第90話 地力=経験+努力

 完全に治ったとは言えない足は、慣れない服で更に動かし辛い。レンタルの晴れ着は華楽が選んでくれたものだから、たぶん着られているだけという事は無い筈だ。

 杖でもつければ楽なんだろうけどそうもいかず、私は手に卒業証書を抱えたまま、いつになくゆっくりとした足取りで最後となる家路をたどっていた。隣のソールは私の事を支えたそうにしていたが、それは断固拒否している。


「しかしいつの間にやらショウヨウも便利な物を作れるようになったんだね」

「あァ、これなァ。言葉が通じねェ不便はヘルディンの時で思い知ッたッて言ッてたぜェ」


 ダンジョンの構築状況とか【エグゼスタティオ】での受け入れ状況とかからの話題から、ソールがこちらの世界に来るとき右耳に着けていたピアスに話題が移った。

 というのも世界が違えば言語が違う訳で、翻訳スキルを持ち越した私以外は基本会話ができないのだ。ショウヨウが居れば翻訳魔法で話せるようになるものの連れ歩く訳にも行かない。

 そこで、ショウヨウは代用品として、翻訳魔法を封じて装備者からこぼれ出る魔力で稼働し続ける装備を開発した。色々型はあるが、ソールが着けているピアスが最小なんだそうだ。


「でも翻訳されてもなんか妙な発音になってるのが不思議」

「しゃァねェだろ、人化してても微妙に喉の構造違ェンだから」

「あ、やっぱ違うのか。鳴らせるから違うんだろうなとは思ったけど」


 ちなみにそんなソールは現在、こちらも華楽の選んだこっちの世界の服を着ている。腹立つぐらいに着こなす姿はアイドルと比べても遜色ない。最初はちょっと目を奪われん事も無かったけど、毎日見てたら慣れた。

 最初は学校にも一緒について来ようとしてた。しかも学校は関係者以外立ち入り禁止だと言い含めたら毎日門の所まで迎えに来るんだよ、この阿呆。お陰で道具袋大活躍だ。何でこんな地味で神経使う戦争しなきゃいけない。

 とか何とか会話の裏で思いつつ歩いていると、先の小道に人の気配。友好的じゃないそれに気づいてしまって、私は会話を続けながら小物入れからビー玉を取り出した。

 距離を測りながら気配は変えずに、道の傾斜も計算に入れて無音でビー玉を小道の辺りに転がす。ソールも気づいてビー玉の行く先に視線をやり、


『全く腹立つ、これでも――きゃっ!?』

『ちょ、ちょっとゆーこ!?』

『何やってんの、あぁもう来ちゃうよ、隠れなきゃ!』


 その内の1人がビー玉を踏んづけて転び、ばたばたと、本人たちは隠しているつもりだろう小声と慌ただしさで去って行った。


「……なァ、あれは何がしてェンだァ?」

「こっちが聞きたいよ」


 完全に気配がどこかへ行ったのを確認した辺りで小道に差し掛かる。役目を果たしたビー玉を足先の動きで蹴り上げて回収し、小物入れに入れつつ変わらないゆっくりしたペースで歩き続けた。

 視界の端に引っかかった範囲では回収し損ねたらしいピアノ線がきらりと光っていたから、あれで私の足を引っ掛けて転ばす算段だったんだろう。


「あんな上物使うんなら最初から設置しておくかもうちょっと頭使え。そもそも転ばせるのにピアノ線は過威力過ぎる。第一仕掛けるにしても何で建物の影を利用しないんだ、アホか」

「……。まァ、とりあえず何であンなえげつねェ罠を次々思いつけるのかッて謎は解決したがなァ」

「必要に迫られれば誰にだってできる範囲だと思うけど?」

「そォかァ?」


 その後も数回エンカウントとも言えない接触未満があって、ようやく私は慣れ親しんだ孤児院へとたどり着いた。ほー、と感心したように教会を改装したその建物を見上げるソールだが、私は無視して門をくぐる。

 途端、右手にある庭の方から賑やかな声を引きつれてわらわらとここの住人こと私の義理の弟妹達が現れた。


「うお、“あー”姉!? すげぇ、どこの美人かと思った!」

「つまり普段の私はそこまでじゃないという意味だな。後で覚えとけ?」

「あっ、“あー”姉だー、おかえりー」

「ういただいま。養父さんどこ」

「友達の家に引っ越したんじゃなかったのかー?」

「用事がたまたま長引いただけだ。で、養父さんは?」

「きょうは珍しくへやにいるよ。うわっ!? ちょうかっけー人がいる!」

「あんがと。ソールいつまでぼさっとしてんの。置いてくぞ」

「えっ、外人さん!? “あー”姉この人誰!?」

「客」


 好奇心の塊たちを適当に散らしながら玄関へ。まだ小学校も終わってない時間だ、建物の中はそれなりにしんとしている。

 靴のまま進もうとするソールの頭をはたいて注意し、安いカーペットの敷かれた廊下を歩く。板間じゃないだけマシなんだろうななんて思いながら年が上の子用の個室が並ぶ廊下を歩いていると、ふとその一室の前でソールが立ち止まった。


「何?」

「……いやまァ、見覚えあるなァと思ッてなァ。ここ、よ」


 言い切る前に頭をはたく。舌をかんだらしいソールが痛みに耐えているのを余所に部屋を確認すると、確かにそこは私が使っている部屋だった。似たような扉ばかりが並ぶ中、見た事も無いのによく分かったな。


「理由は?」

「…………契約ン時に、寄越されたモノのイメージがこの部屋だッたンだよ……」


 確か魂の核とかいうやつか。名前からして明らかな命綱を握られているのは考えない方向で。

 まぁ確かに、この部屋を早めに使わせてもらわなかったら私の人生もう少し悲惨なものになっていただろう。そういう意味ではほぼ唯一の安全地帯であるこの部屋は思い入れが深い。

 そして、そこまで考えて、思い出した。半分忘れかけていたが、例の勇者(笑)達への既視感の正体が何なのか。


「……あ、そうか。あの時のあいつらか」

「?」


 本来個室は中学生に上がってからなのだが、私は小学5年生からこの部屋を使っている。で、その早回しの理由というのがあの勇者(笑)一行4人組で……まぁ一言で言うと、いじめを受けていたのだ。

 自分達だけでやるならまだ可愛げもあるし、ここに来るまででも使った小物入れの中身でそれなりに反撃も出来る。が、あいつら。外面の良さで義理の弟妹を唆したり、登下校中にわざと事故に巻き込まれるように手を回したり、子供がやるとは思えない内容だった。

 ……最終的に、私が骨折して病院にかかり、そこから警察に連絡。その行動にあの4人の親とその関係者が盛大に噛んでいたことが判明して、大分大きい事件になってあっちが転校していってようやく決着したんだった。


「結局、あれも利権やら大人の都合が噛んでたしなぁ」

「???」


 道理で殺意がわくはずだ。と呟き、何があったんだと首をひねっているソールをスルーして廊下を進む。いくつかの共同部屋を抜けてたどり着いたのは一番奥の部屋。ここが私の養父であり、この孤児院の院長である上江柊斗かみえしゅうとの部屋だ。

 呼吸を整え、ノックをする。すぐ返事があったので、「入ります」と言いながらドアノブをひねった。


「ひ――」

「さすが美人さんだね! 着物似合ってるよ! ……あれ? 結婚相手は?」

「まずは話を聞け!!」


 途端にバシャバシャと取られた写真に言われた言葉を合わせて、即座に小物入れからゴムボールを取り出して顔面に投げつけていた。何がどうなったらそういう解釈になる!?

 念のためにソールを扉の外側に待たせておいて正解だったよ! まとめて写真撮られてたらそのまま婚姻届まで勝手に提出されそうだ。何考えてんだ相変わらず!!


「そんな照れなくてもいいのにー」

「照れてんじゃない困ってんだ!!」

「またまた、幸せいっぱいなんだよね。子供が生まれたら一目で良いから見せて!」

「だから一体どういう思考回路してる!?」

「君の幸せを願ってるんだよ!」

「方向性が激しく間違ってるってずっと昔から言ってるだろうがー――!!」


 良い笑顔でサムズアップした養父さんの顔に今度は野球ボールを全力投球。ごっ、と鈍い音がして額に命中した。安心しろ、ちゃんとダメージにならない力加減は染みついてる!


「分かッてる親父さんじゃねェか」

「今出てきたら投げるのは刃物だ」

「りょォかい、まだ待つ」


 一気に式場選びまで話が持って行かれる危険があるのに前に出すと思うか。それでなくてもややこしい話になりそうな予感がひしひしとしてるのに。


「うぅ、あのちっちゃかった子がこんなに立派になって……! しっかり大学も卒業したし、もうすっかり大人だね……!!」

「その大人の使い方はそこはかとなく間違っている上にそのすぐ泣いて誤魔化す癖をいい加減何とかしろと散々言ってるだろうが。何年来の付き合いだと思ってんだこのなんちゃって腹黒が」


 そう。養父さんの性質の悪い所は、腹黒を自称している事だ。もちろん私からすればただの知ったかぶりな天然なんだが、「これは計算なんだよ」と認めようとしない挙句更なる詐欺に引っかかるので手におえない。

 そして一度思い込むと話を聞く状態に戻るまでに恐ろしく時間がかかる。一番手っ取り早い方法は一度気絶させる事なんだが、流石にレンタルの晴れ着でそこまでの事は出来ない。血が飛んだら大変だから。

 そんな訳で私が次に小物入れから取り出したのは凧糸。煮物とかに使う丈夫なやつで首を狙わない限り殺傷力は限りなく低く、なおかつちょっとコツを覚えれば相手の動きで勝手に縛り上げていく体勢が作れる便利な道具だ。

 3m程の長さのそれを取り出したのを見て、養父さんは流石にちょっと頭が冷えたらしい。首を傾げて聞いてきた。


「いきなり何だか物騒な物が出て来たけどそれをどうするのかな?」

「大丈夫、首に掛けない限りまず死なないから」

「いやうん、普通女の子が持ち歩く物じゃないような気がするんだ」

「持ち歩きだすのはもう10年は昔だよ。よく料理に使うし」

「あそっか、料理か。でもここは料理の出来る部屋じゃないよ?」


 それでもまだカメラは手放さない養父さんに、私はにっこりと笑って、凧糸をびしりと手の中で張った。


るじゃない、私の目の前に。一回下ごしらえし締め上げないと調理本題に入れない、手のかかる厄介で面倒な食材人間が」

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