可能性を考えて、私は深々とため息を吐いたのだった。

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