第92話 先送り+細作業=のんびり

「……『神力結晶』とでも呼ぶべきかね。何の神格のどんな神かは知らないが、全くとんでもない代物を押し付けてくれたもんだ」

「そんなにすごい物なのかい?」

「資格と力量のある存在に渡せば、冗談抜きで世界がもう一つ作れる」

「久しぶりに聞いたなァその断言。つゥ事は、マジか」

「ダンジョンコアですら数百単位で集めて届かないっつったら分かる?」

「………………よくまァ安定してるもンだと言うのは分かッた」


 目の前の、それでも詳しい事は分からない宝玉に対して頭を抱えたい気分でそう断言する。ソールは私のたとえ話を聞いて、若干引きつった声で返事をしていた。

 たぶん、恐らく……神格を得たのち修練を積み続ければ、確かにそう遠くない未来には一部程度なら制御する事が出来るようになるだろう。もちろん十全に力を引き出し操るには当分かかるだろうが、その一部を操るだけで大概の事はどうとでもなる。

 現在こっちの世界では腐っても弱っても、向こうではまともに規格外をやっている上、桁外れと何度も戦ったせいで読みが外れているとは思わない。だが、それにしても困るのはその物自体の扱いだ。


「つっても……当分はこの箱に入れて封印しとかないとどうしようもない、な。さすがに私でも今のままじゃちょっと力不足だ。……かと言って銀行とかに預けて大丈夫かどうかも、ここからの政策展開を考えると微妙だし……」


 異世界関係の色々は急速に整備されつつある。その大半は混乱を招かない為に一般には伏せられているが、情報に敏い人たちなら既にかなりの大変革が進んでいる事を感づいている筈だ。

 華楽の実家こと日本国内最大手企業Setomotoコーポレーションも経済方面でこっそり政府に協力している筈だし、異世界との本格的な交流はもう秒読みまで迫っている。

 そんな中に明らかに異世界関係の代物を公的な場所に預ければ、コレが何かよく分からないまま利用しようとする奴が現れる可能性は高い。下手に触ればそのまま世界終了になるのだ、そんな危険は色々な意味で侵せない。


「……仕方ない。当分は私が持ち歩くか。アイテムボックスに入れておけば邪魔にはならないし、どうせそうそう取り出す訳じゃないんだからコストだって大丈夫……な、筈。たぶん」


 帯とクッションを元のように箱に戻しふたを閉め、私はそう結論を出した。若干不安要素が噛んでいるのは仕方がないと思う事にして、そのまま本当に箱をアイテムボックスにしまう。


「ところで、これからゆーちゃんはどうするの?」

「さぁ? とりあえず自由にしていい期間だからとりあえずのんびり過ごしたい。どうせこの後ずっとダンジョン関係で忙しいんだし」

「オレはこッちの世界を見て回りてェけどなァ」

「身分証ないからたぶん無理だと思う。法整備が終わってから休暇取って行って」

「わぁ厳しい。一応聞くけど嫌いじゃないんだよね?」

「辛うじて嫌いではないけど今のところうざいとは思ってる」

「……。うん、頑張れ青年」

「魔法が飛んでこねェだけずッといィよ」

「え? 君らの出会いってどんなんだったの?」

「コイツが私の事を殺しにダンジョンに挑戦しに来たのが最初」

「初めて直接会ッた時は結局命がけの殺し合いやッたンだッたなァ」

「え!? 本当にどういう出会い!?」


 うん、全く本当にどういう出会いなんだろうな。




 結局、のんびりすると言ったってそんなにお金がある訳でも無いし、向こうの世界の財産をこっちに持って来るには法整備を待たなくてはいけないという事で、主に華楽の家とダンジョンを往復して時間を過ごした。

 ソールを引き剥がしながら向こうについて知っている事を話したり、ダンジョンのレベルアップをしたり、ソールを以下略世界を渡る条件を話し合ったり、実際に例の樹の編集をしたり、世界の果てを回遊するダンジョンに手を入れたり、正直それなりに忙しかった。

 途中で「あれこれ休み取った意味ないんじゃないのかもしかして」と思ったりしたが、だらだらすると言ったって逆に困るのだからもう諦める事にして大人しく働く。

 その途中、ふと何の気なしにこう聞いてみた。


「……2人ともさ」

「なにー?」

「なんですの?」

「いっそ配下になる? 別にこっちの人生満喫してやり尽くしてからでもいいんだけど」


 もちろん既に(主にソールやショウヨウとの関係を説明する都合で)向こうにおいて私が持っている力というのは魔力も影響力も全て話してある。だから配下と言うのは不老であるというのも2人は知っていた。

 が、当然時間の流れが異なるというのは良い事ばかりでは無い。もちろん死なない訳では無いし、それなりにリスキーであるというのも当然説明済みだ。最初その説明は私の神への成り上がりをすごいすごいと言っていた時に否定の材料として語ったのだが。

 政府からの要望リストを見ながら例の樹の編集アイデアをノートに書く、まぁ正直だらけた姿勢で言った事だ。もちろん笑って否定してくれればそれでよかった。

 2人は2人でそれぞれに手を動かしながら数秒黙り、私がそれに、「妙な事聞いてごめん」と話の打ち切りを宣言する前に、こう返した。


「まぁ、それもいいかも知れませんわね。羽根古お義母様が弟をお生みになられたようですし」

「そうだねー、それもいいかもー。そろそろ遺産関係でうんざりしてきたところだしー」


 華楽は当然、砂糖元家のお嬢様だが、実は第二夫人の娘なのだ(※この世界線の日本は重婚可)。というのも第一夫人である羽根古さんという人が不妊症で、治療はしているものの結果は芳しくなかったためである。

 その羽根古さんに子供が、しかも男の子が生まれたとなれば、華楽の立場は急転直下となるだろう。今更あの建物の買い取りを無効に、なんて言いだしはしないだろうが、私からしてもかなり不利になる可能性は否めない。

 一方の真野花だが、実は7年前に両親が他界している。当時高校1年生だった私は真野花とただのクラスメイトでしかなく、詳細は知らない。周りのクラスメイトの態度が冷えていくのを感じて、それでも変わらず淡々と接していたら仲良くなっていただけだ。

 が、真野花の両親が死んだ理由というのが、宝くじの1等3億円+キャリーオーバーを引き当てて向かった海外旅行の飛行機墜落というのだから、それはもうドラマの比では無い程に荒れたのだろう。


「へー。羽根古さんが。一応おめでとうだね」

「残念ながら若干未熟児だったようで、まだ会ってはいないのですけれどね」

「つーか真野花はまだしつこい奴がいるのか」

「そーなんだよー。“あー”ちゃんに言われて護身術身に着けといて良かったー」


 それを理解しつつも変わらずのんびりとした調子で会話を続ける。何でもない調子でさらっと流してしまうのが本人にとっても気が楽なのだ。……と、後々になって2人に言われたため、特に態度を変えないまま来ている。


「あら? でも“りゅうせい”さん。以前の話では確か種族寿命が加算されるだけで、結局人間だとそんなに生きられないのではありませんでした?」

「神になる事が決定したからね。配下=使徒って扱いになるから、不老半不死属性付きの実質別種族になる。見た目の変化は私の神印がつくぐらいかな。まだどんなのか知らないけど」

「あーそっか、“あー”ちゃん神様になるんだったねー」

「アレとセットでしか行使できない神格の、個人だと片割れ扱いの神としては正直微妙なラインだけどな」


 元より私個人の力をどこに当てはめるか、という結論として与えられる神格だ。正直あっても無くても私自身に影響はない。ぶっちゃけ世界の方が私をどう扱えばいいかと言う身分証代わりだ。

 変化を強いて言うなら配下契約が使徒契約になる事と、完全ユニークを作れるようになる事と、信仰を受け取って力に変えられるようになる程度だろうか。

 後は神々の会議に出席資格義務が発生して、異世界関係の面倒事が私の担当になる事、そして何かあったらまず矢面に立たされることだ。


「まぁ荒事しなくちゃいけないのは慣れてもらうしかないけど」

「魔法が使えるならむしろご褒美ですわね」

「大概の相手には負けない自信あるよー。時間あるなら強くなればいいだけの話だしー」

「…………本当にいいんだね? 半分冗談だったから撤回できるよ?」


 気楽なノリで続ける2人に、声だけ真剣な物に変えて問う。先ほどからというもの、のんびりした調子にしては声の底に本気が滲んでいた。話の中で2人ともこちらの世界に人間関係的な未練がないのは分かったが、それとこれとは別の問題だ。

 契約すれば引き返せない。解除して人間に戻ること自体は出来るが、時間までは巻き戻せない。第零位が私をこちらの世界に戻した時はあそこまで強固な世界を繋げる存在は無かった。だから少々の暴論も可能だったのだ。

 今はあの樹がある為、失くした時間は取り戻せない。本当に、人間として過ごしてみなくていいのかと、そういう意味を乗せて最終確認を放った。


「……ふふ、相変わらずですわねー」

「本当に相変わらずだよねー」


 だから、何故にそこで2人して笑うんだ。


「構いませんわ。実は既に引き継ぎは始まっておりますの。まぁあの樹の周辺に関しては契約書に少々細工いたしましたから、法律が追いつけば“りゅうせい”さんの物になりますわ」

「むしろこっちから頼みたいぐらいだったんだよー。でも個人のツテ的な裏口雇用とかは流石にまずいかなーと思って遠慮してたんだー。“あー”ちゃんから言ってくれたなら万事解決だねー」

「さすがに私だってそんなむやみやたらに話を持ちかけたりはしないっての。2人が私にとって世界的に回してもいいぐらい特別なだけ。むしろ私から話持って行くなんて2人が初めてだし」


 ぶすー、とそっぽを向いたまま事実を告げる。すると何故か2人は席を立ち、部屋の隅まで移動して、私には聞こえない声で何事か会話した。


「時々、本当に時々真剣に性別とかどうでもよくなる発言かましますわよね。天然って怖い上にどうしようもありませんわ」

「全く本当にー……これ高校の時からずっとだからねー。私が友達になりたいと思った本当の理由なんて初恋だよー? 天然って怖いー」


 ?

 まぁ、すぐ戻ってきて作業を再開していたから、大した話では無いんだろう。

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