第71話 無謀×不可能=最後の賭け

『*世界はこのダンジョンを認識できません*

 *世界はこのダンジョンを定義できません*

 *世界はこのダンジョンに干渉できません*

 *世界はこのダンジョンに侵入できません*

 

 *挑戦者が契約『魂の絆』による特殊スキルを行使しました*

 *このダンジョンの境界強度を特殊スキルの行使力が超えました*

 *対象者がこのダンジョン内に召喚されます*

 *このダンジョンは対象者の侵入を容認していません*

 *対象者の召喚位置が変更されます*

 *このダンジョンの中に別位相の空間が発見されました*

 *対象者は別位相の空間内に召喚されます*

 *対象者の召喚を開始します*

 *召喚中に別位相の空間が消滅すると、召喚はキャンセルされます*

 *別位相の空間の残り強度は70%です*

 *対象者の召喚を続行します*

 *召喚中に別位相の空間が消滅すると、召喚はキャンセルされます*

 *別位相の空間の残り強度は50%です*

 *対象者の召喚を続行します*

 *召喚中に別位相の空間が消滅すると、召喚はキャンセルされます*

 *別位相の空間の残り強度は35%です*

 *対象者の召喚が完了しました*

 *このダンジョンの境界強度が上昇しました*

 *以後このダンジョンが崩壊するまで一切の召喚・送還魔法は無効です*』




 砂時計が見えそうな程の時間をかけて、正直もうダメかと心の片隅で思いだして、ようやく召喚の光が収まった。

 そこに居たのは見慣れる程度には近くに居た金色。たださっきの空間で戦ってた影響か、あちこちがちょっとボロボロになっているのは気のせいじゃないだろう。

 それでも奴曰くの本性を出した状態じゃないから、まだ余裕はあるとみてよさそうだ。というか、有るとみなす。

 現状を把握しているらしい数秒を黙って見守り、その視線が正面の球体? を捉えた所で声をかけた。


「ソール」

「おゥ?」

「分かった?」

「あンだけ似てりゃオレじゃなくても分かンだろ」


 意味不明なやりとりだが、別にこのぐらいソール以外の皆とだって出来るので何も特別な事じゃない。流石に日の浅いリオはもうちょっと言葉が必要かもしれないが。

 もちろんこの間も私は全力を結界殻の維持に振り向け、その努力むなしくガリガリと削られ続けている。

 でも、ソールなら。威力があるだけで狙いがここまで荒い魔法なんて掠りもしないだろう。私と同じという事は、接近されるとそちらの対処にかなりの力を割かなければならないという事だ。

 今の五分でも勢いが弱まれば結界の維持は間に合う。1割落ちれば補助できる。それ以降は全部攻撃に回せる。そうなれば、何とか好転と言えるだろう。


「任せた」

「おゥ」


 削られる勢いが増すのを承知でソールにありったけの補助魔法をかけると、翼と尾を出した金色はいつかのように右手一本で軽々と大振りな剣を回し、私にとっては視認も難しい速度で飛び出した。

 それを信じてひたすら耐える。結界の残り枚数の桁が一度落ちると、そこからは雪崩れこむようにどんどん桁単位で減っていった。最初は万だった桁があっという間に千になり、百になり、十になり――


ギャギリィィイイイン!!


 いつだかテレビで見た、包丁を研ぐ回転やすり。その時の音を数百倍にしたような金属質な音が、魔法を乱射されている中でさえしっかり届いた。その後向かってきた数発を気合で耐え凌ぐと、ピタリと乱射が止む。

 即座に数百枚を張り直すと同時に『魂の絆』を通しての照準でソールへ補助魔法を追加。気が付けば効果の切れていたリジェネポーションを飲み直し、回復ポーションも飲み干して魔力を一気に回復させる。


(つっても、流石に残り少なくなってきたか)


 魔晶の舞台との魔力接続は切っていないので、回復した魔力のいくらかは舞台の方へ蓄積される。総合の魔力量が5割を超えるまでポーションを飲み続けると、アイテムボックスの中身はかなり寂しくなっていた。

 この舞台を召喚した時に目いっぱい補充したんだが、やっぱりというか何というか不足だったようだ。まぁ連戦するとは思ってなかったのもある。

 一応舞台自体はあるので倉庫アクセスを試してみたが、やっぱりダメなようだ。同じく『配下召喚』も手ごたえが無い。これ以上の応援は喚べないのが確定だろう。


(あのまま1対1が継続しなかっただけでも御の字と思うしかないか……)


 じわじわと結界殻を張り直しつつ、ソールへの補助と援護をメインにしながら呼吸を整えて気を落ち着ける。契約相手がすぐそばにいるからなのか、契約をフル活用しているからなのか、ほんの少しだけなら開くようになった右目も合わせて見た先。

 キラキラと星屑のような輝きを持つ殻を纏っている球体? に、いつか見た以上の勢いで斬りかかっている金色は調子が良さそうだ。油断大敵、と気を引き締め直して、本格的に攻撃へ参加する為に狙いを絞る。

 念のために魔晶の方へ魔力を移して臨時的な‘星’の準備として、深呼吸を一回。改めて相手である球体? の様子を見て、


「……?」


 外側に浮いている円環。艶消しの黒だった筈のその色が、やや赤みがかって見える事に気が付いた。嫌な予感がして、攻撃を取りやめにして防御に振り向ける。

 魔力を舞台メインに蓄積し、ソールにかけている物も含め、結界殻は供給を遮断してその場に固定した。これをすると継続的な魔力の供給は必要ない代わりに、壊れるまで術者にも解除や変更ができなくなる。

 改めて補助魔法を掛け直し、重複する物を探して更にかけて、その時点で改めて球体? に目を向けると、既に外側に浮いている円環は、完全に赤く光っていた。


「……おい、なンだありゃァ?」

「さぁ……?」


 赤熱し融け落ちる寸前のような色に嫌なものを感じたのか、ソールも一度私の結界殻の手前まで戻ってきた。まだまだ効果時間は残っている筈だが、もう一度補助魔法を掛け直して時間を延長しておく。

 自分にも主に魔力関係の補助魔法を掛け直し、結界殻の厚みを増す作業と魔晶の舞台への魔力蓄積だけは続けながら、嫌な予感がしつつも待つ事しばし。

 ソールがもう一度斬りかかろうかと、足を動かした時点で――


〈***――……〉


 先程あらぬ方向を向いていた虚ろな目。その視線を向けられたような悪寒と共に、乾き狂った、同時に粘つく憎悪と底無しの嘆きによる負の色に染められた、そんな小さな嗤いが聞こえた、気がした。


〈……***、***〉

「ッ!!?」

「な……っ!?」


 ガクン、と。

 いつかお姫様により心象世界へ落とされ、心理的拘束をされていた時。あの時きっかけとなった気持ち悪い感じが数倍になって襲い掛かってきた。自分の体を支えていられなくなってそのまま前に倒れる。


「っ!?」

「嫁!」

「くんな、まえ……っ!」


 倒れると普通に痛かったので、前と違って体の感覚は完全に残っている。同じく視界も聴覚も残っていたので、ソールが何故か剣を結界殻の中へ放り捨てこちらへ来ようとしている姿と、その向こうで外側の輪を融け落としながらも、再びの魔法乱射に入ろうとしている球体? を確認することができた。

 声が出るかどうかは自身が無かったため、半分以上契約紋を通しての念話頼りだ。無事届いたらしくソールは舌打ちしそうな勢いで正面を振り向き、乱射準備に入りつつある球体? を認識。


「~~ッだァくそ!!」


 一瞬迷い、無手の手に鱗を現した上で炎を纏わせてソールは球体? へと向かって行った。しかし、何で剣を放り捨てて行ったんだろうか。あれ確かすごくいいものだった筈だが。


(なンでか知らねェが、いきなり持てねェくらいに重くなッたンだよ!)

(は!? ソールが振れないってどんだけ!?)

(つゥか嫁お前は大丈夫か!?)

(一応。力が抜けただけで頭も感覚も大丈夫。今調べてるちょっと待って)


 その言葉にひとまず安心したのか、ソールは球体? との戦闘に集中したようだ。結界殻は微妙に削られていってる上に補充できないし、ソールにかけた補助魔法が切れると完全にピンチ。それまでに何とか原因と解決法を見つけないと。

 …………ん? あれ? おーい? ……おい、まさか……。


(ソールそのまま聞いて二択だから。あの剣もしかして、材料にダンジョンコア使ってる?)

(過去クリアしたダンジョン2つ分突ッ込んでンなァ。……おいまさか?)

(思考操作が受け付けられない。そのまさかの可能性は高い)

(……どォすンだそれ。詰ンでるじゃねェか)

(今考えてる)


 考えてるさ。考えてるけど……。

 確定情報でダンジョンはあの球体? ことカーラネミ(たぶんこっちの世界の神:隠れ済み)の管轄。で、今やったのはダンジョンコアの封印、いや、ダンジョンコアによる妨害、か。

 で、ダンジョンを通じて手に入れた能力はそのまま……だな。魔力が減った感じはしないし。ただしダンジョンそのものである魔晶の舞台の操作は一切できなくなってる。

 私はダンジョンマスターだから、ほぼ一切の力を振う事は出来ないと考えていいか。となるとダンジョンを通じて自分のモノとした力で、今何ができる? 何をどうすれば、せめてソールだけでも戦えるようになる?


(……ダンジョンコアを素材に使ってるって言ってたな。他の素材も使ってる筈だけど、使えなくなったって事は剣のスペックの大部分が使われたダンジョンコアに依存してるって事か)


 じゃあどうすればいい?

 ……要は、剣のスペック内でダンジョンコアの力を上回ればいいってことか?


(……本当に、人生何が起こるか分からないもんだな)


 力は入らないが、契約の影響かまだ右手は普通の範囲で動かせる。ずるずると体を引きずるように結界殻の方へ移動していると、ある相手の攻撃魔法が正面に着弾して、表面の結界が割れた。

 当然衝撃波が襲い掛かってくるので下がらないように何とか耐えてもう一度前を見ると、吹き飛ばされたらしいソールの剣が足であと数歩に転がっていた。ささやかだが絶対な幸運に感謝しながら、ずるずると移動を続ける。

 何とか剣の元までたどり着き、一度その長さや厚みを確認。気合を入れて左手を体の前に持ってきて、護剣ごとその剣の柄を握る。一度息をついて、今度は右手を動かし、杖を護剣とソールの剣の間に差し入れ、左手に当たるように調整。

 そして右手は柄の先を手の平に、指先が舞台の床に当たるように広げて、もう一度深呼吸。


(最初に思った事が、大正解、とは。まぁ、合ってる分にはいいんだけど)


 どうやら残っていたらしい感覚で全てを認識する。魔力の方は、なんとか必要な分ぐらいは回復しているようだ。

 と、ここで思い出す。アレはこちらの世界の、それも相当に高位の神。もう少しかけられる保険はないものだろうか。

 しばらく考えて、こちらの世界の神であるなら、と、過去の経験から結論に至る。ソールには悪いが数秒葛藤して、


(…………命には代えられないか)


 結局、諦める事にした。右手を離し、首元へ。本気モードの時だけならず、実は日常でも結構着けていた、黒いマフラーを引っ張って外した。

 お気に入りだったが仕方ない、と、右手首を回す動きで巻きつけて、右手を先程の位置に戻す。

 たぶん今までの戦闘で、これが一番の大博打。また一枚結界殻が壊れた衝撃波を耐えて、私は、口を開いた。


「――スキル発動」




















名も無き?ダンジョン??

属性:異次元?位相?

レベル:【存在しません】

マスターレベル:【存在しません】

挑戦者:2人

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