第74話 解決+望叶=平穏

 国を1つ。

 それは世界に与える影響があまりにも大きいもので、それをきっかけに技術大戦の引き金となり、そのまま滅亡へと向かう道筋そのものだった。

 当然、世界を見守りたい第零位は反対する。どうにか、片割れだけでも双子の神を止めようとした。


《ダメだ。世界が、終わってしまう》

《おとうさまは大げさよ。きっと大丈夫よ!》

《カーラネミ。それは、ダメだ》

《そんな事は無いわ。一度でもカーラネミ達の悪戯で世界が揺らいだ?》

《国と村では、規模が違う。影響が、大き過ぎるんだ》

《だからやるの! どれだけ驚くか、どれだけ大騒ぎになるか!》

《驚き、騒ぐだけでは、済まない。絶対に……。カーラネミ、今すぐ――》

《もういいわ、どうせ悪戯だもの! あぁ楽しみ! じゃあねおとうさま!》


 そう言って末の神は身を翻した。

 第零位の中で、ようやくここまで成長した世界と、末の神が天秤にかけられ、


《……カーラネミ》

《なぁにおとうさま?》


 そして、天秤は――


《……お前は、混沌に還れ》

《え?》


 ――世界へと、傾いた。


〈……選べない、筈だった。比べようがない、その筈だった。でも、この自分は、確かにその時、ともに愛しい筈の、末娘と世界を、比べたんだ〉


 当然、片割れが消滅して、それが残る双子だった神に分からない訳がない。

第零位は双子の片割れを滅ぼすと同時に第一位以下全ての神に、もう一柱の片割れを探し出してここまで連れてくるようにと命を下した。

 だが。

 もう一柱の……『魔法』の片割れは、神々の捜索から逃れ、世界のいずこかへと隠れてしまった。

 その後捜索は継続されたものの、成果は芳しくなく。

 また、双子の神が片方だけ喪われた事で、双子世界の魔力のバランスが大きく狂ってしまった。

 神々は何とかバランスを保とうとするも、『科学』世界から『魔法』世界へ魔力が無制限に移動する、その流れを止める事は叶わなかった。

 やがて『科学』世界は完全に魔力を失い別物へと変じ、『魔法』世界は過剰な魔力で技術の発達が滞った。


〈……もう誰も、この2つの世界を、双子とは呼べないと、そう思っていた。魔力の全く無い『科学』世界では、魔物は当然の事、神ですら存在する事は出来なかったから〉


 やがて時が過ぎ、そして今回の事件が起きた。

 『科学』世界の不遇を嘆いた神と悪魔、『魔法』世界の未熟を憂いた一部の神を『魔法』の片割れがまとめ上げて実行に移された計画。

 その目的は、かつて神々が思い描き、そして諦めた、双子世界を1つに統合してしまう事。

 その方法は、互いの世界で、反対側の世界の才能を持っている人物を中心に送り合う。

 同時に世界に細かい通路を数多く形成し、技術革新を起点として一気に境界を破壊。

 互いの世界の神による操作で、境界に使われていた力を緩衝材とし、世界を統合する。

 そんな、現段階ですら被害者総数は1000人を超えた、非常に大がかりな計画だった。

 そのための準備は非常に慎重に行われ、なおかつ境界破壊の核に第零位の巫女を“加工”した存在が使われる予定だった事もあり、本当に察知する事が出来なかったのだ。


〈君が、支配の契約に抵抗して、打ち勝ってくれなければ、ね〉

「あぁ、あの心象世界の」


 神々はその時点でようやく何かが水面下で進行しつつあることに気づき――そして、今に至る。


「ん? ところで私が持ってる鍵とやらは一体?」


 長い話が終わり、まず気になったのがそれだった。確か、扉、とか呼ばれていた筈だが。


〈うん。そうだね〉


 先ほどの語りにもあったように、世界間境界の破壊の核となるのは、第零位の巫女を“加工”した存在、つまりあの真っ黒に染められたお姫様だった。

 ところが私は実行犯……『科学』世界に居られなくなった神と悪魔との戦闘中、時間経過で意識を取り戻したお姫様に、自身の神を降ろさせた。

 まぁ当然その相手は第零位な訳で、そうなればもはや破壊の核としてあのお姫様を使う事は不可能。この時点で奴らの計画は頓挫も同然だったらしい。

 そこで計画のトップが代わりにと目をつけたのが、単独で世界間移動が使える、その可能性までこぎつけた(らしい)私なんだそうだ。


「迷惑な」

〈うん……。でも、本当に、君の才能には、目を瞠るものがある。この世界に生まれていれば、上位神に昇り詰める事も、そう難しい事じゃあなかっただろう〉

「で、もし私が殺されてたら?」

〈……あの不安定な空間。そのものを起爆剤として、少なくとも世界間境界は、破壊されていただろう。そうなれば、世界の統合は、成っていた〉

「ただし、緩衝関係で面倒を見る存在は捕えられていたから、どれだけ被害が出たか考えたくもない。下手をすればそのまま世界崩壊に向かって今頃完全に混沌に還っていた可能性すらある、と」

〈うん。否定は、できない〉


 最悪の最悪を口に乗せてみれば、こっくりと頷いてそんな事を言う第零位。本気で博打だったんだな、あの戦い……世界の命運が文字通り懸ってたとか、あー思い出すだけで心臓に悪い。

 思わず頭を押さえた私の前で、第零位は再び口を開いた。


〈さて。世界で起こっていた、全ての事情は、語り尽くした。……今度は、君が、語ってくれ。一体、何を望む?〉




 私は結局、元の世界の元の時間軸に帰る事と、足の治療もしくは治療法、配下の皆を含む全ての捜索からの隠蔽と、契約『魂の絆』の封印を願った。

 足の治療は叶わなかったが、私が着けていた魔法装備の脚甲、あれを神様加工したものを装備し、そこに私の魔力の8割を注ぎ続ける事で魂を魔力で補完し、3年もあれば普通に歩けるようになると方法と道具をもらったので良しとする。

 『魂の絆』は、最初実は解除を願ったのだが……解除するとアレが世界を破壊しにかかるからやめてくれと神々に頼まれて封印に留めた。まぁ容易に想像できたというのもある。

 そして気づけば、私はあの日眠りについたそのタイミングで再び眼をさまし、日常に戻ったのだった。


「どうしたのかしら“りゅうせい”さん! 今日もまた貧乏な顔をしてるわね!」

「“あー”ちゃーん。夕子先生は何てー?」

「今日は新しい会社の募集はないらしい」

「そーなんだー。じゃあ今日は“あー”ちゃんお暇ー?」

「そうだね」

「ちょっと! 無視しないで頂戴!」

「じゃあ声抑えて。廊下だからここ」

「あらそれは失礼」


 軽くため息を吐きながら廊下を歩く私に話しかけてきたのは、ともに私の友人で、お嬢様っぽい喋り方の砂糖元華楽(せともとかぐら)と、のんびりした喋り方の遠近真野花(とおちかまのか)。

 真野花は高校1年からの付き合いで、華楽は真野花が共に難読の名前という事で、意気投合したらしい。本人たちはそれぞれ「私(わたくし)に名前を呼べない人などいないのですわ!」「なんか挑戦心を刺激されるんだってー」と言っていたが。

 で、そんな華楽をもってしても未だに読めていないのが私の名前、という事だ。あまりにも名前の思い付き読みを連呼してきた最初の方、しつこいなと思ってした会話が以下。


『違う違うと、どれかは当たっているでしょう!?』

『違うものは違う。何だったら戸籍謄本取ってこようか』

『答え合わせにはまだ早くってよ!!』


 どうやら答えを途中で見るのは彼女的ルール違反になるようだった。なんじゃそら、と呆れたのをよく覚えている。

 ただその後、『じゃあ頑張れば。音の組み合わせも無限じゃないし、いつかは当たるんじゃないの』って突き放したつもりだったんだけど、何故かそれ以後なつかれた。

 で、真野花が“あまね”からの略称ということで“あー”ちゃんと呼んでいるのを知った華楽が“りゅうせい”と苗字をストレート呼びすることに決めた訳だ。何故か。

 なお以前は私も苗字にさん付け呼びだったのだが、なつかれてから後、


『無表情でさん付けされても違和感しかありませんわ! ですので特別に名前を呼び捨てにする許可を差し上げます! さぁ! 呼んでみなさい!!』

『え、何で?』

『大丈夫大丈夫ー。かぐちゃんは名前で呼んでほしいだけだから気にしないで呼んであげれば良いと思うよー』

『…………遠近さん? 後でお話しよろしくって?』

『えっやだー』


 ってな会話があって、何だか呼ぶまで繰り返しそうだなぁと思ったから、以後名前呼び捨てだ。その癖華楽自身は私達の事苗字にさん付けなんだけど、それはいいんだろうか。

 そんな風に話をしていると、いつの間にか3人で放課後遊びに行くことになっていた。……いや、いいけどさ。バイトも就職活動の為に止めて暇だから。

 講義が始まり、席について板書をとり、教授のいう事を書き足しながら、ふと脳裏に蘇る声があった。


《……君の才能は、完全に『魔法』世界の物に偏っている。『科学』世界に戻っても、どれだけ努力したところで、平凡にしかなれないだろう。……成功が約束されている『魔法』世界ではなく、苦労しかない『科学』世界に軸を置く。……それで、本当に、いいんだね?》


 だろうな、と、自分自身でもそう思う。思い返せば随分と好き勝手したものだ。それもこれも桁外れの魔力量があってこそのほぼ力技。常識なにそれおいしいののままによくもまぁあそこまで突っ走れたものだと思う。

 こちらの世界に戻る時に一応聞いたのだが、第零位曰く、こちらの世界で魔法を使うには、発動時の魔力消費が5倍、継続するための魔力量に至っては20倍必要なんだそうだ。

 完全に自前の魔力だけで、しかも魔力の散っていく速度も桁外れだから、自由に使える魔力が2割である以上、私ですら中級魔法は使えない。せいぜい初級魔法をほんの一瞬出して見せる、手品レベルの事がやっとだろう。

 でも、それでいいし、それがいい。目立ってしまうと心臓に悪い。こういう平々凡々で、でも命の危険のない、何でもない日々の方が私にとっては大事なんだ。


(だから、今のところ私は満足だよ)


 この世界で、神への祈りは届かない。

 だから私は、ただ心の中にその呟きを、そっとしまっておいたのだった。

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