第76話 隠蔽/決定打=告白
唐突だが、華楽はお嬢様だ。
何で私みたいなのもいる経済大学に通っているのか疑問が残るぐらいには、有名な財閥のお嬢様だ。
後継者という噂もあるほどに優秀で、私も分からない所があると華楽に聞いたりすることもある。
で、そんな華楽なら、どこへ移動するにも車に乗るのが普通なわけで。
つまり今日みたいに、『友達と一緒に移動』イベントを楽しみたいがためにわざわざ本人が歩いて移動する事を希望しない限り、車で移動していた筈なのだ。
何がいいたいかと言うと。
「さぁて着きましたわ。もう逃げ道はありませんことよ」
「ふっふっふー、洗いざらい喋っちゃおうかー?」
何の事は無い。
――ただの現実逃避だ。
時は少々遡る。
華楽の家、と言っても本家に行くわけでは無く、大学に通うに当たって、徒歩でも通学できる距離にある(本人いわく『こじんまりとした』)それなりに豪華な一軒家の事を指す。
今いる場所自体、放課後に気軽にうろつける距離だったので、そのまま道沿いに移動する事にした。あの怪し過ぎる木が話題をさらい、そのせいでいつもより混雑していたのは確かだった。
が。
「はぐれるってそれはどーよ……。私じゃあるまいし」
自分が迷子になりやすいのは重々承知したうえで、私は道の端によってため息を吐いていた。とりあえずはぐれたらしい交差点付近まで戻っては来たが、いくら見回してもそれらしい人影は見つからない。
もう連絡した方が早いと携帯を取り出し、真野花の番号を呼び出す。5回ぐらいコールが続いてから繋がった。
『あっ、“あー”ちゃーん。今どこー?』
『なんですの?』
『“あー”ちゃんから連絡来たのー』
「……2人とも揃ってるのはいいとして、何その泣き声。迷子?」
『そうみたいー』
電話に出た真野花の声の後ろから、華楽と、子供がひっくひっくと泣いている声が聞こえてくる。まぁこれだけ人が居たらはぐれもするか。2人はその迷子を保護しに行った為に私を置いて行ったようだ。
「さいで。こっちは交差点辺り。現在位置は?」
『今ねー、交差点の向こうにお母さんがいるみたいでー、一番前に――』
一番前。丁度車の塊が流れ終わった直後の、もうじき青になる横断歩道待ちの列の一番前か。その辺りを探し、それらしい人影を見つけて、
『まま!』
『あっ!?』
『遠近さん!?』
「っ!?」
小さい子供と、その子供に手を引っ張られ、道路へ飛び出してしまった真野花が見えた。信号は変わる直前。タイミングの悪い事にエンジン音が聞こえる、つまり信号をすり抜けてしまおうとスピードをつけた車が突っ込んできてる!
スローモーションのような景色の中、真野花はどうにか子供を捕まえ直して歩道側に倒れかけ、急ブレーキの音が聞こえ、悲鳴が重なって、それでも誰も間に合わないのが分かって、
(――命には代えられない!!)
【スキル『結界術』小結界】
私はとっさに左袖に隠しておいた3㎝ほどの銀製かぎ針を引き抜き、自分の指を刺して血をつけ、即席の触媒として、真野花に対して魔法を発動していた。
私が現在使える魔力は最大量の2割、必要コストは発動に5倍維持に20倍。熟練度がほぼカンストしている『結界術』の最小術でもそうそう乱射出来る訳では無い。
だが……一瞬車を弾いて進路を変える。その位なら十分できる。
ギキィィイイイイイイ!!
暴走した車が勢いそのまま、スピンをして反対車線に吹っ飛んで行った。私はそれを見届けつつ、即座に狙いをつけた腕をおろし、魔力がごっそり持って行かれたせいで荒い息をどうにか殺し、電話に怒鳴る。
「何やってるこのバカ!! 相手は子供だろうがちゃんと押さえてろ!!」
『全くですわ! 寿命が縮んだかと思いましてよ!!』
『みゃぁぁごめんなさいぃ~……』
「いーから歩道に戻れいつまで道路に居るつもりだ!?」
その声に、視線の先の真野花が子供と共に割れた人垣の中へ戻ったのを確認。電話を切りつつボロボロに錆びてしまった銀のかぎ針を右のポケットに突っ込んで、そのままあらかじめ入れておいたティッシュで傷口を押さえながら前へ進んだ。
人垣をどうにか押しのけて横断歩道の前にたどり着くと、そこにはわんわん泣きじゃくる少年と真野花。それに、周りに睨みを利かせつつどうすればいいか分からなくて困っている華楽が居た。
とりあえずため息を吐いて右手で顔を覆い、振り上げ、真野花の頭に本気のチョップを食らわせる。ゴッ、と、我ながら痛い音が響いた。
「いたー!?」
「やかましい。グーの方が良かったか?」
一転頭を押さえて顔を上げた真野花に、握り拳を作って至極真面目に問いかける。ざーっと音がしそうなぐらい顔色が変わった真野花は、ぶんぶんと首を横に振った。
そのまま待っていると、道路の反対側から血相を変えた少年の母親がやってきて、そのまま警察の事情聴取を待った。すぐに終わったわりに疲れた状態で合流し、改めて華楽の家へ向かう事に。
「本気で頭が真っ白になったぞ……」
「えぇ。全くこの子は……」
「あぅぅー……」
今度はどこにもいかないように左手で真野花を捕まえて、華楽と共にお説教の続き。本当に何やってんだ。子供を捕まえるときはしっかり重心を落としてその場に縫い止めとかないと。
「さて、ところで遠近さん? 私(わたくし)、それ以上に気になる事があるのですけれど?」
「奇遇だねー。私もあるよーあの事故で事故そのもの以上に気になる事ー」
「……ん?」
その説教の雲行きが変わった事に気付いたのは、そんな発言と共に捕まえていた筈の左手が捕まえられ、右手もさらに固定されてからだった。我ながら随分と危機察知能力が落ちているらしい。いや、あっちの世界限定の力だったか。
「よくよく見ればの話なんでしょうけれど? どう見てもおかしい挙動をした一瞬がありましたわよね?」
「そうだねー。ほとんどの人はあの瞬間を見たくなくて目を逸らすか瞑ってただろうけどー、絶対おかしい動きがあったよねー」
…………いかん。バレとる。
「明らかに無理のある角度で吹っ飛んでったよねー。どういうことなのかなー」
「まるで救いの手のようなタイミングでしたわね。えぇ全く、不思議な事もあるものですわ」
「そうだねー。そんな事できそうな人って限られるよねー」
「えぇ。なおかつあのタイミングで振るうとなると、更に限られますわね」
「ねー?」
「ふふふ?」
………………。
なんとかようじつけてにげれんもんかなー(棒読み)。
で、今に至る。
華楽はお茶の用意だけメイドさん(本物)に頼み、真野花共々私を秘密の部屋に引きずって行った。ちょっと通りすがりのメイドさん。そんな両手に花ですねーみたいなほっこりした顔しないで。私女だから。しかもこれ連行だから。
なお秘密の部屋とは、防諜防犯の機能でガチガチに固められた、情報的な意味のシェルターみたいな部屋だ。一見普通の落ち着いて高級な感じの客間だが、舐めてはいけない。
「さて、キリキリ吐いていただきましょうか?」
「かぐちゃーん、“あー”ちゃんのお義父さんに外泊の連絡入れておいたよー」
「良い仕事ですわ遠近さん。お菓子食べていてよいですわよ」
「わーい」
ちなみに真野花の言った『お義父さん』とは、私のいる孤児院の院長先生の事だ。人が良すぎてすぐ騙される類の人で、そのせいで経営は常に火の車。私が経済系の大学に進んだのはその影響もある。
……とまぁ、現実逃避をするのもそろそろ限界のようだ。ったく、良い年した女性がそんな瞳をキラキラさせてんじゃないっつの。
「…………笑わないでくれると助かる。別に信じなくていいけど」
「信じるに決まってますわ」
「ひんひるんい、ひはっへんひゃーん」
「飲み込んでから喋れそこ」
もうどうしようもなく逃げ場が無いので、私は結局、今の所唯一の友人たちに、あの異世界拉致事件のあらましを、語る事にしたのだった。
「ちょっとどころじゃなく、長い話にはなるんだけど――――」
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