第75話 日常/違和=変化
で、放課後。
本格的な冬到来間近ということで、この頃の私の恰好は黒いスーツコートに帽子に手袋に靴という、あの時の恰好からマフラーを失くしただけそのままだった。新たに買う事も考えたが、財布の事情もあって何となく期を逸している。
「そしてー、今日のデートの目玉は『ど根性雑木』だよー」
「雑木ってなんですの。というか、誰と誰がデートですの!?」
「やだなーかぐちゃん何意識してるのー?」
「遠近さんが紛らわしい事を言うからですわ!」
向かった先の駅ナカショッピングモールで小物や文房具を買ったり本屋に立ち寄ったり、時々ヒートアップする華楽に突っ込みを入れながらそれなりに楽しい買い物を続けていた。
その最後に、真野花が駅のある地上方向へ向けて歩きながらそう紹介したのがさっきの会話だ。
「……『ど根性』っていうと、確かあれか。道路とかの道端で、アスファルト押しのけて育つ野菜とかそんなん」
「そうそうー。このモールの高さとお店の数的な意味での真ん中にー、結構広い広場があるんだけどねー、そのど真ん中に、にょきにょき育つ木が生えて来たみたいなんだー」
「噂だけは聞きましたわ。異常な勢いで成長して、根の方は階下まで届きそうな勢いだとか」
「なんじゃそら。本当に植物かそれ?」
「だから“あー”ちゃんに見てもらおうと思ってー。植物詳しかったよねー?」
「…………まぁたぶん、普通一般よりは」
主に孤児院の経営を助けるための食用植物って意味で、だが。
と、言いながらエスカレーターに乗り込み、ふとその広場の方向に目を向けた。2人はまだ喋っていて気づいていないようなので、肩を突いて注意を促してみる。
「あれがそう?」
「えっ? あ、うんそうー。……うーん」
「どうしましたの?」
とりあえずエスカレーターを降り、たどり着いた広場には、何というか、まだギリギリ若木のうちに入る程度の、しかし十分立派な木が、これだけ寒いというのに青々とした葉を茂らせていた。
根元に目をやれば、そこには確かに無残に砕かれたコンクリート及びタイルの残骸が見える。本当に無理矢理生えて来たらしい。
けど。
「いや……それにしちゃ大きいでしょ。駅かモールの新しいシンボルにって、わざとこう埋め込んでるんじゃないの?」
「ですわね。急に成長するという話も、樹齢の違う同じ木を何本も用意して、人が居なくなった瞬間を見計らって植え替えればいいだけの話ですわ」
「ていうか、こんだけ破壊がまともにされてたら配管や配線に影響が出て無い訳がないし。それが話題に出てないって事は、そもそも最初からの計画って可能性が高い……あれ、真野花?」
「あら? 遠近さん?」
華楽と『これは無い』と話をしていると、近くにいた筈の真野花の姿が無くなっている事に気付いた。周囲を見ると、何やら木の周りをウロウロしている。
そのまま見ていると、やがて少し離れた場所で現在位置を確かめるように周囲を見回し、携帯を取り出して木にかざした。ちか、と光った事から、カメラ機能で写真を撮ったのだろう。
そして真野花は私達の元に戻ってくると、
「かぐちゃーん。おっきいタ○レット持ってたよねー? 借りていいー?」
「持ってますけれど、どうするつもりですの?」
「こういうのは大きい画像の方が分かりやすいかなーと思ってー」
荷物を私に預け、華楽は鞄から大きな画面のようなものを取り出した。少々時代遅れの感が出つつある電子媒体だが、VRがまだ持ち歩けるサイズになっていない現在、軽量化に力を入れて、持ち歩き用の端末としての地位を何とか保っている。
もちろん最高級品のそれを華楽が操作し、真野花は自分の携帯から画像を転送したようだ。サイズが大きいのか、転送に何秒かかかる。
「で、これはなんですの?」
「見れば分かるよー」
そして転送が終わり、私たちは広場の端によって端末を囲んだ。真野花の操作で、タッチ式の端末はある画像を表示させる。
「……あの木ですわね」
「さっき撮ってたやつ?」
「そうそうー。実は私ねー、1か月半前から1週間に一回、ずーっとあの木の写真撮ってたんだー」
「てことは、これは観察日記ってことか」
「なるほど。珍しくいい仕事をしましたわね」
「珍しくはないと思うけどー。とりあえず、1週間ずつ遡っていくねー」
現在の木の高さはおおよそ2m強といったところか。場所を確かめていた事から、背景との比較でおおまかな樹高は出せるだろう。
そして2枚目。確か1週間前の木の様子。
「ん?」
「おかしくありません?」
「だよねー?」
どう見ても樹高2mには行かないだろう。青々と茂る葉はそのままだが、微妙に幹が細い気がする。互いに疑問符を上げながら、3枚目の写真へ。
「いえ、おかしいですわよね?」
「…………」
「だよねー」
今度は1m半程度の高さ。茂る葉はそのまま、今度は明らかに幹が細い。
そして、4枚目。
「明らかにおかし過ぎますわ」
「流石におかしいかな、これは」
「おかしいよねー?」
樹高1m程度。茂る葉も気のせいか色が淡くなり、若木どころかこれでは苗木だ。
5枚目の写真を見るときには誰も何も言わなかった。
樹高50㎝程、色が淡く小さい葉が気持ちついているだけの、正直セイタカアワダチソウとかと見分けがつかないぐらいの幼木だった。
そして、6枚目。
「……なるほど、この位置でないと分からんわな」
「ですわね……大きさ比較などする必要もありませんもの」
「だから次撮った時びっくりしたんだー」
そこには、真上から見た角度の双葉が写されていた。軽く周囲にヒビが行っているタイルの模様は確かに今いるこの広場の物だ。となると。
「平均、1週間で樹高が50㎝伸びて行ってんのか……」
「その速度を一番伸びの激しい若木の時に限定したとしても……おかしいですわね」
「私も植物図鑑とかで調べたんだけどー、どこにも載って無かったんだよー」
「むしろこんな植物がその辺に居てたまるか」
「ですわね。この速度で成長する植物が世界中に存在したとしたら、とっくに人類は滅んでいますわ」
「え、そこまでー?」
「どう考えても伐採が間に合わんでしょ」
「半年で都市が森林に変わってしまいますわ」
「あ、そっかー」
なんて会話をしながらでも真野花は私に視線を向けてきたので、首を横に振っておく。こんな植物、少なくともこっちの世界の法則ではありえない。
(……向こうだったら分からんがな。ダンジョンの中の特殊植物はこれ以上の勢いだったし。でもそれはつまり神がまた何かヘマやらかしたって事で、まーた大騒ぎになってんのか、向こうは)
写真をくるくる切り替えるのを眺めながら、内心でそう思う。まぁそうなっていても力を貸す気は微塵も無い。私は平凡な日常の平和が好きなんだ。これ以上巻き込むな。
「つーか真野花。植物図鑑で調べたって言ってたけど、私は図鑑以上の知識は持ってないからね」
「あ、言われてみればー……。でもなんか、何となく違うこと知ってそーだったからー」
「何でしたらこの後家に来ませんこと? 世界中の全ての植物を網羅した図鑑もありましてよ」
「いいねそれー。じゃあそれでこの後の予定けってーい」
もちろん私に否定の材料がある訳では無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます