第48話 切り札>対決≒交渉

『侵入者の撃退に成功しました▽

 ダンジョンに3人の冒険者が侵入しました

 侵入者の撃退に成功しました▽

 ダンジョンに4人の冒険者が侵入しました

 侵入者の撃退に成功しました▽

 『謎の卵』は成長しています

 ダンジョンに2人の研究者が侵入しました

 ダンジョンに3人の冒険者が侵入しました

 侵入者の撃退に成功しました▽

 ダンジョンに3?の???が侵入しました

 侵入者の撃退に成功しました▽

 ダンジョンに5人の冒険者が侵入しました

 侵入者の撃退に成功しました▽』




 割と本気で怒りと威嚇を込めた言葉は、念話越しとは言えそれなりに届いたらしい。他の皆も空気を読んで静かに待つ中、深々と冷や汗付きのため息が届いた。


『……噂通り、身内には甘いようで……』

「うん。挨拶もまだだし、早く顔合わせしたいかなと思うんだよね」


 改めて聞こえたのはショウヨウとは全くの別人の声。それなりに老いた男性のもの。丁寧な物腰から言って、なかなか身分の高い人のようだ。

 私が身内に甘いという情報をどこから手に入れたのかという事も含め、油断は全くならないが。なんて思いながら、突然出現し、動いていない反応のすぐそばに客間への転移魔法陣を設置する。


『おや、分かっておられるのでは?』

「言葉遊びが希望かな? まずはこちらへ来てもらいたいんだけど?」

『いえいえまさか。真摯な話し合いですとも』

「平和的に済みそうでなにより。もう目の前に移動魔法陣出てるよね?」

『そう、ですな。この場所でも十分に危ないのですが……』

「これ以上は時間稼ぎと取る」

『…………』


 声のトーンを微妙に落として話を打ち切る。図星、という訳では無いだろうが、あちらとしてもこちらの手の内に入り込むのは避けたいのだろう。それに声だけだと、魔法か何かで繕わられると全く裏が読めなくなるし。

 それに、こっちとしてもあまり余裕がある訳では無い。ショウヨウの行方も気になるし、第一老いているという事は腹の探り合いに長けているという事だ。余計な言質を取られないように細心の注意を払わなければならないだろう。

 気持ち目を細め、部屋の向こうに起こった転移の気配に注意を向ける。私が切れるカードは意外に少ない。それを念頭に置き、その上でいかに相手の真意を看破して、ショウヨウに関する情報を引き出すか。


「――その扉に罠なんて仕掛けてないよ。どうぞ?」


 心の中で神経の糸を引き絞りながら、口調だけ冷静に扉の向こうで立ち止まっている気配に呼びかける。

 やや躊躇うような間をおいて開かれた扉。そこからまず現れたのは、神官服を着た小学生高学年ぐらいの少年。続いて同じ格好のほぼ同じ年ほどの少女。

 その2人がそれぞれ緑の目と橙の目できょろきょろと部屋を見回し、しばらく呆気にとられるように硬直して、そして私に目を向けて……何でそこで猛獣にでも遭遇したように怯える?


『いや、ある程度はしゃァねェよ。嫁の魔力量とンでもねェし。マジで』

『しかも主気が立ってるからな。当然制御は完璧にしてるんだろうけど、その分逆に怖いっていう……』

『あれじゃな。どう見ても空腹な大型魔物に、人は食べません、という立札のみを信用して触りに行くような物じゃ』

(皆地味に酷い。満場一致って事はまぁその通りなんだろうけどさ)

『それいがいにどうたとえていいのかわからないぐらいだぞ……』

『……比較対象がいないって、怖いわね……』


 思わずと言ったように次々入る念話。ちなみにこの客間、マスターである私以外は通信系手段の全てを禁止してある。どうやら魂の契約を交わしたソールだけは例外のようで、他の皆はソールからの中継で会話を聞いている。

 だから恐らく、干渉されたりはしない筈、だ。……たぶん。

 怯える2人は、少女の方が早く我を取り戻した。少年の神官服の裾を小さく引き、はっとした少年は扉の向こうに呼びかけ、2人同時にその両脇に避ける。

 恐らく安全確認だろう。それを経てやってきた本命は、部屋に入ってまず一言、穏やかな声でこちらに話しかけた。


「これは、驚きましたな……。丁寧な対応、感謝しますぞ」

「……これでも平和主義者なんでね。招かれざる客ならともかく、話が通じるならそれで済ませてしまいたい」


 素の口調で始めたのは演技なんてできないからだ。青い髪は淡く色を落とし、しかし丁寧に背中へ束ねられているようだ。少年少女と比較するまでも無く装飾の多い、しかし簡素の域を出ない神官服。姿勢は少しの揺れも無く美しくぴんと伸び、刻まれた皺はロマンスグレーよりは重ねた年を感じさせる。

 だが。


「喜ばしい誤算ですな、それは」

「互いにとって幸いなら何より。……どうぞ、かけて下さい?」


 元々細目なんだろう。皺の一本にも見えるほどの目だった。

 その内側の例えようもない蒼い色に、思わず寒気を覚えるレベルの意思が見える事さえなければ、ただの好々爺と油断していたこと間違いなし。……このおじいさん、下手しなくても戦闘力だけで私といい線行くんじゃないか?


『……まじで主のその勘はどこから来るんだよ』

『つゥ事は、やッぱそういう事か』

(どゆこと?)

『あー、うむ…………最高神に仕える神官の中でも、上から数えて片手の内に入る人物じゃ』

『さんばんいないはぜんぶみこだから、それいかだけどな。……まぁ、みこいがいだとほぼさいこういってことなんだが』

(ちょっと!? なんでそんな超大物がアポなしで突撃してくる訳!?)

『……それだけ、事態はとんでもなかった、という事になるわね』

『嫁が難易度上げ過ぎて、嘆願書が殺到でもしたんじゃねェのォ?』

『ちなみにそれはものすごく有り得る。というかそれ以外ほぼ考えられない』

『で。戦闘力は言わずもがなじゃの。まぁ主ならソールが控えておる限り負けだけは無いじゃろうが』


 思わず内心だけで頭を抱えてもんどりうつ。もちろん表面にはぴくりとも出さないように努力するが。魔力はちょっと揺らいだかもしれない。正直自信ない。


『もんだいないぞあるじ。でてないでてない』

『ちゃンと制御できてッから安心しろ』


 勘のいい代表2人が揃って言うなら大丈夫か。

 大物様が私の正面の席に腰を下ろす。少年少女はその後ろにそれぞれ控えた。別に座ってくれても構わないんだが。お茶も人数用意したんだし。まぁ明らかに見習いっていうかお付きだからしょうがないっちゃしょうがない、のか?


「……。分かっているとは思うけど、一応名乗っておく。私がここのダンジョンのダンジョンマスターだ。通り名はまだないから呼ばれ方には頓着しない」

「あぁ、押しかけておいて名乗っていませんでしたな。吾は最高神様にお仕えする神官の1人、序列第5位、アズルートと申します」

「……辺境の厄介者のところに、ようこそ」

「ほっほっほ。マスター殿はご謙遜が過ぎますな」


 ぱっと見通りの穏やかな声で笑いながら、アズルートさんはお茶のカップを手に取った。ほのかに湯気の立つ温度のお茶を軽く揺らして香りを楽しみ、軽く口を湿らせる程度に口に含む。

 こちらを信用しているというアピール、だけじゃあないな。お付きの子たちが欠片も動揺してない。毒の類は効かないって事か。序列の事も重ねて合わせて呪いも、どころか状態異常全般丸ごと無効と見た方が良さそうだ。


「このダンジョンがあるだけで、開戦間近だった戦争の1つが恒久的に停戦。交易により周辺諸国の財政は大幅に潤い、死者を出さない事による経験の増加、ひいては冒険者稼業の方たちの生存率の上昇。どれもこれも、1つ成せば世界勲章ものの難題ですぞ」

「興味ない」

「これはこれは、欲の無い。どこぞの貴族に見習わせたいものですな」


 おい。今さらっと毒吐いたぞ。良いのか聖職者。


「……貴族なら、たまに周りに対して迷惑なのが来るけどね。主に2人ほど」

「うむ……神殿にも稀に苦情が寄せられておる、札付きなのですじゃ……」


 おや、あの金鎧と銀鎧は有名人だったようだ。……最高神の神殿のブラックリスト入ってるけど大丈夫なのか?


「罰を下そうにも、そのたびにのらりくらりと多額の寄付で逃げられましてなぁ……」


 のらりくらいじゃないなそれは。思いっきり金の力によるゴリ押しだ。

 しかしさっきからこの人毒と愚痴しか吐いてないぞ。そろそろ話し進めるべきか?


「ところで……わざわざ回りくどい事をしてうちのダンジョンに来た目的、そろそろ聞かせてもらっていいかな」

「おぉ、そうでした。いや、思わぬ丁寧な対応と美味しいお茶だったもので」


 嘘つけ。そんな理由で気が緩む訳ないだろあんたぐらいになったら。

 マイナス方向の話で同情というか、身内認定を引き寄せようとした感じか? ……それとも、最初のあの会話といい、何かの時間稼ぎか。


「どうやらマスター殿はお忙しい様子。単刀直入に申しあげましょう」


 にっこりとした人のよさそうな笑顔に警戒再び。表面は微動だにしないが。


「ダンジョンの難易度を、せめて最初の入口階層だけでも下げていただきたいのです」


 まぁソールとクラウドの予想通りだな。


「……。挑戦者がほとんど侵入と同時に脱落しているのは確認してる。が、残念ながら当分改めるつもりはない」

「やはり……神殿無き神々のせい、ですかな?」

「むしろそれ以外に何があると?」

「うむ…………」


 やや呆れた調子を混ぜて即座に切り返せば、頭が痛い、という感じで軽く瞑目するアズルートおじいさん。……さっきこの人散々愚痴と毒吐いてたんだし、こっちも同じ手でいってみようかね。


「話は変わるけど、映像結晶の再生は?」

「う、む? まぁ、可能ですが……」

「嘘がつけないというのは?」

「もちろん」


 人によっては魔力を流すのがうまく出来なくて破損させることもあるらしい。まぁこの人ならまず問題ないと思うけど。映像を編集すると激しく劣化するって特性上、裁判の証拠とかで使われてるんだろうし。

 おもむろに懐に手を入れ、念話でレポリスに頼んでおいた映像結晶2つをダンジョン倉庫経由で取り出す。お付きの2人がわずかに身構えたが、私は丸く不透明に透き通った宝石を軽く掲げて見せ、机の上を転がしてアズルートおじいさんの方に渡した。

 ぴたりと手元の少し手前で止まった結晶にちらりと目をやり、こちらへ尋ねてくるアズルートおじいさん。


「……これは?」

「そのものずばり、原因の原因たる映像を収めてある映像結晶」

「! ……ダンジョンでは、マスターは侵入者を好きに観察できると噂でしたが……本当でしたか……」


 ぬぬ、という感じで結晶に意識を向けるアズルートおじいさん。


「不意打ちなんてつまらない真似はしない。どうぞ、ご鑑賞を」


 あとはこっちを信用するかどうかだが……あぁ大丈夫だね。手に取って魔力を流し出した。そしてその顔が固まった。うん。だよね。同意してくれてありがとう。問題はこの後だけど。

 ダメ押しとして、見終わったらしく集中を解くアズルートおじいさんに、乾いた笑いを添える感じで言い足しておく。


「……さすがに神の御業だけあって、直すのに苦労したよ。あまりに行使された力が強い物だから、半ば領域化しかかっていたし?」


 ポイントが吹っ飛んだな。文字通り。その後の凶悪化の方が遥かに手間もポイントもかからなかったさ。


「正直言って二度と御免だ。来なくなるまで難易度は下げない。……下げた所で来たらまた難易度上げるけど」

「……それは、マスター殿も困るのでは?」

「よく御存じで。だがな。元々うちは侵入者を必要としてないんだよ」


 懲りずに来て迷惑だ。益を落とすから余剰を有効活用しているだけ。オークションだけで既に十分生活していけるんだよ。それこそ、数千年経とうとも。

 一瞬鋭い目をこちらに向けて聞いてきたアズルートおじいさんに即答する。思わずと言ったように驚いた顔を見せたおじいさんは、おもむろにカップをソーサーに戻した。


「参りましたな。こちらが用意する物はあなたにとって尽く価値が無い。かと言って、こちらの要望は何とか飲んでもらわなければ嘆きの声が尽きない」

「半分予想していた事だろう? だからこそのこの手段だ」

「ま、その通りですな」


 空気が変わる。先ほどまでのやや弛緩した和やかな物から、戦闘開始一歩手前の張りつめた物へ。ちなみに、最初から腕組みをした陰に隠して護剣の柄には指を触れさせている。

 背後の部屋にいるソールも剣の柄を握ったのを確認しながら、互いに相手の腹を探り合う。こちらの手札はもうある程度バレているだろうし、まず防御するにしても対策されている可能性も高そうだ。


「マスター殿は、神には祈らないのですかな?」

「……生憎ととある神には是非とも返したい大きな借りがあってね。まぁ、願いが叶うなら、とりあえず今は特定条件による難易度決定の仕組みがほしいかな」

「おや、一応譲歩してくれる余地はあったようですな?」

「余剰とは言え、益は益だ。もらえる物なら貰っておくさ」

「「『では、そのように』」」


 …………ん?

 今のはどう見てもアズルートおじいさんじゃないな。しかも複数の声の気がする。言ったのは同一人物の気がするが。


「……アズルートさん? 今のは何か、聞いても?」

「………………吾も、これは予定外でしてな。正直、認識がついて行かぬのですが」


 あぁ、やっぱりか。

 という事は。


 ……最高神? 何さらっと割り込んで参加してるんだ!??















死の修行所・獄 ※心折れ注意

属性:無・罠・境界・異次元位相

レベル:5

マスターレベル:3

挑戦者:41108人

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る