第33話 変数1 ダンジョンへの思い入れ

【エグゼスタティオ】大掲示板

『色々と込み入ってんでここじゃあ詳細を割愛する

 場所:いつものところ

 時刻:日暮れ後1刻

 参加資格:この頃自分は冒険者として間違ってんじゃねぇかって自覚』




「……さすがに酷いぞお前」

「あれでどーやって集まれってんだ……」

「せめてよ! 目的ぐらい書き切れよ!」

「場所もなぁ……」

「いつものところって、アバウトすぎるんだナー」

「しかも何だあの条件」

「意味不明にもほどがある」

「ランクやレベルで制限しろとは言わないが……」

「そうだな、せめて侵入回数とか」


 等々、苦情が多数いきなり会場に満ち溢れた。金鬼は謎マントの姿で酒を飲み干して、一言。


「現に集まってンだから問題ねェじゃねェか」

「「「それとこれとは話が違う!!」」」


 綺麗にそろった声が響いたこの場所は、宿屋『心休めに一服』の奥座敷。声の主は、常連さんだの初期組だのと呼ばれている冒険者の面々だ。

 まぁはっきり言って面子自体はいつもの『死の修行所・獄 ※心折れ注意こと、心折ダンジョン攻略大反省会』と全く変わらない。

 とりあえず文句は言い終えた冒険者の面々はひとまず食事を開始する。金鬼もそれを邪魔する事無く酒を進め、それが一段落した辺りで、兄貴さんが口を開いた。


「……参加資格からしてもう嫌な予感しかしないが……お前、今度はどんな厄介事を抱え込んできた?」

「オレじゃねェよ。正しくはな」


 そんな気負わない、あまりにも普通に発せられたセリフに、数秒沈黙が流れ、


「あぁうん、だろうとは思った」

「そうだよなー。でなきゃあんな資格なんて要求しないよなー!」


 トラ耳剣士と盗賊係の2人の声を筆頭に、深い深いため息がその場を支配した。金鬼はうんざりした顔でそれを見るのみ。その中、一番先に立ち直ったらしい兄貴さんが再び話を進めた。


「……まぁいい、どうせお前が居なくても、マスターだけで十分攻略不可能ではあったんだ。……で、そのマスターに、何があった?」


 その発言に何人かが縦線を背負ったが、流石にここまでくると心折耐性は相当上がっているらしくすぐに復活している。

 が、その問われた方の金鬼は、何故かしばらく黙りこみ、


「……まァ、なンだ……。慣れてねェから狙い狂ったら悪りィ」


 そんな、謎すぎる謝罪を投げてきた。同時に、右手のジョッキを机に戻す。誰だかがそれに対し、「は?」と声をあげる前に、金鬼は左手で剣を軽く抜き出し、


「えーと……発動、“狭籠殻”。対象、この部屋」

【スキル『結界術』設計結界“狭籠殻”】


 何かを確認しながらのような調子で、そう言った。1秒待たず、その結果は現れる。


ガッギン!!


 思わずその場の全員が最大警戒態勢を取るほどの大音量で、何か致命的な物に鍵を掛けられたような、重く不吉な音が響いた。

 先ほどの金鬼の発言からして、部屋の周囲に何かあると判断した兄貴さんは、ひとまず天井に目を向けて、


「……なん、だと……」


 思わず、言葉を失った。

 魔力を見る事の出来る者ならば同じ反応をするだろう。大部屋の天井・壁・床に展開していたのは、それこそ神が織り上げたと言われても何らおかしくない程に精緻で美麗な魔方陣。

 しかも、それが層を成し、その上ゆったりと星の運航のように流れている。思わず、ありえない、と口の中で呟く兄貴さん。


「……っと、ま、こンなモンかァ。ッてお前ら、今から本題なのに大丈夫かよォ?」


 思わず盗賊係なんか、床を踏んでいるのがもったいなくなって椅子の上に移動している沈黙の中、ふー、と息をついた金鬼は声をかけた。思わず集まった視線に眉をひそめる事、1秒。


「言ッとくが、これでただの『一枚』だからなァ? しかも他にも種類あるし、ありえねェ難易度になッてたぞォ?」

「……これを、何十何百も、纏って、しかも、魔法を、乱射して、くる、のか」

「いィや、既にもう何千枚の単位だったなありゃァ。属性付与ついてたから、打ち込むだけでもダメージ食うしよォ」


 思わず金鬼を除く全員が固まった。まぁ仕方がない。はっきり言ってそんな相手は完全に攻略不可能対象だ。


「……その上、お前がいるんだもんな……。……いや、今それはいい。置いておこう。そもそも、分かっていた事だ……」

「の割にダメージ残ってンぞ。つゥか、それを置いておかせるためにあンな参加資格にしたンだがァ?」

「あれ、今思ったけど、内部情報バラして大丈夫なのか金鬼」

「あ、そうだ、普通そういうのって最重要機密!」

「なンでも、『分かった所で抜けるもんで無し、心が折れるならむしろそっちで』らしィが」

「あぁ……うん、理由が……なぁ……」

「おー……全く全く、心折ダンジョンの、マスターらしい、ナー……」


 縦線再び。ここで金鬼は話が全く進んでいない事にようやく気付いた。


「とにかく、だがァ。今張ったのは、物理・魔法の直接ダメージカットと阻害系を組み合わせてある奴でなァ、ひとまず内容は厳密で頼むぜェ?」

「……言われても、何が何やら分からないが……ひとまず、内容の機密厳守に関しては、名を懸けよう」


 左手で剣を浅く抜き出したまま無理やり話を進める金鬼。触媒代わりに使っているんだろう、と判断した兄貴さんは、とりあえず頭痛を押さえ込んでそれに乗る事にした。

 同意の声がちらほらと全員分上がった所で、金鬼は再度口を開く。彼にとっても、十二分に重いその内容を。




 話の途中でいくつかの疑問を挟み、小一時間ほどで話は終わった。沈黙がおり、さらにいくつか質問が追加される。金鬼はそれに分かる限りの範囲で答えを返し、時には推測も交えて議論へと参加した。

 いつもと打って変わって真剣に真面目な話し合いはしばらく続き、再度、沈黙。


「……まぁ、確かに、腑に落ちると言えばその通りなんだが」

「わァってる。戯言使いでもンなふざけた事は言わねェよ」


 さらにそれから数秒が経ち、兄貴さんの微妙な声に、金鬼は即答した。残る冒険者の面々も微妙な顔だ。


「だってお前、下手したら世界がひっくり返るよな、これ」

「戯言とかそういうレベルじゃ明らかにないから……! 下手したら創世時代の大戦争の再現とかなりかねないぞ……!?」

「だッから、それも含めてわァってるつッてんだろォが」

「それで俺らに何ができるかって言ったらなぁ。いや、出来るっていえばできない事は無いんだろうけどなぁ」

「相当に危ない橋には違いないんだナー。確かにこのダンジョン行ってなかったらヤバかったのが何回かあったけどナー」

「堅実に来た俺たちとしては、とんでもないの一言なんだが」

「はっきり言って手におえる気がしないんだが」

「むしろ何でこっちに振ったと言いたい」

「それでも俺たちしかいなかったんだろうことは想像つくがな」


 いつもと変わらず好き勝手に言っているようだが、その態度はあくまで真剣。……いや、いつもが抜けているという訳では無い。そう、特に気を張って向き合っている、という事だ。

 そのまま、概ねはダンジョンマスターに好意的な意見がぽつぽつ上がった話し合い。


「じゃァまァ、よろしく頼むわァ」

「お前の為じゃないけどな」

「金鬼に礼を言われるとか、なにこれ珍しい」

「レア度換算8は行くか」

「差額を請求されない程度には頑張らざるを得ないな」

「…………テメェらァ……」

「今までの実績上しょうがないと思うなぁ」

「普段の行いって大事だナー」

「んーじゃ、適当に頃合いを見てまた金鬼が招集かけるって事で」

「さーぁ張り切ってやってみるか! 戦争の引き金だったとしても!」

「安心しろ、万が一そうなッたところで負ける気がしねェよ」

「……あながち笑い飛ばせない辺りが何と言うか……」


 最終結論、全員がそれぞれ全力を尽くしてダンジョンマスターを手助けする、という、どう考えても冒険者としては首をひねるしかないところに落ち着いて、各自解散した。


「……あぁそうだ、金鬼、この間の貸しを返せ」

「いや、今いう事かよォ?」

「……むしろ、今言わずにいつ言う? ……次は本気でいつ会えるか分からない上、呑気に話ができる状況だとは思えないんだが」

「あァそォかよ」


 が、兄貴さんだけはそんな会話をしてその場にとどまった。結界を解除して剣を収めなおした金鬼はうんざりした調子でそれに応じる。わらわらと2人以外が部屋から完全に出て行った後で、


「……で? ……感覚的に、調子の方はどうなんだ」


 兄貴さんは椅子に座り直し、右目の眼帯の紐に手をかけて、金鬼に聞いた。向かいの席に腰を下ろした金鬼は、うんざりした調子から一転、


「一応聞くだけ聞くがァ…………なンでここまで放って置きやがッた」


 臨戦態勢と言っても過言では無い緊張感を纏って、そう問い返した。どんな相手とも一定以上はやり合える化け物の、相当本気の威嚇。その威嚇を受け、兄貴さんは眼帯の紐を探っていた手を思わず止める。

 先ほどとは違う意味で剣に手をかけ、金鬼は、懐の何物かを庇うような体勢を取りつつ、更に言いつのった。


「酷ェなンてもんじゃねェ。課せられた制約に食い殺される寸前だッたんだぞ? もう1人に聞ィてみりゃァ使徒クラスでも潰せるレベルの成長負荷に、初期フロア数制限は一桁モンスター召喚コスト8割増し、生活空間への案内すらねェって話だったがァ?」

「…………は? ……いや、ちょっと待て、それは流石にいくら何でも――」

「嘘だと思うンなら理由を言え」

「――すまん……」


 思わず本気で聞き返した兄貴さん。が、言葉をぶった切る形での金鬼の返しに沈黙せざるを得なかった。思わず頭を抱えたくなる。

 が、何とか手を動かし、眼帯の紐を完全に外し終えた。右手で支えているだけの状態になって、改めて金鬼に声をかける。


「……とにかく、一度“視”せろ。…………この目の本来の持ち主が、僅かとはいえ興味を抱く時点で、もう既に普通ではありえなかったか……」

「その位思い当たれよなァ。ッたく、加護つきでなきゃァ成長負荷の時点で魂が砕けてるッつゥの」


 渋々、といった調子を隠さず警戒態勢を解いた金鬼。その返答に改めて問い詰めたくなった兄貴さんだったが、ともかく、と眼帯を外し、右目を開けた。

 左目と全く色の違う右目で、金鬼が懐に守っているものを認識、合わせて流れ込む大量の情報を取捨選択して、その状態を明文化していく。かなり負荷のかかる作業である為、兄貴さんは5秒ほどで一度右目を閉じた。


「……真名が封印されているな。……一応契約そのものは出来るようだが、呼ぶ事は無理だろう」

「やッぱかよ……」

「……だが、制約の一部が壊れているのはどういう事だ? ……具体的には、能力支配と抵抗無効の部分だが」

「あァ、制約から無理やり抜け出した時、なンか砕けた音したなと思ったらそれかァ」

「…………。……後は、実に極端な魔力振り……でもないな。……お前の対極と言えば分かりやすいか」

「あー……どォりで苦戦したおす訳だなァ」

「……刻印は、精霊神のもの以外は無かったな。……冥府神の印が薄っすら残っていたんだが、何があった?」

「さァ? ッと言いたいところだが、なンでも冥府に一回行った時、使いが探し回って凍える寸前でようやく見つけた、ッて位の迷子になッてたらしい」

「…………川底にでも沈んでいたのか? ……まあ、魂の重量からすればそれなりの確率でなりそうだが」

「流石にそこまでは分からねェよ」


 続けられたのは、深い部分にあたる情報。金鬼は特に驚くことなくそれに答え、時に情報を補足して返答とする。

 これはこれで妙な光景だが、兄貴さんの右目――『真神の眼』と呼ばれる特殊能力、その眼で見た物をとある神に届け、引き換えに望む情報を得られるという性質を考えれば、別段不思議でもなんでもない。

 さて、と気合を入れ直し、兄貴さんは再び右目を開いて、


「………………金鬼」

「いや、どォしろと?」

「……。…………まぁ、自我が無事なのを確認できただけ良しとするか。……あとお前、顔が崩れてるぞ」

「いやだッて、可愛すぎんだろコイツ」


 対象がわたわたと隠れてしまったのを見て、ついでに金鬼がその動きに悶えているのも見て、とりあえず再び目を閉じた。今度はそのまま眼帯を付け直す。


「……ともかく、刻印の残っていた二柱以外の神気はついていなかった。……契約の方は、もう何がしかの処置が施されたらしい跡が見えたから、問題ないだろう」

「後は、犯人捜しだけッてかァ」

「……ちなみに『瑞』は、右耳の辺りだったぞ? ……生え際と耳の間に、隠れてしまう程度の大きさしかないが」

「マジか。基本どンだけ桁外れなんだ」

「……が、あと2週間は安静にさせておけ。…………契約するにしても、そのあとだ」

「わァったよ」


 そんな会話を最後に交わして、ようやく兄貴さんは腰を上げたのだった。

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